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本当に、遅いです

 リアムまで増えた翌朝、私たちはエルザに指定された場所へ向かった。


 王都の古い倉庫。


 表の錠前は、わざと安物に替えてある。中へ入れば扉が二枚。逃げ道も三本。


「……嫌な作りだね」


「何が?」


 ルシアが聞く。


「泥棒が見ても入りたくなくなる」


「褒めてんの?」


「褒めたくない」


 ここまで隙を潰す子を、私は一人しか知らない。


「まあ、エルザなら大丈夫だろ。昔から一番しっかりしてたし」


「一番まともではあるな」


 ルシアの返事が妙に遅かった。


「何、その言い方」


「エルザ姉ちゃんは、分かっててやるからね」


 ノアまでそんなことを言う。


「何を」


「着けば分かるにござる」


 今度はダルガ。


 全員、知っている顔だった。


「朝から嫌なことばっかり言うんじゃないよ」


 最後の扉を開けた。


 地下いっぱいに人がいた。


 机、帳簿、報告書。壁には王都と地方の地図。食料の流れ、宿、逃げ道まで色分けされている。


 正面には名前。


『ダルガ 武力』


『ルシア 資金』


『ノア 救護・民衆』


『リアム 情報』


 その下にも続いている。


 数える必要はなかった。


「……四十七人分あるじゃないか」


 私が育てた子どもたちが、組織図になっていた。


「ダルガ様関連の火薬在庫ですが!」


 奥から声が飛ぶ。


「封印してください。あの子は置いてあると使います」


「ルシア様の資金移動が三件!」


「二件目を止めてください。また国のお金を動かします」


「リアム様より監視対象三十六名の追加申請!」


「半分に。あの子は放っておくと寝ません」


 誰だ。


 国家規模の犯罪計画を、散らかった玩具みたいに片づけているのは。


「……これ、誰が回してるの」


「私です」


 その声で分かった。


 書類の山から女が立ち上がった。


 髪はきっちりまとめ、袖は仕事の邪魔にならないところまでまくっている。


 昔と同じだ。


 四十七人分の洗濯物を仕分けしていた頃から、この子だけは途中で遊ばなかった。


「東支部への食料は予定どおり。救護院分には手をつけないでください。それから、ダルガの火薬庫には新しい鍵を」


「拙者だけ扱いが厳しくはござらぬか」


「三か月で二度、勝手に開けています」


 ダルガが黙った。


 強い。


 エルザは何事もなかったように私を見る。


「お帰りなさいませ、お母様」


「……それだけ?」


「何がでしょう」


「十五年前に死んだ母親が、若返って戻ってきたんだけど」


「王城爆破から三時間後には、生存と帰還を確認しております」


「早いね!」


「それより、お食事は」


「今その話?」


「今です。王城爆破以降、まともな食事の記録がありません」


 合図一つでパンとスープが出てきた。


 逃げ道三本より怖い。


「食べながらで結構です」


「誰に似たんだか」


「お母様です」


「そこは否定しな」


 パンを持たされたまま、組織図を指した。


「エルザ。これ、あんたが作ったの」


「正確には、散らかっていた弟妹を一か所へまとめました」


「なんでまとめたら犯罪組織になるんだい」


「先に勝手に始めましたので」


 エルザが四人を見る。


「ダルガは王城を爆破」


「未遂の予定でござった」


「結果は爆破です」


「……はい」


「ルシアは王都経済を止めようとしました」


「途中で止めたじゃん」


「お母様が止めました」


「はい」


「ノアは五千人で王城へ向かおうとしました」


「みんな謝ってほしかっただけだよ」


「五千人で行く必要はありません」


「うん」


「リアムは三人殺そうとしました」


「……未遂だ」


「全員、未遂ならいいと思ってません?」


 四人とも黙った。


「ですので、連絡網、予算、担当区域、禁止事項だけ決めました。放っておくより被害が減ります」


「犯罪を整理整頓するんじゃないよ」


「存じております」


「分かっててやるのが一番困るんだよ」


 机の資料が目に入った。


 王城西塔の周囲には避難路。


 救護班の待機場所。


 ルシアの封鎖計画からは、孤児院と施療所だけ外されている。


「……これも、あんた?」


「はい」


「西塔で人が死ななかったの」


「ダルガが人払いをしました。その前に周辺住民も移しております」


「ルシアの方は」


「子どもと病人が使う施設だけは、最初から対象外です」


 腹が立つくらい、ちゃんとしている。


「だったら、最初から全部止めなよ」


「止めました」


「なら何で」


「止めました!」


 地下に声が響いた。


 初めてだった。


 エルザが声を荒げるのを聞いたのは。


「一人ずつ、何度も止めました」


 ダルガも、ルシアも、ノアも、リアムも黙っている。


 エルザは机を握ったまま、少しだけ俯いた。


「お母様が亡くなった日、怒った子がいました。泣いた子も、何も話さなくなった子も、すぐ復讐を始めた子もいました」


 顔を上げる。


「四十六人です」


「……」


「私一人で、四十六人を止めるのは無理でした」


 その言葉だけで十分だった。


 四十七人を育てた私には分かる。


 一人じゃ無理だ。


「なんで、そこまでしたの」


「弟と妹ですから」


「それだけ?」


 エルザが止まった。


 今まで何を聞いても、すぐ答えた子が。


「……私までいなくなったら」


 声が少しだけ小さくなる。


「誰が、この子たちを止めるんですか」


 そこまで聞いて、座っていられなかった。


 エルザの前まで行く。


「もういい」


「何を仰っているのですか」


「今まで、四十六人の面倒見てたのはあんただろ」


「当然です。長女ですから」


「当然じゃない」


 エルザが黙る。


「あたしが帰ってきた」


「……はい」


「もう四十六人分のおっかさんをやらなくていい」


 仕事の顔が、初めて崩れた。


「あんただって、あたしの子なんだから」


 何か言おうとして、言えない。


 そのまま私の肩へ額を預けてきた。


 服を掴む指だけが強い。


「……遅いです」


「悪かったね」


「本当に、遅いです」


 しばらくして、小さな声がした。


「……母さん」


「ああ」

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