我が黒き牙
「リアム様からです」
ノアの大聖堂を出たところで、伝令が黒い封筒を差し出してきた。
封筒だけじゃない。中の紙まで黒い。銀色の文字で、やたら達筆な文章が並んでいる。
『月が天蓋を穿つ刻、三つの罪は闇へ還る。我が黒き牙が、亡き女王へ捧ぐ鎮魂歌を奏でん』
「……今夜、三人殺すってことだな」
ルシアが真顔で訳した。
「昔から治ってないね、これ」
「リアム兄ちゃん、皿洗い当番も『黄昏より闇へ捧ぐ供物』って書いてたよね」
ノアが懐かしそうに言う。
「書き直させたよ」
誰が書いたかなんて、聞くまでもない。
リアムは昔から、何にでも格好をつけた。
そして私が夜に出かけることへ、一番早く気づいた子でもあった。
気づいていたのに、一度も聞かなかった。
「三人は誰」
封筒の底に、小さな紙がもう一枚入っていた。
ダルガが読む。
「一人目、十五年前の王弟派。二人目、牢獄内で主君への工作を行った者。そして三人目……処刑命令の決裁者にございます」
「牢?」
そこだけ引っかかった。
あの夜のことを、この子たちはどこまで知っている。
「三人とも今夜、王宮の晩餐会へ出席予定にございます」
「何時から」
「一時間後」
ダルガが紙を畳んだ。
「リアムは予告を出してから準備を始める男ではござらぬ。すでに中でしょう」
「止められる?」
「拙者では」
「アタシも無理」
「ぼくも無理だね」
三人とも早かった。
「……仲いいね、あんたたち」
「リアムに関してだけは意見が一致しております」
嬉しくない一致だった。
「行ってくる」
◆
王宮は昨夜とは別の場所みたいになっていた。
正門に兵が三列。城壁には弓兵。巡回も増えている。
まあ、西塔を吹き飛ばしたのは私だけど。
だからって人を増やせば安全になるわけじゃない。
今夜は晩餐会だ。裏門には食材、酒、食器を積んだ荷車が途切れず入り、確認する兵の手が追いついていない。
「リアムもあそこから入ったね」
「なぜ分かるのでござる」
「高い壁を越えるより、開いてる扉から入れって教えたから」
三人を残し、荷車の列へ紛れた。
厨房へ入るまで、兵と目が合ったのは一度だけ。その兵も次の瞬間には、酒樽を落としかけた使用人を怒鳴っていた。
人が多ければ目は増える。
見る物も増える。
厨房はさらにひどかった。料理人が怒鳴り、給仕が皿を運び、兵は毒見の順番に追われている。
壁には予備の前掛け。
借りる。
空いた銀盆も一枚。
これで十分だった。
給仕に混ざって進んでいると、一人だけ妙な男がいた。
人を避けるのが上手すぎる。
混み合った厨房で一度も誰かと肩が触れない。誰かが顔を上げる少し前には、もうそこから消えている。
顔も髪も違う。
でも歩き方は知っている。
私が教えた。
盆の上には杯が一つ。
向かう先には、私の死に「処刑」と名前をつけた男。
「見つけた」
客席へ出る直前、近くの卓からスプーンを一本取った。
給仕の流れに紛れて背後へ回る。
「そのまま歩きな」
スプーンの柄を背中へ当てた。
リアムの足が止まりかける。
でも盆は揺れなかった。
「……刃ではないな」
「分かる?」
「それでも背後を取られた」
「じゃあ負けだね」
「獲物まで五歩だった」
「だから今止めた」
振り向かせず、そのまま厨房脇の控室へ入れる。
扉を閉めた。
「盆、置いて」
リアムは従った。
「もういいよ」
ゆっくり振り向く。
長い前髪の奥で、片目が見開かれた。
「久しぶり」
「……夜の女王」
「リアム」
「……師匠」
それきりだった。
泣かない。
抱きつかない。
ただ、卓についた指だけが震えていた。
私は盆の杯を取って、排水口へ流した。
「右袖」
リアムが黙る。
「隠したい物は、まず右袖。昔から」
少しして、細い針が出てきた。
「左腰」
今度は薄刃。
見覚えがある。
「……それ、十三の誕生日にあげた鍵開けじゃないか」
「黒き牙だ」




