ダンジョンで迷子になるんじゃないよ
「……ハロルド」
「はい」
「あたしは、武器を用意してって言ったんだよ」
銀色の胸当てに籠手、脚甲。そのうえ肩当てはあたしの顔より大きく、兜まで被れば横がほとんど見えない。音は鳴る、視界は狭い、肩幅まで増える。
泥棒に着せる物としては、だいぶ間違っている。
「ダンジョン探索ですので、防御力を優先しました」
「クロードとクロエを探しに行くんだよ。城を落としに行くんじゃない」
横でダルガが、なぜか満足そうに頷いた。
「我が主君、まこと聖騎士のごとき御姿にござる」
「感想は聞いてないよ」
結局、兜だけは置いていくことにした。鎧そのものは、向こうの世界で手に入れた今の身体なら大して重くない。
腰へ剣を下げて領主館を出ると、ハロルドが書類を抱えたままついてきた。
「調査隊が確認できたのはダンジョン最奥までです。二人が戻らなかったことを確認後、再調査も行いましたが、痕跡は発見できておりません」
「分かった。あとは、あたしが見る」
「お気をつけください」
声はいつもと変わらなかった。
けれど、抱えている書類の端だけが、指の形に潰れている。
「……心配いらないよ。連れて帰ってくるから」
「はい」
今度こそ出発かと思ったら、もう一人いた。
「……なんで、あんたまで来るの」
「護衛でござる」
「藁山に隠れてた護衛はいらない」
ダルガの顔が初めて動いた。
「気づいておられたので!?」
「あれで気づかない方が難しいよ」
◆
ダンジョンは、国境に近い森の奥にあった。
途中から岩場になったが、銀鎧のまま登っても息は乱れない。
「重装でその足運び。拙者でも容易ではござらぬ」
「身体の話はいいから、地面見て」
入口近くの泥には、何人もの靴跡が重なっていた。新しい調査隊の跡。その下に、少し古い靴跡が残っている。
人間は誤魔化せても、靴底の減り方までは急には変えられない。
その中から、見覚えのある二つを拾った。
「クロードとクロエもここから入ってる。少なくとも途中までは、調査隊と一緒だね」
「分かるのでござるか」
「子どもの靴を何足直したと思ってるの。減り方の癖くらい覚えてるよ」
森の斜面に半分埋まった石造りの入口も、古そうな顔をしているわりには隠し事が下手だった。扉の下だけ石が擦れ、縁には新しい欠けがあり、松明の煤もまだ薄く残っている。
「では、参ろう」
ダルガが一歩前へ出た。
「待ちな。こういう所で真っ先に歩く奴が、一番最初に罠を踏むんだよ」
「承知した」
そう言って、そのまま次の一歩を踏んだ。
カチ、と嫌な音がした。
「我が主君、下がられよ!」
左右の壁が開き、矢が一斉に飛んできた。ダルガが大盾を引き抜いてあたしの前へ立ち、飛んできた矢を全部受け止める。
「我が主君へ、一本たりとも通しませぬ」
盾の縁を、指で二度叩いた。
「ダルガ。今の、何が悪かったか言ってみな」
「主君の制止を受けた後、そのまま前進し、罠を作動させ申した」
「分かってるじゃないか。次からあたしの後ろ」
「……御意」
◆
それからは、あたしが前を歩いた。
同じ大きさに見える床石でも、一枚だけ縁に埃がない。天井には不自然な穴があり、壁の継ぎ目には細い金属が覗いている。
罠を作った人間だって、仕事をすれば跡を残す。
「止まって」
ダルガの襟をつかみ、足元の小石を前へ投げた。
床石が沈み、左右の壁から刃が飛び出す。
「なるほど」
「感心してないで覚えな」
壁の下にある小さな留め金へ細い金具を差し込み、機構を止める。次の広間へ入ると、今度は奥から獣の唸り声が響いた。
四足の魔物が二体、暗がりから飛び出してくる。
「ダルガ!」
「承知!」
そこからは、あたしの仕事じゃない。
一体目を盾で弾き、二体目が飛びかかる前に斬る。弾かれた方も、立ち上がる前に剣の腹で叩き伏せた。
「片づけ申した」
「助かった」
その間に、あたしは魔物の後ろにあった古い扉を見ていた。
錠が掛かっている。
「こっちは、あたしの仕事だね」
◆
通路の途中には、大きな宝箱が置かれていた。
部屋の真ん中。
金色の金具。
どうぞ開けてくださいと言わんばかりだった。
「はい、触らない」
近づきかけたダルガの手が止まる。
箱を見る前に、その周りを見る。
床の隙間から細い線が伸び、真上の天井には小さな穴が六つ。横の石を外すと、その中に仕掛けが隠れていた。
線を押さえたまま金具を抜く。
そこで、引っかかった。
「……これ、一回外されてる」
「罠を解除した者がいるのでござるか」
「たぶんね」
蓋を開ける。
中は空だった。
「調査隊は、この箱を開けられなかったんだね?」
「左様」
箱の底には埃が積もっていたが、その中だけ四角く色の違う跡が残っている。何かが長い間置かれていた跡だ。
内側の縁にも、新しい擦り傷がある。
「最初から空だったわけじゃないね。誰かが中身を持っていった」
「では、罠もその者が?」
「たぶん」
さっき外した金具を見る。
箱を開けた時についた傷の上へ、罠を固定した跡が重なっている。
「中身を取ったあとで、わざわざ罠を仕掛け直してる」
「何故、そのようなことを」
「空箱を守るためじゃないだろうね」
欲しい物を持っていくだけなら、それで終わりだ。
あとから来る人間のために、わざわざ罠を戻す必要はない。
「誰かに開けてほしくなかったんじゃなくて、開けさせたかったのかもしれない」
「罠へ誘うために?」
「そう見える」
クロードとクロエが消えた場所で、こんな細工が残っている。
無関係とは思えなかった。




