二人の行方
さらに奥へ進むと、道が二つに分かれていた。
左は広く、右は人一人がやっと通れるくらい狭い。
「右へ行くよ」
「理由を伺っても?」
「左は歩きやすすぎる。こういう場所で親切な道は、だいたい親切じゃない」
今度はダルガも黙って後ろへついてきた。
ところが数歩進んだところで、ダルガが左側の壁を見た。
「我が主君。あちらの壁に、不自然な継ぎ目がござる」
「どれ」
壁際の石が、一つだけわずかに出ている。その下には細い溝が伸びていた。
「罠だね。このまま残して、あとで調査隊が触ったら危ない。潰しておこう」
仕掛けの位置を確かめ、少し離れたところから小石を投げる。
カチ、と音がした。
次に聞こえたのは、天井の奥から響く低い音だった。
「……ん?」
振り返った。
石を削る音と一緒に、通路いっぱいの石球がこちらへ転がってくる。
「走る!」
「御意!」
石球は壁を削りながら迫ってくる。ダルガの鎧が鳴り、その後ろから地響きまで追いかけてきた。
右壁に、人二人ならぎりぎり入れそうな窪みがある。
「そこ!」
二人で飛び込んだ直後、石球が目の前を通過した。巻き起こった風で髪が浮き、地響きはそのまま通路の奥へ遠ざかっていった。
「……我が主君。今のは、承知の上で?」
「あたしは泥棒だよ。冒険者じゃない。人の家に、あんなもん転がしてる奴はいない」
「確かに」
「ここじゃ、下手に触らない方がいいね」
「心得申した」
人の家なら、使う人間の癖から罠を読める。
でも、ここは人が暮らすための場所じゃない。
その違いくらいは覚えておいた方がよさそうだった。
◆
最奥へ着く頃には、ダルガもようやく勝手に何かへ触らなくなっていた。
壁には調査隊の印が残っている。
報告どおり、ここまでは来ている。
でも、クロードとクロエはいなかった。
血もない。
壊れた武器も落ちていない。
壁にも、剣を振った跡は残っていない。
「……ここでやられたわけじゃないね」
「では、どこへ」
「出口が別にある」
壁際を確かめる。
石を押しても動かない。
なら、その周りだ。
下の溝へ細い金具を差し込み、奥へ押す。
カチ、と軽い音がして、壁の一部が横へずれた。奥から冷たい空気が流れてくる。
ダルガが前へ出かけて、途中で止まった。
「罠のある場所では、主君より前へ出ぬこと。不用意に何かへ触れぬこと」
「よし。やっと覚えたね」
◆
隠し通路は狭く、ところどころ天井も低かった。
肩当てが壁へ何度も当たるたびに、銀鎧を用意したハロルドを少し恨んだ。
その途中、壁の低い位置に小さな傷が見えた。
斜めに二本。
その下に、短い一本。
知っている。
「……クロード」
指でなぞる。
「何か分かるのでござるか」
「迷った時に戻れるように、あたしが教えた印だよ」
昔、薪拾いに出した時だった。
クロードは同じ木の周りを何度も回って、半泣きで戻ってきた。
それで、自分だけに分かる印を残しながら歩けと教えた。
最初につけた印も、こんな雑な三本線だった。
「……まだ使ってるのかい」
次の角にも、その先にも同じ印が残っていた。
間隔はほぼ一定。
線も乱れていない。
「急いでないね。追われてもいない」
「では、自らこの道を?」
「あの時点では、そう見える」
まだ決めつけるには早い。
でも、少なくとも逃げ回った跡じゃなかった。
◆
やがて前方に光が見えた。
隠し通路を抜けると、森の斜面へ出た。岩と草で入口が隠されていて、外からなら知っている人間でなければまず気づかない。
柔らかい土には、三人分の足跡が残っていた。
「……二人じゃない」
「誰かと合流したのでござるな」
周囲を調べる。
足跡同士が乱れた様子はない。
踏ん張った跡も、引きずられた跡もない。
クロードとクロエの歩幅も変わっていなかった。
出口近くの岩には、さっきと同じ三本線。
その下に、丸が一つ。
「安全の印だ」
「では、クロード殿は、この人物を敵ではないと判断した?」
「少なくとも、ここではね」
でも、クロードがそう思ったというだけだ。
あの子は、何か思いつけば先に行く。
その襟を後ろからつかんで止めるのがクロエだった。
昔から、それでどうにか釣り合っていた。
そのクロエまで一緒に行っている。
「……何があったんだい、あんたたち」
三人分の足跡を追って森を進む。
少し先へ行ったダルガの声が変わった。
「我が主君」
森の中に、一本だけ場違いな石柱が立っていた。
見覚えのある形だった。
境界標だ。
苔を払うと、刻まれた国名が現れた。
カルバニア。
「ここは、王国領ではござらぬ」
足跡は、その境界標の向こうへ続いている。
最後に残されたクロードの印も乱れていなかった。
迷った時に戻れるよう教えた印が、そのまま国の外へ続いている。
「連れていかれたんじゃないね」
あたしは境界標の向こうを見た。
「クロードとクロエは、自分からカルバニアへ行ったんだ」




