三百十二名増えました
翌朝、荷馬車の中身は全部入れ替わっていた。
売るはずだった麦も豆もない。
帰りに積むはずだった塩や布もない。
代わりに乗っているのは、毛布を抱えた人たちだった。
出発前から、ハロルドはもう帳簿を開いている。
「今回の直販事業について報告します。売上はゼロ、違約金が発生。加えて避難民三百十二名分の食費、住居、医療費が必要になります。事業としては失敗です」
「……そこまで言わなくても分かるよ」
「ただし、今回の判断を修正する必要はないと考えます」
「昨日までなら、赤字って聞いた瞬間に改善案を十個くらい出してたのに」
「現在も十二案あります」
「……あるの」
「はい。ただし、救援を行わない案は含まれておりません」
何でもない顔で言うものだから、怒るにも笑うにも困る。
「院長先生。計算対象が三百十二名増えましたので」
「……ちゃんと食べさせるところまで計算しな」
「承知しました」
◆
領地へ戻ったのは、翌日の午後だった。
館の前にはアデリアがいて、その後ろには寝具と毛布の山ができている。人を見る前に必要な物を揃えてあるあたり、ちゃんとハロルドの仲間だった。
「レーヤ様」
「ただいま」
「分かってはいましたが、本当に三百十二名いらっしゃるのですね。数字で読むのと、実際に見るのでは違います」
「そりゃそうだよ」
「負傷者は診療所へ、それ以外の方は空き倉庫と集会所へ案内します。ハロルド、寝床が足りない分は一緒に考えてください」
「……はい」
ハロルドの返事は、いつもの「承知しました」ではなかった。
その話を聞いていた避難民の中から、一人の男が前へ出た。
「領主様。俺たちも働かせてください。食わせてもらうだけじゃいられません」
「何ができるんだい」
「船頭です。俺だけじゃない。あそこにいる連中も、ほとんど港で働いてました」
その言葉をきっかけに、周りから次々と声が上がった。
「俺は船大工です」
「荷揚げなら任せてくれ」
「倉庫管理をしていました」
「川沿いの市場なら、どこへ何を運べば売れるか分かります」
船頭。
船大工。
荷揚げ。
倉庫。
市場。
昨日まで、あたしたちに足りなかったものばかりだった。
ハロルドから返事がないと思ったら、もう地図を広げている。領地と河港、その間の川へ指を走らせていた。
「院長先生。輸送計画を修正します。この人たちと船を使えば、水運を利用できる可能性があります」
後ろを指す。
「三百十二人いるんだよ」
「はい」
「輸送計画はあと。この人たちの寝床が先」
「承知しました」
ハロルドが地図を畳んだところへ、使用人が書状を持ってきた。
「ハロルド様。北部から連絡です」
北部と聞いて、クロードとクロエの顔が浮かんだ。
ハロルドが封を切る。
いつもなら報告書なんて一度読めば、そのまま次の処理へ進む。
その目が、途中で止まった。
「……何かあったの」
「ダンジョン調査隊が戻りました」
「じゃあ、クロードとクロエも?」
「いいえ」
ハロルドは書状を下ろした。
「二人は戻っていません。クロードとクロエは、現在、行方不明です」
さっきまで軽かったはずの毛布が、腕の中で急に重くなった。




