普通に働け
アデリアが小さく咳払いした。
「ただ、その備蓄のおかげで、昨年の水害時にも飢えた領民は出ませんでした」
「……そう」
そこまで言われると叱りづらい。
「役に立ったなら、そこは偉いよ」
「ありがとうございます」
「でも五年は長い」
「必要量です」
本当に叱りづらい。
「クロードとクロエは?」
「北部で新しいダンジョンが発見されましたので、二人とも調査隊へ参加しております。数日後には戻る予定です」
「帰ってきたら教えて」
「承知しました」
そのまま領主館へ向かうものと思っていたが、ハロルドが先に見せたい物があるというので、館の裏手へ回った。
倉庫へ入った途端、足が止まる。
麦袋、豆、乾燥薬草、加工途中の根菜。奥までぎっしり詰まっていて、新しい荷物を置く隙間の方が見つからない。
「……これが五年分?」
「いいえ。五年分の備蓄は別棟です。こちらは売れ残りです」
もう一度、倉庫の奥まで見た。
「これ全部?」
「はい」
ハロルドが帳簿を開いた。
「あの三商会を皮切りに、王都と取引のある十九社まで順次契約を停止しました。エルグランド公爵家の件が表沙汰になった後も、商流そのものはまだ戻っておりません」
アデリアの顔が曇った。
「私が、あの時……」
「違う」
先に止めた。
「やったのは向こうだよ。あんたが断ったから悪いことが起きた、なんて考えるなって前にも言っただろ」
「……はい」
ハロルドは帳簿をめくった。
「新たに買い取りを申し出た商会はあります。ただし、相場よりかなり低い価格です。正規商会を通さなければ、もう少し高値で売却できます」
「それ、密輸?」
「はい」
「却下」
「では、保管限界を超える分は廃棄します」
「それもなし。食べられる物は捨てない」
「しかし、このままでは次の収穫物を保管できません」
「だったら捨てる前に売りな」
「正規商会が買いません」
「商会が買わないなら、欲しいところへ直接持っていけばいいだろ」
「直接販売も試算しました。ただ、村ごとに運ぶと輸送費が高くなりすぎます」
「村ごとにちまちま運ぶからだよ。一か所に集めて、まとめて運びな」
ハロルドの返事が止まった。
「……共同集荷拠点を設ける、という意味でしょうか」
「名前は何でもいいよ。まとめて積んだ方が安いんだろ」
「集荷地点を決めて品質ごとに選別し、荷車単位でまとめる。帰路の積載も確保できれば、輸送費はさらに下げられます」
ハロルドの目が帳簿へ落ちた。
「正規商会を通さない販路も、合法の範囲で再構築できます。北部内での集荷だけでなく、南部の消費地へ直接接続すれば」
「ほら、そこからは速いじゃないか」
「前提条件が変更されましたので」
もう数字を書き始めている。
「本日中に各村の生産量と保管量を整理します。明朝までに共同集荷案を作成し、輸送費と販売価格を再計算します」
「とにかく、食べ物を捨てずに済む形にしな」
「承知しました」
倉庫いっぱいの麦を見上げる。
「いいかい。密輸なし」
「はい」
「脅迫なし」
「はい」
「王都侵攻もなし」
「承知しました」
ハロルドは帳簿へ何か書き足した。
「今度は何」
「王都側の物流停止に備え、独自販路の構築を優先事項へ変更しました」
「それならいい。今度こそ普通に仕事しな」
「承知しました」
返事は短かった。
でも、帳簿へ書き足された文字は、あたしが言った一行よりずっと長い。
どうもこの子とは、まず「普通」の意味から話し合う必要がありそうだった。




