一生に一回
「レーヤ。昨夜の件についての確認は続けるが、ここへ留まる必要はない。後日、改めて話を聞かせてもらう」
「分かった」
泥棒したことまで許されたわけではない。
そこは、まあ仕方ない。
「アデリア」
「はい」
王太子は少し間を置いた。
「私は、君の周囲で問題が起きるたび、君自身に原因があると思うようになっていた」
アデリアは黙って聞いている。
「席次、取引、救援物資、記章。疑う材料が増えたからこそ一つずつ確かめるべきだった。だが私は、逆に『これだけ問題が続くなら君に問題がある』と考えた」
「……はい」
「昨夜も同じだ。君が招待客へ手を上げた。その事実だけで、それまで聞かされていた話まで正しいと思い込んだ」
王太子は頭を下げた。
「私の判断が間違っていた。すまなかった」
アデリアはすぐには答えなかった。
「……お言葉は、受け取ります」
「婚約については」
「ちょいと待ちな」
王太子が私を見る。
「濡れ衣が晴れたからって、そのまま元に戻す話じゃないだろ」
「レーヤ様」
「婚約を続けたいかどうかは、別の話だよ。アデリアは昨日、みんなの前で婚約を切られたんだ。王太子が間違ってましたって言ったから、はい元通り、なんて荷物みたいに扱うんじゃない」
王太子は黙ったあと、アデリアを見た。
「……その通りだ」
アデリアも今度は自分で考えてから答えた。
「私も、少し時間をいただきたいです」
「分かった」
それでいい。
勝手に決めて、勝手に破棄して、勝手に元へ戻す。
人間相手にやることじゃない。
「それと、レーヤ」
「何」
「昨夜から今日にかけて、ずいぶん多くの者が君のために動いているようだな」
「あたしのためじゃないよ」
「では、君が指示したのではないのか?」
「あたしは一人ずつ、やることと、やっちゃ駄目なことを言っただけ」
「お母様の方針に基づき、各担当が必要な範囲で判断いたしました」
エルザが横から補足した。
王太子がエルザ、ノア、ルシアを順に見て、最後にまた私へ戻る。
「……なるほど」
何がなるほどなのか分からない。
ただ、昨夜の舞踏会と同じ目だった。
この男は、私がこの子たちの何なのかを考え始めている。
◆
王宮を出たところで、アデリアに呼び止められた。
「レーヤ様。一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何?」
「どうして、ここまでしてくださったのですか」
「腹が立ったから」
アデリアが少し目を丸くした。
「それだけ……ですか?」
「それだけで人を助けちゃ駄目かい」
「いえ」
「ならいいじゃない」
そこで、ずっと引っかかっていた名前を思い出した。
「そういえば、あんたのとこのハロルド。姓は?」
アデリアが答えた。
聞き覚えのある姓だった。
「エルザ」
「はい。あのハロルドです」
「……やっぱり」
「お知り合いなのですか?」
「昔、あたしが面倒見てた子だよ。食べ物を隠す癖があってね。パンを枕の下に入れて、何回怒ったか」
アデリアが目を瞬いた。
「……まったく想像できません」
「ほかにも二名、お母様がお育てになった者が、ローデン領で働いております」
エルザが続けた。
「クロードとクロエです」
「三人も?」
思わずアデリアを見る。
「あの子たち、ちゃんとやってる?」
「もちろんです」
アデリアが笑った。
「ハロルドは私が最も信頼している者です。クロードとクロエも、領地には欠かせません。むしろ私の方が、何度も助けられています」
「……そう」
復讐でもない。
国潰しでもない。
犯罪組織でもない。
誰かの隣で働いて、頼られて、普通に暮らしている子もいた。
「今度、遊びに行っていい?」
「ぜひ」
「抜き打ちで」
「なぜ抜き打ちなのです?」
「ちゃんと食べてるか見る」
アデリアが少し笑った。
「ハロルドが逃げると思います」
「逃がしやしないよ」
◆
四十七夜へ戻ると、昨日のドレスがまだ部屋に掛けられていた。
「これ、もう片づけていいよ。二度とこんな格好させるんじゃない」
「お気に召しませんでしたか?」
「舞踏会なんて一生に一回で十分だよ」
「でも、かあちゃん結構楽しんでたじゃん」
ルシアが笑う。
「婚約破棄に口挟んで、その晩に公爵家へ泥棒に入ったんだよ。どこを見たら楽しんでたことになるの」
「舞踏会そのものは?」
「……」
「ほら」
「まあ……悪くはなかったけど」
「やはり」
エルザが妙に納得した顔をした。
「何が『やはり』なの」
「昔、お母様は祝祭の日になりますと、仕立屋の前でよく足を止めておられましたので」
「……見てたの?」
「はい」
「王城から音楽聞こえる日も、よく窓の方見てたじゃん」
ルシアまで加わった。
「ちょっと待ちな。あんたたち、いくつの時の話をしてるの」
「覚えてるもんは覚えてんだよ」
「皆、なんとなく気づいておりました」
あの頃は、一着の服より明日のパンの方が必要だった。
仕立屋の前で足を止めたとしても、買う気なんて最初からない。そのまま通り過ぎれば済む話だった。
「だから一回くらい、ちゃんとした服着せて連れてってやりたかったんだよ」
仕立屋の前で立ち止まったことなんて、私はもう忘れていた。
この子たちは覚えていた。
「……余計なことばっかり覚えてるんだから」
ドレスの袖へ触れる。
生地はまだ新しく、昨日着ただけなのに皺一つ残っていなかった。
「でも、まあ……一回くらいなら悪くなかったよ」
ルシアの口元が上がった。
「じゃあ次の夜会も」
「行かない」
即答すると、エルザがドレスを片づけかけた手を止めた。
「なお、お母様」
「何?」
「ハロルドからの定期報告が、三日前から途絶えております」
「……忙しいだけじゃないの」
「ハロルドが報告を落としたのは、十五年間で一度もございません」
ドレスから手を離した。
嫌な予感というものは、大抵、当たってほしくない時に限ってよく当たる。




