↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/28

一生に一回

「レーヤ。昨夜の件についての確認は続けるが、ここへ留まる必要はない。後日、改めて話を聞かせてもらう」


「分かった」


 泥棒したことまで許されたわけではない。


 そこは、まあ仕方ない。


「アデリア」


「はい」


 王太子は少し間を置いた。


「私は、君の周囲で問題が起きるたび、君自身に原因があると思うようになっていた」


 アデリアは黙って聞いている。


「席次、取引、救援物資、記章。疑う材料が増えたからこそ一つずつ確かめるべきだった。だが私は、逆に『これだけ問題が続くなら君に問題がある』と考えた」


「……はい」


「昨夜も同じだ。君が招待客へ手を上げた。その事実だけで、それまで聞かされていた話まで正しいと思い込んだ」


 王太子は頭を下げた。


「私の判断が間違っていた。すまなかった」


 アデリアはすぐには答えなかった。


「……お言葉は、受け取ります」


「婚約については」


「ちょいと待ちな」


 王太子が私を見る。


「濡れ衣が晴れたからって、そのまま元に戻す話じゃないだろ」


「レーヤ様」


「婚約を続けたいかどうかは、別の話だよ。アデリアは昨日、みんなの前で婚約を切られたんだ。王太子が間違ってましたって言ったから、はい元通り、なんて荷物みたいに扱うんじゃない」


 王太子は黙ったあと、アデリアを見た。


「……その通りだ」


 アデリアも今度は自分で考えてから答えた。


「私も、少し時間をいただきたいです」


「分かった」


 それでいい。


 勝手に決めて、勝手に破棄して、勝手に元へ戻す。


 人間相手にやることじゃない。


「それと、レーヤ」


「何」


「昨夜から今日にかけて、ずいぶん多くの者が君のために動いているようだな」


「あたしのためじゃないよ」


「では、君が指示したのではないのか?」


「あたしは一人ずつ、やることと、やっちゃ駄目なことを言っただけ」


「お母様の方針に基づき、各担当が必要な範囲で判断いたしました」


 エルザが横から補足した。


 王太子がエルザ、ノア、ルシアを順に見て、最後にまた私へ戻る。


「……なるほど」


 何がなるほどなのか分からない。


 ただ、昨夜の舞踏会と同じ目だった。


 この男は、私がこの子たちの何なのかを考え始めている。


     ◆


 王宮を出たところで、アデリアに呼び止められた。


「レーヤ様。一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「何?」


「どうして、ここまでしてくださったのですか」


「腹が立ったから」


 アデリアが少し目を丸くした。


「それだけ……ですか?」


「それだけで人を助けちゃ駄目かい」


「いえ」


「ならいいじゃない」


 そこで、ずっと引っかかっていた名前を思い出した。


「そういえば、あんたのとこのハロルド。姓は?」


 アデリアが答えた。


 聞き覚えのある姓だった。


「エルザ」


「はい。あのハロルドです」


「……やっぱり」


「お知り合いなのですか?」


「昔、あたしが面倒見てた子だよ。食べ物を隠す癖があってね。パンを枕の下に入れて、何回怒ったか」


 アデリアが目を瞬いた。


「……まったく想像できません」


「ほかにも二名、お母様がお育てになった者が、ローデン領で働いております」


 エルザが続けた。


「クロードとクロエです」


「三人も?」


 思わずアデリアを見る。


「あの子たち、ちゃんとやってる?」


「もちろんです」


 アデリアが笑った。


「ハロルドは私が最も信頼している者です。クロードとクロエも、領地には欠かせません。むしろ私の方が、何度も助けられています」


「……そう」


 復讐でもない。


 国潰しでもない。


 犯罪組織でもない。


 誰かの隣で働いて、頼られて、普通に暮らしている子もいた。


「今度、遊びに行っていい?」


「ぜひ」


「抜き打ちで」


「なぜ抜き打ちなのです?」


「ちゃんと食べてるか見る」


 アデリアが少し笑った。


「ハロルドが逃げると思います」


「逃がしやしないよ」


     ◆


 四十七夜へ戻ると、昨日のドレスがまだ部屋に掛けられていた。


「これ、もう片づけていいよ。二度とこんな格好させるんじゃない」


「お気に召しませんでしたか?」


「舞踏会なんて一生に一回で十分だよ」


「でも、かあちゃん結構楽しんでたじゃん」


 ルシアが笑う。


「婚約破棄に口挟んで、その晩に公爵家へ泥棒に入ったんだよ。どこを見たら楽しんでたことになるの」


「舞踏会そのものは?」


「……」


「ほら」


「まあ……悪くはなかったけど」


「やはり」


 エルザが妙に納得した顔をした。


「何が『やはり』なの」


「昔、お母様は祝祭の日になりますと、仕立屋の前でよく足を止めておられましたので」


「……見てたの?」


「はい」


「王城から音楽聞こえる日も、よく窓の方見てたじゃん」


 ルシアまで加わった。


「ちょっと待ちな。あんたたち、いくつの時の話をしてるの」


「覚えてるもんは覚えてんだよ」


「皆、なんとなく気づいておりました」


 あの頃は、一着の服より明日のパンの方が必要だった。


 仕立屋の前で足を止めたとしても、買う気なんて最初からない。そのまま通り過ぎれば済む話だった。


「だから一回くらい、ちゃんとした服着せて連れてってやりたかったんだよ」


 仕立屋の前で立ち止まったことなんて、私はもう忘れていた。


 この子たちは覚えていた。


「……余計なことばっかり覚えてるんだから」


 ドレスの袖へ触れる。


 生地はまだ新しく、昨日着ただけなのに皺一つ残っていなかった。


「でも、まあ……一回くらいなら悪くなかったよ」


 ルシアの口元が上がった。


「じゃあ次の夜会も」


「行かない」


 即答すると、エルザがドレスを片づけかけた手を止めた。


「なお、お母様」


「何?」


「ハロルドからの定期報告が、三日前から途絶えております」


「……忙しいだけじゃないの」


「ハロルドが報告を落としたのは、十五年間で一度もございません」


 ドレスから手を離した。


 嫌な予感というものは、大抵、当たってほしくない時に限ってよく当たる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。