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四十七の刃の首領

「かあちゃぁぁぁん!」


「うるさっ」


 三十を過ぎた大男が、泣きながら抱きついてきた。


 重い。力も強い。鼻水までつけられそうだ。


 それでも、しがみつき方だけは昔と同じだった。


 肩が濡れていく。


 十五年前の夜も、この子は言った。


 どこにも行かないで。


 私は帰れなかった。


「……もういい。分かったから」


「かあちゃん……本当に、生きて……」


「生きてるよ。だから鼻を拭きな」


 背中を二度叩くと、ダルガはようやく離れた。袖で顔を拭き、何事もなかったように背筋を伸ばす。


「……取り乱した。失礼つかまつった、我が主君」


「急に戻るんじゃないよ。あと誰が主君だい」


「そこだけは譲れませぬ」


「そこを譲りな」


 聞かなかったことにしたらしく、ダルガはその場へ膝をついた。


「されど、一つだけお詫び申し上げねばなりませぬ」


「何」


「主君より賜った最後の命、拙者は守れなんだ」


 赤い目のまま、顔を上げる。


「幸せに生きよ、と仰せになった。されど、主君を処刑した者どもを許し、何事もなかったように生きることなど、拙者にはできませなんだ」


 昔から、怖い時ほど平気な顔をする子だった。


 屋根から降りられなくなった時もそうだった。


 大きくなって、髭が生えて、剣まで上手くなったくせに。


 まだ降りられていなかったらしい。


 私はその頭を軽く叩いた。


「そこを守れって言ったんだよ」


「されど」


「されどじゃない。あんたまで死んだら、何のために育てたと思ってる」


 ダルガが黙った。


「復讐は禁止。王城爆破も禁止。人様に迷惑かけるのも禁止。それから、私のために自分の人生を捨てるのも禁止」


「……しかと心得申した」


「本当に?」


「はっ。他の者たちにも、主君のお言葉を伝えまする」


「他の者?」


「はっ」


 聞くのはやめた。


 今夜はもう十分だ。


「とりあえず、ちゃんと食べて寝な。続きは明日」


「御意」


「それから、これは没収」


 盗った箱を持ち上げると、ダルガの顔色が変わった。


「お待ちくだされ。それは」


「火薬なんて置いた子に返すわけないだろ。潰しとくよ」


「お待ちくだされ!」


 両手で挟む。


 金属が、ぐしゃりと潰れた。


 ダルガだけでなく、後ろの二人まで動かなくなった。


「……何」


「それは起爆器ではござらぬ」


「じゃあ何」


「予備の時限起爆を止める、停止器にござる」


 地下の奥で、かちり、と音がした。


 全員の顔がそちらを向いた。


「……今の、何」


「停止器の破壊を検知して、予備系統へ切り替わった音にござる」


「……それで?」


「時限起爆が作動いたしました」


 ダルガの顔から、さっきまでの泣き顔が消えた。


「西塔へ走れ! 予備系統を止めよ!」


「間に合いませぬ! 残り二十秒!」


「二十秒!?」


「賊に解除の隙を与えぬよう、拙者がそう組みました」


 今だけは褒めるところが一つもない。


「火薬は!」


「西塔地下!」


「人は!」


「退避済みにござる!」


 それならまだいい。


 四人で走ったが、西塔へ着く前に床の下から腹へ響く音が来た。


 次の瞬間、王城が揺れた。


 通路の先が白く弾け、遅れて轟音が押し寄せる。天井から石の粉が降り、私はダルガに抱え込まれたまま壁際へ転がった。


「かあちゃん!」


 頭ごと胸へ押し込まれる。


 雷の夜に泣き止まなかったこいつを、昔は私がこうして抱えていた。


「逆だろ!」


 二度目の轟音が響き、西塔の方から石の崩れる音が続いた。


 外へ出る。


 西塔の上半分がなかった。


「……本当に吹っ飛んでるじゃないか」


 警鐘が鳴り、兵の怒鳴り声が飛び交う。


 十五年ぶりに帰ってきた日の夜。


 王城を吹き飛ばした。


 私が。


「侵入者だ! 西側に四十七の刃!」


「女もいるぞ!」


 違う、と言いかけてやめた。


 王城の地下から爆破犯と一緒に出てきた女が、「私は関係ありません」と言って誰が信じる。


 兵が押し寄せると、ダルガは後ろの二人へ声を飛ばした。


「おぬしらは別々に離脱せよ。城外で合流する!」


「はっ!」


 二人が左右へ散り、ダルガだけが私の前へ立った。


「我が主君には、指一本触れさせぬ」


 兵の足が止まった。


「主君……?」


「ダルガが頭を下げる相手だと?」


「四十七の刃の首領か!」


 増やすな。


 十五年前は泥棒として処刑され、帰ってきた初日に今度は犯罪組織の首領である。


 矢が一本、足元へ刺さった。


 説明するだけ無駄だ。


「ダルガ、掴まってな!」


「は?」


 襟を掴んで城壁まで跳ぶ。


「ぬおっ!?」


 そのまま外壁を越えた。


 屋根へ着地しても、ダルガは何も言わなかった。口だけ開いている。


「何」


「……いえ」


「なら走るよ」


 屋根伝いに王城を離れたところで、正面から男が駆けてきた。ダルガを見るなり膝をつく。


「ルシア様より急ぎの伝令にございます! 『兄貴の合図、見た。こっちも前倒す』とのこと!」


「合図?」


 男が王城を見た。


 私も振り返る。


 西塔が盛大に燃えていた。


「……まさか、あれ?」


「明朝より王都の金融、物流、穀物、すべて止めるとのこと!」


「待ちな」


 金融と物流はまだいい。


「穀物も?」


「はっ!」


 昔の孤児院で、空になった麦袋を逆さにして振ったことを思い出した。


 粉すら落ちなかった。


「ルシアはどこ」


「王都東区、ルシア商会本店にござる」


「案内して」

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