人のことは言えない
念のため、私はもう一度隣室の扉を開けた。
やっぱりいる。
ダルガ、ルシア、ノア、リアム、エルザ。五人揃って大きな机を囲み、私が入る前から何やら相談を始めていた。
「……なんで全員いるの」
「討ち入りにござるな」
ダルガが真顔で答えた。
「違う」
「エルグランド公爵邸の図面ならある」
リアムが机へ紙を広げる。
「なんであるの」
「夜はすでに、あの屋敷の呼吸を覚えている」
「気持ち悪い言い方するんじゃないよ」
その横で、ルシアが帳簿の束を机へ置いた。
「アタシは金の流れ洗っとく。逃げるなら、先に金が動くだろ」
ノアも私の声へ顔を向ける。
「院長先生。困ってた人に話を聞けばいい?」
「……それは頼む。噂話じゃなくて、本人がされたことと、自分で見たことだけ聞いてきな。身分は気にしなくていいよ。話してくれる人なら誰でも」
「分かった」
「では、目的を整理いたします」
エルザが新しい紙を一枚取り出した。
「アデリア様に対する一連の妨害について、指示者と事実関係を確認し、必要な証拠を確保する。暴力、殺害、脅迫、無関係な財産の奪取は禁止といたします」
「そう。証拠だけだよ。勝手に決着つけるんじゃない。何か見つけたら、一回あたしのところへ持って帰ってきな」
「現場判断による処分は禁止。確保した情報と証拠はすべてお母様へ集約し、最終判断を仰ぐ。こちらも全支部へ共有いたします」
「支部まで動かす必要ある?」
「必要になった場合に備えます」
あるらしい。
背後で器の触れる音がしたので振り返ると、アデリアがスープを持ったまま固まっていた。
「……あの。皆様は、いったい何者なのですか」
困った質問だった。
私が答えを考えているうちに、ダルガが胸へ手を当てる。
「拙者にとっては、我が主君」
「かあちゃん」
「院長先生だよ」
「夜の女王」
「お母様です」
五人とも、一度も迷わなかった。
アデリアは端から順に五人を見たあと、私を見る。
「……皆様、レーヤ様のお言葉には従われるのですね」
「聞きやしないよ。この子たち、昔から全然言うこと聞かないんだから」
「我が主君の御命令とあらば、必ず」
「だから主君はやめなって」
アデリアは何か言いかけ、結局やめた。
ノアが杖を取って立ち上がる。
「じゃあ、ぼくは話を聞いてくるね」
「無理に聞き出すんじゃないよ」
「うん。話したい人にだけ聞く」
「ノア様……ですよね」
アデリアが少し驚いたように声をかけた。
「教会の診療所や孤児救済については、王都でもよく耳にします。母も何度か寄付をしておりました」
「そうなんだ。ありがとう」
ノアは穏やかに答え、そのまま出ていった。
あの子は、私が思っていたよりずっと多くの人の手を取ってきたらしい。
「我が主君。拙者の手勢は、公爵邸周辺へ配置いたそう。何人たりとも逃さぬよう」
「配置しない。剣を抜いたら帰すからね」
「……御意」
◆
四十七人を育てていた頃も、全員が一斉に何かを始めると止めるのが大変だった。
あれから十五年。
やっていることは変わらず、規模だけが洒落にならなくなっている。
夜が深くなる頃には、昔の院長室だったはずの部屋へ、帳簿と聞き取りの記録が次々と持ち込まれていた。
「見て、かあちゃん」
ルシアが三枚の書類を並べた。
「アデリアんとこと取引切った三商会。表じゃ全部別会社だけど、金を辿ると途中で同じ金融商会にぶつかる」
「その先は?」
「エルグランド家と付き合いの長い連中。こいつら毎年、公爵夫人の茶会にもかなり金入れてる」
「寄付ってこと?」
「名目はな。でも額が揃いすぎてる。寄付ってのは、みんな同じ金払わなきゃ入れねぇ店じゃないだろ」
ルシアが帳簿を指で叩いた。
「これ、付き合いじゃなくて通行料だな」
「その金融商会なら、記章を持ち出した男にもつながる」
リアムが一枚の紙を重ねた。
「男は四十七夜の従業員ではない。日雇いの給仕として紛れ込んだ。仕事を渡した仲介人が、その金融商会と取引のある商人の使用人だ」
「本人は生きてるんだろうね」
「生きている。教えは守った」
「ならいい」
エルザが二人の資料を受け取り、すでに作っていた時系列へ並べていく。
「席次表の差し替え、儀礼担当者からの誤った案内、ドレス業者の突然の辞退、北部向け救援物資の取引停止、そして王家記章の持ち出し。ヴィオラ様、あるいは公爵夫人が直接命じたことを示す資料はありませんが、すべてエルグランド家と継続的な関係を持つ人脈へつながっています」
寄付した家は通す。
断った家だけ、別の場所で道が詰まる。
これなら一度も「金を出せ」と言わずに済む。
「ずいぶん上品な脅し方だね」
「いたよ」
扉が開き、ノアが戻ってきた。
「同じことされた人」
「もう見つけたの?」
「前に、ぼくのところへ相談に来てた人もいたから」
誰かに書いてもらったらしい紙を机へ置いた。
「寄付を断ったあと、急に王家へ品物を納められなくなった商人。お茶会へ行かなかったら婚約の話がなくなった人。それから、王都で失敗したことにされた地方の貴族もいたよ」
「何人?」
「今、話してくれるのは七人。でも、まだいると思う」
アデリアの手が止まった。
「私だけでは、なかったのですね」
「そうみたいだね」
「もし私が最初から寄付を受け入れていれば、少なくとも北部の者たちまで巻き込まれずに済んだのでしょうか」
「違うよ」
「ですが、私が意地を張らなければ」
「金を出せって空気を作って、断ったら困らせる。それで断った側が悪いことになったら、次からみんな払うしかなくなるだろ」
アデリアが口を閉じた。
「自分が殴った分の後始末だけ考えな。人の悪事まで背負わなくていい」
「……はい」
アデリアが頷く。
そこで、妙に静かなことに気づいた。
ダルガも、ルシアも、ノアも、リアムも、エルザまで、誰も私を見ていない。
「何さ」
返事がない。
ルシアは帳簿を見たまま、ノアは杖を握り、ダルガまで黙っている。
ようやく気づいた。
「ああ……そうか」
十五年前。
私は一人の子の罪を代わりに背負って、そのまま死んだ。
人の悪事まで背負うな。
その台詞だけは、私に言われたくなかったんだろう。
「……悪かったね。あたしも人のこと言えないか」
ルシアが顔を上げた。
「かあちゃん」
「でも、今度は大丈夫だよ」
五人を見る。
「もう勝手にいなくなったりしない。何かあっても一人で背負わないし、あんたたちにも背負わせない」
ノアが小さく息を吐いた。
「……ほんと?」
「ほんと」
「約束?」
「約束」




