王都一のホテル
エルザまで見つけた翌日、私たちは新しい本部へ連れていかれた。
「移転が完了しましたので、ご案内いたします」
「今度こそ普通の場所なんだろうね」
「普通っちゃ普通だぜ。表向きは」
ルシアの一言で不安になった。
馬車が入ったのは、王都でも一番金のかかる地区だった。宝石店、高級服飾店、立派な馬車。昔の私なら、財布の位置より先に護衛の人数を数えていた場所だ。
「……ここ、王都で一番高いところじゃないか」
「到着いたしました」
馬車を降りる。
目の前に六階建てのホテルがあった。
太い石柱は隠れるのに使えそうなのに、ちょうど死角を潰す位置へ使用人が立っている。玄関にも階段にも人がいるが、客を警戒させるほど多くはない。裏へ逃げる道まである。
悔しいくらいよくできていた。
問題は、その上だ。
『四十七夜』
「……隠す気ないね」
「王族も外国使節も泊まる、王都一のホテルだぜ」
ルシアもエルザも、そのまま正面玄関へ向かう。
私は一応、死んだことになっている。今の顔も二十五くらいにしか見えないから、昔の私を知っていても同一人物とは思わないだろう。
分かっている。
分かってはいるけれど、泥棒が正面玄関から入るのは落ち着かない。
ロビーへ入ると、支配人、料理長、メイド長、荷物係まで十数人が並んでいた。
「お帰りなさいませ、レーヤ様」
全員が頭を下げる。
私はエルザの袖を引いた。
「この人たち、どこまで知ってるの」
「一般従業員には、当館の重要関係者とだけ伝えております。事情を知る者は一部です」
「それで何でホテルなの」
「温かい食事、清潔な寝床、安全な建物を用意するためです」
エルザは当然のように答えた。
「お母様が孤児院でなさっていたことと、基本は変わりません」
頭上を見る。
巨大なシャンデリア。
孤児院なら何軒建つか、考えるのをやめた。
「そこはアタシの仕事」
ルシアが笑う。
「高い金取るなら、高い金払った気分にさせなきゃダメだろ」
「限度ってもんがあるだろ」
廊下を歩いていると、聞き覚えのある音がした。
「鍵が開かなくなってしまってね」
「拝見いたします」
荷物係が、客の旅行鞄へ細い道具を差し込んでいる。
すぐに錠が外れた。
「もう開いたのか。素晴らしい!」
客が去る。
私は後ろのリアムを見た。
「……誰が教えた」
「基礎は師匠だ」
「だろうね」
壊れた鞄を開ける。
そこまではいい。
客室へ行くと、メイド長が説明した。
「お客様のお食事中に清掃を行います。机上の小物、書類、開いていた本の頁まで、すべて元の位置へ戻します」
これも知っている。
侵入したことを気づかせないための技だ。
今は、客を気持ちよく帰らせるために使っている。
「……まあ、それならいい」
問題はその次だった。
クロークの裏を通った時、従業員が預かった革鞄を開けていた。
封蝋付きの手紙を取り出し、中身を書き写している。
「何してる」
従業員の手が止まった。
エルザは止まらなかった。
「宿泊客の危険性確認と情報収集です。王国関係者、外国使節、敵対組織の関係者も宿泊しますので」
「やめな」
「情報収集効率が大幅に低下します」
「客は客だろ」
エルザを見る。
「預かった荷物は開けない。手紙も読まない。中身も写さない」
リアムが少し考えた。
「では、客室の監視穴も?」
「……あるの」
「ある」
「塞ぎな」
「すべて?」
「全部」
昔の私は泥棒だった。
だからこそ分かる。
忍び込んで盗むのと、信用して預けられた物を勝手に漁るのは違う。
「守るって決めて預かった物を、こっちから裏切るんじゃないよ」
エルザはすぐに部下へ向き直った。
「宿泊者への無断監視を全面禁止します。預かり品の開封、私信の閲覧、客室内の監視も禁止。本日より全館共通規定として施行してください」
早い。
その辺は昔から助かる。
◆
「せっかくですので、お食事もご確認ください」
案内されたレストランで、料理長が小さな皿を置いた。
「当館の看板料理でございます」
野菜スープだった。
一口飲む。
「……あたしのじゃないか」
「創業以来、最も人気のある一皿です」
孤児院で余った野菜を全部鍋へ放り込んでいた頃の味だ。
違うのは、肉が入っていること。
香辛料もちゃんとしている。
「今じゃ立派な料理になったな」
「基本は変えておりません」
エルザが答えた。
後ろの席では、貴族らしい客がありがたそうに飲んでいる。
「誰が看板料理にしたの」
「創業時に、兄弟五人で決めました」
昔は肉なんて滅多に入らなかった。
それでも、四十七人には温かいものを食べさせたかった。
だから鍋だけは毎晩火にかけた。
その味が、今は王都一のホテルで出ている。
「……ほんと、馬鹿な子たちだね」
◆
「最後に、ご確認いただきたい部屋がございます」
食事のあと、最上階へ連れていかれた。
そこだけ人の出入りがない。
一番奥の扉には、このホテルには似合わない古い鍵がついていた。
「ここ、使ってないの」
「一室だけ、最初から空けております」
鍵の傷に見覚えがあった。
「……これ」
「はい」
扉が開く。
中にあったのは、豪華な客室じゃなかった。
古びた机。
継ぎ当てた椅子。
小さな棚。
狭いベッド。
知っている。
「これ……あたしの部屋?」
「はい」
エルザが答える。
「孤児院から、そのまま運びました。足りない物は兄弟たちの記憶を元に揃えております」
机の端には、包丁を落とした傷まで残っていた。
それを見てから、やっと周囲が目に入った。
最上階の奥。
廊下は一本。
階段には常に人がいる。
非常口にも気配。
窓は六階。
このホテルで一番入りにくい部屋だ。
「……よりによって、ここへ置いたの」
「はい」
「あたしのために?」
「はい」
「死んでたんだよ」
「存じております」
「帰ってくるなんて、誰も知らなかっただろ」
「それでも、お母様の部屋ですので」
ベッドへ座る。
ぎし、と鳴った。
「……まだ軋む」
「当時と同じ音になるよう調整しております」
「そこは直しな!」
「交換いたします」
思い出を残すのと、壊れてたところまでありがたがるのは違う。
でも、今夜くらいはこのままでいい。
「ホテルは残していいよ」
「承知いたしました」
「ただし、さっき言ったことは守る。泥棒の技を使うなら、壊れた鍵を開けるとか、忘れ物を探すとか、まっとうな仕事に使いな」
「全館へ通達いたします」




