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33.血塗られた旗の下で

 ガルドという最大の脅威は去ったものの、ガルダニアの地は今まさに、外敵による蹂躙の危機に瀕していた。


「アルス様……!」


 アルスのもとへと、リムは馬を駆って力強く駆け寄った。息を整える間もなく、馬首を寄せるやいなや、ただちにその眼差しを主へと向けた。


「王都の兵たちが……動揺しております!」


 視線の先では、ガルドを失った王都の二万の兵たちが、統率を失っていた。


 命令を下す者がおらず、完全に総崩れを起こしている。


 このままサナリアに横腹を喰破られれば、混乱した王都軍も、疲弊したアルスの軍も、まとめてサナリアに踏みつぶされるしかなかった。


 アルスは肩で荒い息を吐きながら、血に濡れた剣の柄を固く握り直した。


 視線を巡らせ、すぐ近くの死体の下から王都軍の軍旗を一本、力任せに引き抜いた。


「アルス様……!?」

 ブラントン侯爵が驚愕に目を剥く。


 アルスはヴェルトに飛び乗り、その血に濡れた軍旗を高く天へと掲げた。


「――ガルダニアの兵たちよ!俺の声を聞けッ!!」


 戦場を切り裂くようなアルスの叫びが、乱れた軍の渦中へと響き渡る。


 動揺し、逃げ惑おうとしていた王都軍の兵たちが、吸い寄せられるように振り返る。


「ガルドは討たれた!だが、これで終わりではない! 愚かな内乱に血を流している最中、サナリアが我が祖国の領土を喰らい尽くさんと、押し寄せてきている!」


 アルスは剣を西の空へと向けた。


「見ろ! 我らの血が流れるこの大地を、外敵が踏み荒らしている姿を!今、ここで我らが憎しみ合い、互いに刃を交え続ければどうなる! 王都は焼き払われ、一族は奴隷となり、ガルダニアという国そのものが消え去るぞ!」


 王都の騎士たちの顔から血の気が引いていく。


 ブラントン率いる東方騎士団も、オルグ率いるファウナスの戦士たちも、静まり返ってアルスを見上げている。


「かつて殺し合った者同士だ。すぐに手を取り合えとは言わない。だが――!」


 アルスは掲げた軍旗を地面の底まで思い切り突き立て、すべてを絞り出すような魂の咆哮を戦場へ叩きつけた。


「ここで犬死にするか!それとも、共に手を取り合ってこの国難を打ち払い、今日を生き延びるか!」


 その一喝が、戦場を覆っていた絶望の呪縛を破り捨てた。


 誰からともなく、王都軍の士官の一人が剣を掲げ、震える声を絞り出した。


「……そうだ……ガルダニアを、渡してたまるか……!」


「サナリアの奴らに、我が家族を奪わせてたまるかぁッ!」


 王都軍の騎士たちが、次々と剣や槍を掲げ直す。


 ガルドの恐怖に縛られていた者たちの瞳に、新たな意志が宿っていた。


「全軍――サナリアを蹴散らせ!!」


 アルスの号令とともに、これまで殺し合っていたはずのアルスの軍と王都軍が、一つの巨大な塊となってサナリア軍へ向けて反転した。


◇


 その頃、西の戦場――サナリア軍と対峙する前線では、泥と血にまみれた乱戦が続いていた。


「……ちっ、数が多すぎるな!」


 イェルナは返り血を全身に浴びながら、サナリアの騎士を曲刀で強引に両断した。


 しかし、三万の精強なサナリア軍の圧倒的な物量と怒涛の押しを前に、どれほど精強な山岳民族の戦士たちであっても、徐々に押し潰され、半ば崩れかけようとしていた。


「族長! 持ちこたえられねぇ!いくら殺っても敵がわいてきやがる!」


 側近の獣人が血を流しながら叫ぶ。イェルナは纏わりつく血と汗を乱暴に拭い、険しい表情でわずかに舌打ちを漏らした。


 いかに個々の戦闘力が高くとも、このままでは一万数千の山岳部族がサナリアの大軍にすり潰されてしまう。


 その瞳に初めて焦りの色がにじみかけた、まさにその瞬間――。


 サナリア軍の側面を抉り取るように、大地を激しく揺るがす凄まじい衝撃が叩きつけられた。


「な……なにっ!?」


 不意を突かれたサナリア軍から、悲鳴と絶叫が上がる。


 煙塵を巻き上げて乱入してきたのは、ブラントン侯爵が率いる東方騎士団の槍の群れと、オルグ率いるファウナスたちが振るう荒々しい鉄棍だった。さらにその背後からは、再集結を果たした王都軍の全軍が怒涛の勢いで突っ込んでくる。


「イェルナ! 遅くなった!」


 アルスがヴェルトを走らせ、イェルナの隣へと並び立つ。


「ハッ! 遅いんだよ!だが……いいころあいだ!」


 イェルナは爛々とした目を輝かせ、豪快に笑い飛ばした。


 ガルダニア軍の全軍が一つとなり、サナリア軍の側面と正面を同時に穿つ。


「ガルダニアを舐めるなッ!」


「追い払えぇぇッ!」


 国難を前に結束したガルダニア兵の凄まじい気迫と勢いは、サナリア軍を完全に上回っていた。


 包囲して容易に潰せるはずだった戦場は、一瞬にしてサナリア軍が押しつぶされる戦場へと変貌したのだ。


◇


「……ええい! なぜだ!ガルドはどうした!?」


 陣の最後方から戦況を見つめていたサナリア国王ドルガーは、あまりの苦戦に歯噛みし、顔を歪めていた。


「報せによりますと、ガルドは……あのアルスという小僧に討ち取られたとのこと!王都軍はアルスによって全軍が結束し、我が軍へと向かってきております!」


「何だと……!? あのガルドが破れただと!?」


 ドルガーの顔に激しい動揺が走る。


 サナリア軍の狙いは、あくまでガルドとアルスが戦い、疲弊した戦場を横取りすることだった。


 ガルダニア全軍が一致団結し、襲いかかってくる総力戦など、最初から計算に入っていなかった。


 それまで圧倒的な物量でイェルナたちの防衛線を押し込んでいたサナリア軍だったが、突如として反転攻勢に出たガルダニア全軍の猛攻を側面から受け、形勢は一気に逆転した。


 国難を前に一つに束ねられた怒涛の突撃の前に、サナリア軍の陣形はたまらず断ち割られ、凄まじい勢いで押し戻されていく。


「陛下! 左翼の陣形が崩れました!このままでは我が軍が包囲されます!」


 側近の切迫した報告を聞き、ドルガーは引きつった顔で叫んだ。


「……チッ。バロールのジジイめ、計算が狂ったな。これ以上の損害は許されない……全軍、撤退だ!」


「はっ! 撤退の合図を!」


「全軍、陣形を保ちつつ西方へ後退せよ!ガルダニアの奴らに、とことん付き合う必要はない!」


 ドルガーの決断は早かった。


 勝機がないと見るや、サナリア軍はそれ以上の消耗を避けるため、急速に旗を翻して西方へと後退を始めた。


 崩れかけた前線を捨て、殿の部隊を置き去りにしながらの苦渋の敗走だった。


「サナリアが引いていきます!」

 リムが叫ぶ。


 深追いしようとするファウナスの戦士たちを、アルスは制した。


「追うな! 我らの目的は奴らの殲滅ではない、この地を守り抜くことだ!」


 遠ざかるサナリア軍の背中を見送りながら、兵士たちは次々と武器を掲げた。


「勝った……!」


「サナリアを追い払ったぞ……!」


 最初は小さな呟きだったその声は、瞬く間にルブル川の西岸全体を揺らす天地を突く歓声へと変わっていった。


「ウオオオオオオオオオオッ!!」


「ガルダニア万歳! アルス様万歳ッ!!」

東方騎士団も、ファウナスも、そして王都の兵たちも、互いに肩を抱き合い、血と汗にまみれた顔で勝利を分かち合っていた。


 こうして、ガルダニアを滅亡の危機へと追いやったルブル川での戦いは、凄惨な血の匂いと共に幕を閉じた。


 アルスは空を見上げ、深く息を吐き出した。


 ルブル川から立ち上る朝霧が晴れ、雲の隙間から差し込む光が、守られたガルダニアの大地を静かに照らし出していた。

ついに、決着です!

後に歴史家が語るなら、『ルブル川の戦い』もしくは、『アルスの乱』、『王太子の乱』当たりでしようか?

さてさて、何はともあれようやく戦争パート終了です。


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