09.隠れて逃げますわ
絶対に見つかっちゃ駄目。
心臓がドキドキする。あまりにドキドキする音がうるさいけど、これ巨大魚に聞こえない? 本当に大丈夫かしら?
水の流れに逆らわないように、押された時に距離を取り、引く時には岩にしがみついて動かずに、少しづつ少しづつ、チビイカの産卵場から距離を取っていく。
巨大魚の一匹が、何か違和感でも感じ取ったのか、こちらに近づいてくる。
ここは絶対に動いちゃ駄目。岩場にしっかり足をつけて、一切動かないように体を固定する。だけど一瞬で逃げられるように、巨大魚の観察は止めない。
どんどん近づいてくる。すぐにでも逃げ出したい。
すぐ目の前まで来た。巨大魚のうろこの一枚一枚までがはっきりと見える。息をするのも苦しい。
そして目の前を横切っていく。まだダメ。息を殺したまま、気を抜いちゃいけない。
この巨大魚、実際には小魚だけあって、非常に身軽で敏捷だ。通り過ぎたと見せかけて、パッと身をひるがえして襲ってくる、そんなことだって無いとは限らない。
巨大魚がかなり離れて行ったところで、もう一度、水の流れに合わせて移動を開始する。
とりあえずの危機は去った。でもまだ危険領域から出たわけじゃない。今度は巨大魚が二匹、こちらに近づいてくるのが見える。ああもう、胃が痛くなりそう。
再び動きを止めて、巨大魚をやり過ごしにかかる。
ジリジリとゆっくり時が流れる。
動いちゃダメ、波に合わせてゆっくりと息をして。そう岩になりきるのですわ……。
しばらくすると二匹とも、どこかに去って行こうとしたけれど、なぜかそのうち一匹が凄い勢いで途中から引き返してくる。
まさか? もしかして見つかった?
いや、違う。巨大魚は超巨大魚に狙われて、追われているのだ。マジョリーカのすぐ目の前で、巨大魚と超巨大魚の戦いが始まった。
一度、二度。巨大魚が超巨大魚の攻撃を避けた。ここはどうやら巨大魚が逃げ切った模様。
しかし何と迷惑な。文句を言う筋合いではないけれど、ちょっとは場所を選んで欲しいものだ。
巨大魚がいなくなったところで、再び移動を開始する。
先ほどの超巨大魚の戦いのお陰で、近くにはもう敵は見当たらない。ここは大胆に距離を稼ぐべきだろう。
そう考えて、荒れた岩場の上をすべるように通り抜けようとする。
しかし、その時!
バキッ!
だれかに腕を噛まれた? いや、掴まれた? 一体何が起きたの?
まったく抵抗する暇もなく、小さく暗い穴の中に力づくで引きずり込まれる。
それはマジョリーカがイカに生まれ変わってから、初めて感じた本物の命の危機だった。




