03.喧嘩上等ですわ
「イカ……まさかのイカ、ですわね」
鏡がないので自分の姿は見られないけれど、触った感じでは間違いなくイカ。どうしようもなくイカ。
タコの可能性も微妙にあるけれど、手と足を合わせると十本あるので厳しいかしら?
それにしても、まさか本当にイカとは……。
「まあ……イカでも良いですわっ! 美味しいですし!」
マジョリーカはタコや他の魚介類も大好きだったけれど、イカの方がはるかに好きなのだ。
難しく考えるのはやめよう。アレはダメ、これはダメ、そうやって色々と考え込んだ結果、前世はせっかくの人生を棒に振ることになったのだ。
イカとはいえ、せっかく生き返ることができたのだ。だから今度は自由に、自分の好きなように生きることにしよう! うん、それがいいですわねっ!
それに前世の極悪魔女顔と比べたら、イカの方が眼がクリっとしてて可愛らしいまである。
「はっ、いけない!」
気づいたらいつの間にか、間違って自分の手を齧ってしまうところだった。いくらイカが大好きでもそれはやめておいたほうが良さそうだ。
周囲の様子を見てみると、まるでレースのカーテンのような薄くて透明っぽいものに周りが覆われているのが分かった。
「これ、何かしら?」
触ってみるとレースのようにサラサラしているのではなく、どちらかというと羽毛のようにふわふわしていて柔らかい。
「なかなか高級感あふれる素材ですこと」
ぶちっ! ボロボロッ!
うわわっ、軽く撫でてただけなのに、破れて穴が開いてしまいましたわっ! なんて脆いのかしら。いくら手触りが良くても、こんなに弱いのはさすがにいただけない。
ぼろぼろになったカーテンの隙間から外に出てみると、周囲には同じようなカーテンで覆われた袋が大量に並んでいた。
「これは……もしかすると、同じイカの赤ちゃんかしら?」
一つの袋に一匹づつ、今にも生まれて来そうな赤ちゃんイカ。それが無数に集まっている。みんなマジョリーカと同じくらいの大きさだ。つまりここはイカのベビールームだったわけだ。
「もしかして新鮮で美味しそうなイカ食べ放題……」
ぽんっ! ぽんぽんっ!
眺めていると、袋の中からどんどんチビイカたちが飛び出してくる。そんなチビイカたちの姿は、まるで透きとおったドレスをまとっているようで、なかなかにエレガントだ。
そうだ、いきなり食べるなんてお行儀が悪い。まずはあいさつからだと気を取りなおす。
「はじめまして、ごきげんイカがかしら?」
マジョリーカはそんなチビイカたちの一匹に近づいて挨拶してみる。
がぶっ!
「い、痛いっ!」
突然噛みつかれた。なんて野蛮なんだろう、それとも恐怖のあまりパニックにでもなったのか。血は出なかったものの、頭の先についている耳にくっきり歯型がついている。
「貴女! なんてことをなさるの」
がぶっ! がぶっ!
「痛いっ、痛いっ!」
今度は後ろから、別のチビイカに噛みつかれてしまった。
「何をなさいますのっ! 無礼は許しませんわよ!」
こんなに攻撃されるだなんて、まさかイカになってまで悪役顔で敵に見えるとでもいうんだろうか。それとも単なるイカ好き?
ビンタをかましてやろうと思いっきり腕を伸ばす。すると腕は勝手にチビイカに巻き付いて引っ張り込み、さらには勝手に口の前に……。
がぶっ! がぶっ! がぶっ!
判断するより先に、口が勝手に思いっきり噛みつきまくっていた。
「な、な、な、どうなってますのぉ~っ!」
どうやら野生の勘に従って、本人の思いとは関係なく、手足と口が勝手に戦ってしまうらしい。これがイカの体。チビイカたちが突然噛みついてきたのもこれが原因かもしれない。悪役顔よりはるかに怖い。
でもなんだか便利な気もしますわね……。
自動で戦闘してしまうなら、悩んだり考え込んだりする必要なんてどこにもない。そんなことしていたら、すぐにかみ殺されてしまうでしょうし。何といっても相手はイカれたイカなのだ。こっちもイカれたイカになって戦うしかないじゃなイカ。
元のマジョリーカは争いごとが嫌いだったはず。それなのにこの感情は恐らくイカの体のせい。体に心が引っ張られているのだ。
争いが止められなかった結果、令嬢同士の喧嘩とは思えない。完全にガチンコの噛みつきあいに突入していく。
がぶっ! がぶっ! がぶっ!
後ろから来たチビイカも、そして後から来たチビイカたちも、捕まえては噛みつき、捕まえては噛みついていく。
ああ、そうだった。マジョリーカはもう二度と遠慮なんてしない。自由に生きると決めたんだった。
だけど相手だって負けてはいない。ガンガン反撃して噛みついてくる。
噛まれたら痛いなんてものじゃない。耳は千切れて無くなってしまうし、胴体だってそこら中が噛まれてボロボロだ。その上、ついに片腕を噛み千切られてしまった。
「それでも負けませんわよ、えいえいっ!」
がぶっ! がぶっ!
いきなり本気も本気、生き残りをかけた大喧嘩が始まった。




