02.目覚めましたわ
「……あれ? ここは?」
どれぐらい眠っていたのだろう? マジョリーカはぼんやりと目を覚ました。周囲はほぼ真っ暗で冷たく、何の音も聞こえない。
ここは侯爵屋敷? いや、どうやらそうじゃなさそうだ。ここは自分の部屋ではないし、屋敷の中でもない。
それじゃあ一体ここはどこ? 私は確か……いかめしを食べていて、酔っぱらって……。
いや、その前に、婚約を破棄されたんだ……
ぼんやりしていた頭が一斉に覚醒し始める。
「ああ、完全に思い出しましたわ!」
無理やり船に乗せられて、手足を縛られ、重りをつけられて、暗黒の海に投げ捨てられたのだ。そして溺れて死んだはず。
はっきりしないけれど、暗い海の底で、なんだか訛っている誰かと出会ったような気がしないでもない。
実はその直後、その誰かのせいで、マジョリーカは完全にイカに生まれ変わっていたのだけれど、彼女はまだその事に全く気付いていない。
もしかして、幽霊にでもなったのかしら?
ということは、一度死んで幽霊にでもなったか。それはそれでアリじゃない? あの馬鹿王子や侯爵のところに化けて出たり、呪ったりするのにとっても便利そうだ。ええ、かなりアリですわね。
でも幽霊だと、花壇のお花にお水を上げられませんわ。誰かが代わりにやってくれていればよろしいのですけれど。
幽霊なのかどうか確かめるために、頭を触ってみる。三角の布はついてない模様。おそらくだけど幽霊じゃない。
それにちゃんと自分の体があるのが分かった。幽霊だったら手が突き抜けちゃって触れないだろうから。しっかり自分の体に触れたってことは、幽霊じゃないってこと。多分それで間違いない。
もしかしてギリギリ生きていた? これはびっくりですわね。
マジョリーカはその幸運に感謝した。でも少しだけ気になることがある。
さっきからチラチラ見えている自分の手、なぜだか触手に見えるんだけれど……。これって気のせいかしら? きっとそうですわよね?
それに先ほど自分の頭を触った時、なぜか背中を触ってるような感じがした。そう、頭の位置に背中があるのだ。まるで出来の悪い福笑いのように、体のパーツがそこら中で入れ替わっているような感覚がある。
自分ではまだ全く気付いていないけど、なにしろマジョリーカはイカに転生してしまっている。いろんなパーツの位置関係は、本当に入れ替わってしまっているのだ。混乱するのも無理はない。
貴族たるもの、どんな時でも慌てず恐れず。実母の口癖が頭の中にこだまする。
「はぁ。お母様の教えが、初めて役に立った気がしますわ」
本当は頭の中が完全にパニックになっていたけれど、それを無理やりねじ伏せた。
両手を動かして、もう一度体中をひと通り触ってみる。
まずは顔。目が二つあって、その間に額があって、額の上には何かある。確かにある。ここにあるのは頭のはず。でも、なんだか背中を触っているような感覚。すっごく変。
そして頭か背中か分からないモノのその上は、どこまでも頭。めちゃくちゃ頭が長い、長すぎる。そして感覚的には頭じゃなくてずっと背中。頭なのに背中。後頭部なんか、背中側なのにお腹。自分でも何のことかさっぱり分からない。
それだけじゃない。頭の先っぽの方に耳がある。耳があるのは目の横じゃなくて、頭の先っぽ。それもかなり長い頭の先。もちろん感覚的には背中の先。
極めつけにもう一つ、とんでもなくイヤなことに気づいてしまった。足が……二本じゃない。二本どころか、いっぱい生えている。正確には八本。しかも頭から生えてるし。
わざわざ数えてみたことはなかったけど、ついこの前まではそんなに足は生えてなかった気がする。たぶん気のせいじゃないと思いたいけど、だんだん自信がなくなってきた。もしかしたらだけど、元から六本ぐらい生えてたかもしれない。
「こうなった以上、目をそらすわけにはいきませんわね」
マジョリーカの心が、今の状態を言葉にすることを拒否している。だけど侯爵令嬢たるもの、いつまでも逃げ回っている訳にはいかない。
混乱していた感触を整理しなおし、頭の中で自分の形を想像してみる。
手が二本に足が八本、それが頭から直接生えている。頭の上には胴体、その先には耳。
まるでナゾナゾだけど、答えは決まってる。
「この形、完全にイカですわぁ~っ!」
元からイカは美味しいし大好きだったけれど、それは自分がイカになりたいって意味じゃない。
ああ、それなのに。悪魔の呪いなのか、それとも神の導きか。
侯爵令嬢マジョリーカはイカに生まれ変わってしまっていた。
異界でクスクス笑う声が広がる。もちろんその声はマジョリーカには届いていない。でもその笑い声はなぜか少し訛っていた。




