01.婚約破棄で追放ですわ
「ゲソー侯爵令嬢マジョリーカ! 我、第三王子の名のもとに、貴様との婚約はこの場で破棄する!」
ここは小さな島国、イカルガニア王国。その王城の一角。
王家主催のパーティの会場で、第三王子マヌケンの言葉が高らかに響き渡る。
それはあまりに突然のこと。名前を呼ばれたマジョリーカは心の底からびっくりして、王国名物の『いかめし』を口いっぱいに頬張ったまま、思わず声の主、マヌケン王子を見つめ返してしまった。
「うぉっ! こ、こ、こちらを見るな!」
先ほどまで自信満々だったマヌケン王子の顔が、一瞬にして恐怖に歪む。
マジョリーカはいつもにも増して恐ろしく、厳めしい顔つき。
まるで蝋人形のように、血の通っているようには見えない青みがかった白い顔。つり上がった両眼には底の見通せない漆黒の瞳、まるで血の滴るような赤い唇。そして燃え上がるような赤い髪。
幼い子が見たら泣き出すか、たとえ我慢できても夜中に一人でオシッコにいけなくなる、ほとんどトラウマレベルの凶悪ぶり。
極悪魔女マジョリーカ。
その極端なほどの悪役顔に、いつしか彼女はそう呼ばれるようになっていた。
「侯爵令嬢、いや、あえてこう呼ばせてもらう。極悪魔女マジョリーカ、貴様はここにいる妹であるミランダ嬢に、邪悪な魔法を使って嫌がらせを行い、あまつさえその命さえ奪おうとしたな? その凶悪な魔女顔が何よりの証拠だ!」
もぐもぐ!
顔が証拠って、さすがにそれはあんまりだわ。この馬鹿王子、義妹に完全にたぶらかされてますわね。
「その罪は絶対に許すことはできない。よって貴族籍を剥奪、この国より追放するものとする」
もぐ! もぐもぐっ!
このイカ、ちょっと硬すぎて噛み切れませんわ。反論したくても、その前にまず口の中の『いかめし』を処理しなくては!
マヌケン王子の後ろで歪んだ笑みを浮かべる義理の妹。父親であるゲソー侯爵も、その後妻である義母も、喜びが隠しきれない様子だ。周囲の他の高位貴族たちの落ち着きを見るに、裏で結託していることが良く見て取れる。
「マジョリーカ、どうした? やっぱり何も反論できんのだろう?」
もぐもぐっ! だからそれは『いかめし』が喉に詰まって!
マジョリーカは目を白黒させながら、近くにいたウエイターを合図で呼び寄せ、お盆の上のドリンクを一つ手に取った。
ごくっごくっごくっ。
一気に飲み干して、『いかめし』を無理やり流し込む。
「ぷはっ!」
これでやっと話ができます……わ……?
手に取った物が悪かった。それはまさかイカ徳利。中身は非常に強いお酒だ。
マジョリーカの頭の中がくるくる回る。
マジョリーカは一瞬で酔っぱらってしまい、なぜか楽しくなって、その強烈な悪役顔でニマ~~っと笑った。
「こ、こ、この魔女め! 衛兵! この女を連れて行け!」
転んで腰でも打ったのか、マヌケン王子は床に転がって立ち上がることも出来ず、怒りのあまり顔を真っ赤にして叫ぶ。
マジョリーカは一言も口をきかないまま、パーティ会場から連れ出された。
もしも喋ることが許されていたなら、恐らく彼女はこう言っただろう。
「ああ、『いかめし』……。もう少しちゃんと味わって食べたかった」と。
彼女は牢屋に入れられることはなく、その日のうちに馬車に詰め込まれて港まで運ばれ、北の海の底へと沈められた。
そこは悪魔が宿ると言われる真っ黒な海域。
令嬢は自由を手に入れた、しかしもう二度と生きて浮かんでくることはない。
女神か、それとも邪神の奇跡でも起きない限りは……。
真っ暗だった海が淡く光る。
沈みゆく中で、マジョリーカは確かに、女性の優しい歌声を聞いた。
あれ、この歌声……、なんだか訛ってません?




