⭐歴史的ミステリーとトップエースの消失:【U-47】とギュンター・プリーン艦長
第二次世界大戦のUボート戦史において、「最も有名で行方不明になったエース」といえば、間違いなくこの艦です。
【 エース艦長:ギュンター・プリーン(Günther Prien)】と U-47
【しおの】
第二次世界大戦のUボート戦史において、「最も有名で行方不明になったエース」といえば、間違いなくこの艦です。
【 エース艦長:ギュンター・プリーン(Günther Prien)】
「スカパ・フローの牡牛」の異名を持つ、ドイツ海軍最高の英雄の一人。1939年、難攻不落とされたイギリス海軍の本拠地スカパ・フロー泊地に単艦で潜入し、戦艦『ロイヤル・オーク』を撃沈するという離れ業をやってのけました。Uボート乗組員で最初に柏葉付騎士鉄十字章を受章したトップエースです。
行方不明の状況(1941年3月)
1941年3月7日、北大西洋でイギリスの輸送船団を追跡中だったU-47は、無電による報告を最後に突如として広大な海から文字通り「蒸発」しました。生存者ゼロ、遺留品も一切発見されていません。
【曰く付きのエピソード】
いまだに謎の撃沈原因:長年、イギリス駆逐艦『ウォルヴァリン』の爆雷攻撃で沈んだとされていましたが、戦後の照合でウォルヴァリンが攻撃したのは別のUボート(UA)だったことが判明しました。機雷に接触した、自らが発射した魚雷が円を描いて戻ってきて自爆した(自航魚雷の暴走)など諸説ありますが、現在に至るまで「なぜU-47が沈んだのか」は完全な謎のままです。
英雄の死の隠蔽:国民的英雄だったプリーンの消失は、ドイツ国民や海軍の士気を致命的に下げる恐れがありました。そのため、ナチス宣伝省は彼の未帰還を「2ヶ月以上も隠蔽」しました。
海軍内部でも「プリーンは極秘任務で特別な海域に行っている」という噂が流れ、彼が死んだ後も「幽霊船」のようにその影が連合軍とドイツ軍双方を覆い続けていました。




