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鋼鉄の棺、異空の咆哮ーU-47:消失の真実ー  作者: 光闇居士-Twilight Master


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第12章:逆転の群狼、深淵に響く鍵(キー)

挿絵(By みてみん)

最後の文字列、『H・I・K・A・R・I』を打ち込んだ瞬間。



【しおの】

1941年3月7日、夜。北大西洋、アイスランド南方海域。

荒れ狂う波が容赦なく司令塔ツルムを打ち据え、氷点下の飛沫が分厚い防寒コートを貫いて男たちの体温を奪っていく。

暗闇の中、双眼鏡を目に押し当てるギュンター・プリーン艦長の視界には、イギリスの護送船団『OB-293』の鈍い影が映っていた。


これまでであれば、浮上したまま夜の闇に紛れて接近し、必殺の魚雷を放って離脱する「夜間水上攻撃」が完璧に決まるシチュエーションだった。第7潜水隊群のU-70、U-99といった僚艦たちも、同じように船団を取り囲むべく「群狼ルデル」の陣形を敷きつつあるはずだった。

しかし、プリーンの研ぎ澄まされた戦士の直感は、首の裏を撫でるような悪寒を検知していた。


「……何か、おかしい」


プリーンが呟いた瞬間。


黒い水平線の彼方から、突如として強烈な閃光が夜空を切り裂いた。

星弾スターシェルだ。それも一発や二発ではない。空を真昼のように照らし出す無数の照明弾が、完璧な計算のもとにU-47の周囲を囲むように打ち上げられた。

闇に紛れていた灰色の狼は、文字通り白日の下に引きずり出されたのだ。


「敵駆逐艦、急速接近! 両舷全速で向かってきます!」


見張りの絶叫。プリーンが双眼鏡を振ると、船団の陰から猛烈な白波を立てて突進してくるイギリス駆逐艦『ウォルヴァリン』と『ヴェリティ』の姿があった。

彼らは迷いなく、一直線にU-47へ向かってきている。まるで暗闇の中でもU-47の位置が最初から見えていたかのように。


「なぜだ……見つかるはずがない距離だぞ!」


当直将校が呻く。無理もない。当時のUボート乗組員は、イギリス海軍が波長1.5メートルの対水上レーダー(Type 286)を実用化し、すでに艦艇に搭載し始めているという事実をまだ知らなかったのだ。


「アラーム(急速潜航)! 全員ハッチを閉めろ! 深度一〇〇まで一気に潜れ!」


プリーンの怒号と共に、号音アラーム・クリングルが艦内に鳴り響く。

男たちは転がるようにハッチから艦内へ雪崩れ込み、重いハッチが密閉された。艦首のベント弁が開かれ、バラストタンクに海水が激しく流れ込む。

前部魚雷発射管室では、ハンスたち乗組員が少しでも艦首を重くして潜水角度を急にするため、狭い通路を前へ前へと全力で走り抜けた。


「深度四〇……六〇……八〇……一〇〇。艦の水平を保て!」


エンゲル副長の緊迫した声が発令所ツェントラーレに響く。

海面下の絶対的な暗闇。そこは今まで、彼らUボートにとって何よりも安全な「隠れ家」だった。しかし、今のイギリス海軍は違った。


■ 死の律動(アズディックの恐怖)


機関が電動モーター(E・マシーネ)に切り替えられ、「静粛潜航シュライヒファールト」が命じられた。乗組員は靴を脱ぎ、フェルトの底の靴下になり、レンチ一つ落とすことすら禁じられる。艦内は、男たちの荒い息遣いと、船体を軋ませる水圧の音だけになった。


その時だった。


――ピィィィン……


まるで氷の針で脳髄を直接突き刺すような、高く、そして冷酷な音が、分厚い耐圧殻を透過して艦内に響き渡った。


「……アズディック(アクティブ・ソナー)……!」


ミュラー兵曹長の顔から血の気が引く。


イギリス軍の音響探信儀。音波を放ち、潜水艦の鋼鉄の船体に当たって跳ね返る反響音で位置を特定する悪魔の兵器。

ピィィィン……

数秒の間隔をあけ、再び探信音が響く。今度は先ほどよりも大きく、はっきりとしている。敵が確実にこちらを捕捉し、真上に向かってきている証拠だった。


「音源、真上。敵駆逐艦、本艦の真上を通過します」


聴音手ホルヒャーが、ヘッドホンを両手で押さえつけながら震える声で報告した。駆逐艦のスクリュー音が、まるで天井をこすりつけるように不気味な重低音を響かせて通り過ぎていく。


直後、遠くの海中から、言葉に絶するような「暴力的な破壊音」が水伝いに響いてきた。


ゴォォォォン……ッ!! メキメキメキッ……!


「U-70だ……!」


聴音手が青ざめた顔で振り返った。


「僚艦のU-70が……爆雷を浴びて、圧壊しました。スクリュー音が消えました……」


発令所の空気が凍りついた。

今まで自分たちが狩るハンターだった。群狼として連携し、船団をいたぶる側だった。しかし今、海の上の様相は完全に逆転していた。イギリス海軍は連携し、駆逐艦同士がネットワークを組んでUボートを追い詰め、一隻ずつ確実にすり潰していく「逆群狼パック」とも言えるハンター・キラー・グループを形成していたのだ。

獲物は、自分たちだった。


「カレウン、敵艦が反転。再びこちらへ向かってきます」


「深度一二〇へ。面舵一杯」


プリーンは微動だにせず、静かに命じた。その顔には恐怖の欠片も浮かんでいない。彼が冷静でいることだけが、乗組員たちを狂気から繋ぎ止める唯一の命綱だった。


しかし、ウォルヴァリンの艦長もまた、冷徹な歴戦の海の男だった。彼らはソナーの反射音からU-47の深度と回避運動を完璧に読み切り、寸分の狂いもなく爆雷デプス・チャージの投下パターンを形成していた。


チャポッ……

聴音手の耳に、海面にドラム缶のような爆弾が次々と着水する微かな音が届く。


「……爆雷、来ます!!」


■ 深淵の鉄塊、砕かれる耐圧殻


ズガァァァァァァァンッ!!!!


海中が白熱し、800トンの鋼鉄の塊が、まるでおもちゃの小舟のように激しく揺さぶられた。

天地がひっくり返るような衝撃。艦内の照明が弾け飛び、一瞬にして完全な暗闇が訪れる。続いて、非常用の赤色灯が血のような光を放って点滅を始めた。


「被害報告!!」


プリーンの声が爆音の余韻を切り裂く。


「前部魚雷室、浸水! バルブ破損!」

「深度計、破損! ガラスが割れました!」

「圧縮空気配管からエア漏れ!」


あちこちで圧力計のガラスが砕け散り、バルブの隙間から細く鋭い水柱が艦内に吹き込んでくる。水圧によって押し出された海水は、刃物のように乗組員の皮膚を切り裂く威力を生む。

ハンスたち前部の乗組員は、暗闇の中で必死にスパナを振るい、吹き出す海水にボロ布を押し当てて浸水を止めようと格闘していた。冷たい海水が足首を越え、膝まで達しようとしている。


――ピィィィン……


絶望的なことに、爆発の余韻が冷めやらぬ中、再びアズディックの探信音が響いた。敵は全く手綱を緩めない。生きの根を止めるまで、正確に頭上から爆弾を落とし続ける気だ。


「深度一五〇。さらに潜れ」


「カレウン! これ以上の深度は、耐圧殻が持ちません! すでにリベットが飛んでいます!」


機関長が血相を変えて叫ぶ。Uボートの安全潜航深度は100メートル。150メートルは、いつ船体が水圧で卵のように潰れてもおかしくない限界点だった。


しかし、上には死神が張り付いている。下に逃げるしか道はなかった。


ミシッ……ギギギギギ……ッ!!


深度が下がるにつれ、分厚い鋼鉄の船体が水圧に押し潰されまいと、悲鳴のような金属音を上げ始めた。船体中のリベットが圧力で弾け飛び、銃弾のように艦内を跳弾してパイプに突き刺さる。


ズドォォォォンッ!!!


第二波の爆雷群が、U-47の至近距離で炸裂した。

今度の衝撃は、先ほどの比ではなかった。左舷後方、ディーゼル機関室の外殻が爆発の衝撃波をモロに受けたのだ。


「左舷電動モーター、停止! 推進器スクリューのシャフトが曲がりました!」

「後部バッテリー室から塩素ガス発生!!」


致命傷だった。

潜水艦にとって、海中で動力を失うことは絶対の「死」を意味する。さらに、海水がバッテリーに触れたことで発生した猛毒の塩素ガスが、密閉された艦内にジワジワと広がり始めていた。


沈下を続けるU-47。深度計はすでに振り切れているが、体感で深度180メートルを超えていることは誰の目にも明らかだった。

乗組員たちは、血と油と海水にまみれながら、もはや絶望的な修理作業を止め、床にへたり込んでいた。

ハンスはマリアが編んでくれた靴下を握りしめながら、静かに涙を流している。ミュラー兵曹長は、動かなくなった魚雷発射管に背中を預け、虚空を見つめていた。


「……ここまでか」


プリーン艦長は、傾いた海図台に両手をつき、ポツリと呟いた。

彼の手のひらに、今まで一度も感じたことのない「震え」があった。それは死への恐怖ではない。自分を信じてついてきてくれた、この素晴らしい部下たちを、冷暗な海の底で窒息死させてしまうという、指揮官としての重すぎる絶望だった。


「カレウン」


赤色灯の薄暗い光の中、エンゲル副長が歩み寄ってきた。彼の顔の半分は、吹き飛んだ計器の破片で血まみれになっていた。

エンゲルは、自身の軍服の胸ポケットから、防水布に包まれた小さな紙切れを取り出し、プリーンの前に差し出した。


「エンゲル……それは」


「一年半前、あの『魔女』が残したお守りです」


エンゲルは、血を吐きながら力なく笑った。


「私はずっと、あいつを疑っていました。だが……あいつはこう言ったそうです。

『一番暗くて、どうしようもない絶望が覆った時、このメモを開いて、エニグマの鍵を叩いて』と」


プリーンは、その紙切れを見つめた。

そこには、2245年の未来のアルゴリズムに基づいた、意味不明な英数字の羅列が記されていた。


(『……それが、私をもう一度呼ぶ合図ビーコンになります』)


あの熱狂のベルリンで、涙ながらに見送ってくれた少女の言葉が、プリーンの脳裏に鮮明に蘇る。

プロの軍人として、騎士道精神に従う男として、運命から逃げることは恥だと信じていた。だが今、目の前で息も絶え絶えになっている部下たちを見た時、その強固なプライドは吹き飛んだ。

どんな手段を使ってでも、こいつらを生かして帰したい。


「……エンゲル。通信室のハッチを開けろ」


プリーンは、傾いた床を這うようにして、発令所の隅にある極小の通信室フンカー・ラウムへと向かった。

通信機は爆発の衝撃で完全に破壊されていたが、頑丈な白木造りの木箱に収められた『エニグマ暗号機』だけは、奇跡的に無傷のまま机の上に固定されていた。


艦の傾斜がさらに急になり、艦首から深い海底へと引きずり込まれていく。

鋼鉄が砕ける破断音が、もはや艦の全域から絶え間なく響いていた。圧壊インプロージョンまで、あと数十秒。水圧が臨界点を超えれば、U-47は一瞬にして握りつぶされた空き缶のようにクシャクシャになり、全員が即死する。


プリーンは、血と油にまみれた手でエニグマのカバーを開けた。

三枚の真鍮製ローターが、赤色灯の光を反射して鈍く光る。


「ひかり」


プリーンは、乾いた唇でその名を呼んだ。

それは、彼が初めて発した、彼女への祈りだった。

彼は、エンゲルから受け取ったメモの通りに、プラグボードを繋ぎ変え、ローターの位置をセットした。


メキッ……バァァァンッ!!!

前部の隔壁が一つ水圧に負け、凄まじい轟音と共に破裂した。大量の海水が雪崩のように発令所へ押し寄せてくる。


「ウオォォォォォッ!!」


プリーンは、押し寄せる水の恐怖に抗うように咆哮を上げ、両手でエニグマのキーボードを激しく叩き始めた。


カチャッ、ターンッ、カチャッ、ターンッ!


歴史の記録には一切残らない、最後の打電。

無線機は壊れている。電波はどこにも飛ばない。しかし、キーが叩かれるたびに発生する微小な電磁波のスパイクが、ひかりが一年半前に仕込んだナノカーボン回路を通じて、物理的な空間そのものを「時空の道標ビーコン」として変質させていく。


最後の文字列、『H・I・K・A・R・I』を打ち込んだ瞬間。


U-47の耐圧殻が、ついに水圧の限界を超え、完全な崩壊を開始した。

天井の鋼鉄が内側に向かってひしゃげ、凄まじい勢いの水柱がプリーンの体を壁に叩きつける。

すべてが終わる。灰色の狼は、冷たい深淵の底で完全にすり潰され――


その刹那。


絶対的な暗闇と海水の暴力に支配されていた通信室の中に。

いや、U-47という空間そのものを包み込むように。


信じられないほど眩い、青白い「量子光クォンタム・ライト」が爆発的に膨れ上がった。

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