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C15.白熱! 飢餓のグルメレース! 完結編 2/3

 ああ、ドキドキと胸が高鳴ります。

 熱湯風呂のせいで心臓がドクドクうなるヤベェやつなのも原因な気がしますけれども。

 これしき、地獄の番犬ケルベロスに焼かれた時の炎に比べぶれば鶏卵とうずらの卵でございます。


「あー、美味しかった……。あ! それじゃあ後攻! カラット! 料理をおねがい!」


「さぁ、わたくしに用意できる最高のご馳走をどうぞご覧あれ!」


 後攻、カラット・アガテールの一皿。

 審査委員席に置かれるのは一つの、雪を固めて形作られた大きな大きなお皿でした。

 この巨大皿に供される料理の名は――。


『湯上がり妖鳥のニンジン女体盛り』


 これぞ究極の、わたくしの飢餓の料理にございます。


 雪風に閉ざされたボレアポリスの道端で運命的な出会いをした一本のニンジンを、精霊の雪溶け水で丁寧に洗い、最高級の冥界産地鶏といっしょに煮込んでたっぷりと出汁を吸わせまして、丁重に飾り切りにしてわたくしの職人技でこの身に飾りつけた愛と献身の一皿にございます。


 ああ、ご安心を。

 目のやり場に困るところはニンジンの葉っぱを再利用して見事に隠してございます。


「わたくしの飢餓の料理、どうぞご賞味あれ!」


 はい、ええ、まぁ。

 放送事故上等でございます。こちらは下手すれば負けて本当に食材にされかねないのですから死にものぐるいでなんだってやりますとも。

 こちとら「ニンジンしか持ってねぇ!」という食材の選択肢のなさだったのですから他にこの勝負に勝ちうる手段など思いつかなかったのです。あとはもう出たとこ勝負でございますよ。


「……え? え? 本気?」


「へぇ、本気で勝負にきたんだね、カラット」


 困惑するクレオパトラ様はちらちらと盗み見るようにわたくしの女体盛りを確かめて。

 悪ふざけ大好きエリス様は酔狂な趣向をいたく気に入ったようでニヤケ面でしげしげ見つめます。


 勝機はここです。

 この勝負、審査員産三名の合議で決します。わたくしに好意的なクレオパトラ様は元々半ば味方も同然、しかしエリス様はやはり我が子により好意的です。それを覆すにはまず、エリス様の好奇心や興味をくすぐり、リーモス様よりわたくしを勝たせてみたくなる大仕掛けが必要だったのです。


「ふーん、なるほどネェ……。いいよ、ワタシは審査結果を黙って見守るだけサ」


 飢餓のリーモス様は静観します。

 ここで舌戦や物言いにて邪魔立てすることなく、あくまで料理で勝とうという姿勢は見事です。


「……ふざけているのですか?」


 しかし最大の難関、法と掟の女神テミス様がここでやはり立ち塞がります。

 悪神エリスとは正反対の正義を良しとする女神テミスにとって料理とは名ばかりの色気推しは言語道断でありましょう。


「これは料理ではない。ルールを破り、勝負を愚弄するのであれば失格とみなす他ありません」


 冷たい視線、眼鏡越しに睨む眼差し。

 テミス様はこれまでのエロ女神様とは大違いです。わたくしの裸体に何ら興味を示されません。


 ――いえ、偶然にその気が強い女神様との巡り合わせが多いからといって、誰も彼もが女同士の色恋沙汰に興味があるわけではないのは当然のことではありましょう。

 飢餓の権能も通じなかった以上、ここでわたくしがルール上使用可能であろう魅了の呪いを歌ったところでテミス様には一切通じないでしょう。メンタル鉄壁ガードのテミス様です。


 しかし彼女には魔法も魅力も通じずとも、わたくしの雄弁は通じるのでございます。


「ではお尋ねします。なぜ、この一皿は料理ではないのでございますか?」


「……ふむ」


 冷凍ビームもかくやという冷たい眼差しがぽかぽか火照った湯上がりのカラダを襲います。

 ああ、この責められる感覚、ゾクゾク致します。

 他の審査委員二名がドン引きしておりますが被虐属性持ちにはご褒美タイムだとご理解ください。


 わたくしがハァハァと熱い吐息をこぼしますと寒さゆえに白い吐息へと早変わり。熱湯上がりの血流の速さと勝負の緊張が合わさって、じっとり熱い汗がこぼれては雪の大皿をぽたぽた湿らせます。


「ああ、テミス様、せっかくの食べ頃を逃してしまわれますよ……?」


 魅了の魔声。

 今回は意図してなかったのですが、わたくしが興奮状態に陥ると自ずと発してしまうようでして。


「くっ、んっ……。やめなさい、思考が乱れる……!」


「……おや、おやおや? テミス様、わたくしの魅了は通じないはずでは? まさかまさか、ムッツリお澄まし顔をなさっておいて、じつはスケベ心を抱いていらっしゃったとか!?」


「ち、違う! 違います! その力が“強すぎる”だけです!」


「……はい?」


 不可思議なことを仰る。(リーモス様もそれなり手加減してるにせよ)飢餓の力を退け、まやかしが通じないというテミス様に対して、わたくしごときの魅了が強すぎるとは何事か。

 では他の方にはいかに魅了の魔声が働いているかと申しますれば、エリス様やリーモス様はわりと涼しい顔をなさっているのでございます。


 しかしクレオパトラ様は興奮しきっていて「バカなの!? バカラットなの!? エロすぎるんだけど!? ハァハァ……!」ともう食欲に狂った次は性欲に狂いかけております。

 自分で魅了しておいてなんですけど、クレオパトラ様の欲望への耐性のなさが極まっております。

 災いの母子には一切異常がなく、他に影響が強い。これはもしや――。


「エリス様! さてはわたくしに何か仕込んでおりますね!?」


「ニャハハ、やっと気づいたァ? トロいなぁ~。でも感謝するといいよ、ボクらの“災いを招く力”をキミが復活する時に貸し与えてあげたんだ。ボクら夜の神ニュクスの血族には無効だけどね。聖獣ペガサスと戦うキミにはあって損がない贈り物さ」


 エリス様は悪巧み顔でさらっと告げますが、要するにわたくしに災いの神々の眷属としての機能を勝手に組み込んだという事ですからね。パワーアップどころか魔改造もいいところでございます。


「一旦止めてください! テミス様の審議を再開させなくては!」


「ちぇー。ま、テミス義母ママの恨みは買いたくないからね、再開再開っと」


 エリス様が指を弾くと途端、悪夢から冷めたようにテミス様とクレオパトラ様が元に戻ります。


「はっ! あたしは何を……!?」


「……エリス、賢明な判断だとは言っておきます」


 無様にぐへへ顔してたクレオパトラ様が正気に戻ってよだれをすする一方、すぐにテミス様は正常運転に戻ります。この差なんの差きになる差でございます。


「カラット・アガテール。料理の供される皿の上に“食材ではなく”料理人が乗っているのを料理と認める道理がどこにあるというのか。それが私の見解です」


「なるほど、では」


 わたくしはにやり笑って、ニンジンの葉っぱと刺盛りのみで裸身を隠したまま返答します。


 法と掟の女神テミス。

 彼女と舌戦をかわすのは、いわば天界法廷バトルに等しい。


 弁護士バッジの代わりにわたくしの胸に輝くのは星形に刻んだ赤々としたニンジンであることが一部の法曹界関係者の皆さまにおかれましてはもしもお立ち会いであれば大変に申し訳ないのですが、わたくしは司法の守護者に逆転勝訴を得るべく自己弁護させていただきます。


「確認します。“カラット・アガテールは食材である”となれば問題は一切ないのですね」


「……な、なんですって!」


 あのテミス様が驚愕の声を上げて驚かれてしまわれます。そりゃー無理もありません。


「貴女が食材!? なにをバカげたことを! その主張に証拠品はあるのですか!」


「ええ、ありますとも!」


 わたくしは審査員席上に置かれた天界への中継配信用に使用中の、天鈴音を指差します。


「これが、何か……?」


「ご清聴の天神地祇の皆々様、おぼえていらっしゃいますでしょうか? わたくしの対戦相手である飢餓の女神リーモス様、そして主催者である災いの母エリス様の両名はわたくし、カラット・アガテールを“食材”だと発言したことを!」


「なっ……! いや、それは単なる比喩表現ではないですか!」


「では、この料理対決の勝敗が決した時、どうなるかをテミス様自らお確かめください」


 わたくしの発言は大上段から振り下ろした鉄槌のように、テミス様の発言を打ち砕きます。

 ドカーン! ドンガラガッシャン! と盛大に。


「……リーモスが勝利せし時、敗者カラットを“食材として好きに料理する権利を得る”……」


「以上、答弁を終わりましてございます」


「……認めましょう。カラット、貴女はこの場において食材として規定され、食材であるならば料理として供されることをルール違反とみなすことはできません」


 法と掟の女神テミスは深々と頭を下げてくださいます。


「異議を認め、私の誤審をお詫びします。どうかお許しあれ」


 なんて清く正しく誠実であることか。

 『湯上がり妖鳥のニンジン女体盛り』と化したわたくしに謝罪することをいとわぬ実直さたるや、本当に素晴らしいお方です。冷静になると絵面がひどすぎて申し訳ないですよ、ええ。

 しかしキリッと凛々しい表情に切り替えて、テミス様は勇ましく問いかけます。


「では、実食します。厳正な審査を以って勝敗を決するために」


 仕事一筋すぎてやだもうカッコいい。

 真剣に真顔を守ってわたくしの女体盛りニンジンを指先でつまみ上げ、その口許に運ばれます。


「あ、ボクも食べるー」


 とエリス様が横入りしてニンジンを強引につまもうとした拍子に、押しのけられてバランスを崩したテミス様のお手がもにゅっとわたくしの鶏むね肉を鷲掴みにしてしまわれます。


「ひゃんっ!?」


「ふ、不可抗力です! ……す、すみません」


 なんとまぁテミス様、ものっそい赤面なさっておられるではありませんか。

 照れ隠しがてらにエリス様の足を本気でガシガシ蹴られるさまのなんとお可愛いことか。


 テミス様のメンタル鉄壁ガードは仕事に関わる責務感で成り立っているのであって、つまり外的精神攻撃に強くとも、自らの過失が招いたラッキースケベは自爆なので有効というわけですか。


「お気になさらず。さぁ、どうぞ厳正な審査のほどを」


「……いただきます」


 テミス様、意を決して、星形のニンジンをお食べになります。

 わたくしのおっぱいを鷲掴みになされた時にぺたっと掌にくっついたやつでございますね。

 ……冷静になるとわたくし、トンデモナイことをしでかしているのでは。


「これは……」

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