C15.白熱! 飢餓のグルメレース! 完結編 1/3
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飢餓のグルメ対決もいよいよ実食審査にございます。
先攻のリーモス様の一皿が審査員三名の席へと流麗な所作で供されてゆきますれば、エリス様、クレオパトラ様、テミス様のお三方のみならず、この勝負を遥か高く遠き天界よりご照覧なされるオリュンポスの神々まで、そして皆さまも驚嘆なされることでしょう。
飢餓の神リーモス、勝負の一皿。
ピタ・ギロス!
ああ、ピタ・ギロスだなんて強すぎます。まともにやりあって勝てる料理ではございません。
熱々のできたてピタ・ギロスを肌寒い雪のかまくらで頬張るだなんて美味しいに決まって……。
ん? 全然わかんない?
これは失礼をいたしました。皆さまにとっては異国情緒溢れるこの定番軽食料理、きちんと説明せねば想像しようがないのは致し方ないところでございますね。
ピタ・ギロスの“ピタ”とは、ピタパンサンドのこと。
無発酵の平たいパンを用い、具材を挟んで食べようという軽食の王様みたいなものでございます。
サンドイッチやハンバーガーのお仲間ですね。
“ギロス”とは、焼いた薄切りの獣肉と野菜を合わせ、ヨーグルトソース等で味つけした肉料理でございます。定番は羊肉、今回の野菜はニンジンや玉ねぎ他に葉物野菜と彩り鮮やか、これにコク深き発酵乳をベースにしたソースを絡めてございます。
焼きたてのピタサンドに肉と野菜のギロスを挟んだピタ・ギロスはもうまずいわけがないのです。
飢餓の神リーモス侮りがたし。
グロテクスで奇っ怪なモザイクを要する殺人料理というパターンも期待したのですが仕方なし。
会場には鼻孔をくすぐる香ばしき滋味の薫りが花咲き、一皿は目を奪います。
「うっはぁ~! ボクこういうの大好き!」
「ふんっ、ただのピタ・ギロスに何を驚いてるのよ」
子供っぽく舌で唇をぺろっと舐めて喜ぶエリス様。しかしクレオパトラ様は軽く一蹴なさいます。
「こんなの、美味しいけど一般庶民でもちょっとした贅沢のつもりで買える程度の料理じゃない」
「美味しいならいいんだヨ。贅沢を敵とは言わないけど、料理はいちいち芸術めいてる必要はないんだよネ。とくに“空きっ腹”の時にはネェ」
余裕綽々リーモス様。
その時、会場に立ち込めていた空気――いえ、薫りが一変いたします。
飢餓の力です。
ピタ・ギロスの一皿を嗅ぎ、目し、あるいは聴いてしまえば飢餓の権能が働くのです。
「な、急に、なに、この空腹感……!? はぁはぁ、めまいがする……」
へなへなと机に突っ伏して、おなかの虫を鳴らすクレオパトラ様。ああ、なんてことでしょう。。
「空腹は最高のスパイス! いやぁ調味料と権能は使ってもいいルールだったからネェ」
「ルール違反じゃない、そうだよねーテミス義母」
「この権能行使は相手への直接妨害ではない。審査委員に飢餓の権能を使ったことをルール違反に問うことはありません。しかし、私には無意味です。法と掟の番人にまやかしは通じません」
つらそうに意識朦朧とした様子のクレオパトラ様に比べて、確かにテミス様は涼しいお顔です。
純粋な精神力もありましょうが、強大な天上の女神ともなれば、災いの神々の権能を払い除けることができてしまうというのでしょうか。天上も冥府も神々は地上の尺度では計り知れません。
「さぁ、どうぞお召し上がりあれ」
「はぐっ! あむっ、んっ! くぅぅぅぅーーー!! あー染みるぅぅぅぅっ!」
クレオパトラ様はいの一番に手づかみで、まさに飢えたオオカミと化して貪り食います。
ピタ・ギロスの想像しやすい庶民のごちそう感を、一心不乱にケダモノと化したクレオパトラ様の食べっぷりが強く引き立てております。
「おいひいっ! おいひいよぉっ! あんなズルされて悔しくてしょうがないのに止まんない!」
屈辱にまみれながら空腹の操り人形と化したクレオパトラ様は悔し涙を滲ませながらも、あっという間にぺろっとピタ・ギロスを食べ尽くしてしまわれました。
ああ、こうなると飢餓の権能の影響下にないわたくしとて食べてみたくなります。
「調理技術、素材の質、良好。特筆すべき独自の工夫はなくも伝統の食は裏切らない……。ふむ、天上の料理ほど洗礼されていなくとも、地上の実り豊かさを味わうには十分な一皿。小細工を用いずとも、これは天上の神々に供しても恥じる必要のない美味な料理といえます」
テミス様の食べ方はとても上品でございます。
ピタ・ギロスを手で千切っては一口ずつ、丁寧にお食べになります。
天上の貴婦人の昼食という画になるさま、お隣のクレオパトラ様は対比して犬畜生同然です。いえ、個人的にはド庶民のわたくしはクレオパトラ様の食べ方もよく理解できますとも。お腹が空いてしょうがないときに作法だ行儀だと上品にピタ・ギロスを食べる余裕がありますかってんでさぁ。
「あーんむっ♪ んー、おいしー♪」
エリス様の食べっぷりは平常運転といいますか、飢餓の権能にほどよく順応していてちょうどいい空腹感を楽しみながら、我が子の手料理を楽しんでいるというご様子です。
「くっ! 空腹に負けた! 大嫌いなニンジンを少量とはいえ美味しく食べちゃうなんて屈辱だ!」
「ボク子育て経験者として言わせてもらうけど、ソレ普通にママ感覚ではうれしいやつだからね?」
「こっそり刻んで苦手な野菜を食べさせられた直後にどや顔で種明かしされる屈辱感わかる!?」
「あ、わかる! ふざけんなエリスママ死ね! ってボクんちのコドモたちに何度も言われたよ」
「わかる! それは有罪! ニンジン混入罪で死刑!」
「でもリーモスはボクの料理教育のおかげでなんでも美味しく料理できる良い子に育ちましたとさ」
「子供をダシに自分の神格ポイント稼ぎたい魂胆バレバレだくたばれこの邪神!」
クレオパトラ様、天界生中継で仮にもオリュンポス十二神になんて罵倒をなさるのでしょう……。
……よし、今のは忘れましょう
とかく今更ながらに、エリス様がわたくしの敗北を前提に話してらっしゃった理由がわかります。
ピタ・ギロスという王道定番の料理と空腹という名の最高のスパイス。
飢餓の女神リーモスの名に恥じぬ先手必勝の一皿でございました。
……そう、そうです。
やけにあっさり先攻を選んだのは空腹を、飢餓の力を最大限に利用できるのは先攻だから。
「おや? どうしたのカナ? 顔が真っ赤だよ、食材ちゃん」
リーモス様は勝利を確信し、ここぞとばかりに不敵な笑顔をお浮かべになります。
あ、そのちょっぴり悪そうな横顔けっこう好き。
ホント面だけは親子揃って性格に反比例するかのように良いものだから困ってしまいますね。
「……いや、顔が真っ赤というか、それ以前にだね、あの、キミさぁ」
リーモス様、ようやく言及なさいますか。
調理時間の終わり際、わたくしはニンジン片手に一糸まとわずすっぽんぽんになってます。
そして何をしたかと申すれば――。
「え、鶏ガラスープになるつもりなの?」
カラット in 特大土鍋!
わたくし、ぐつぐつと熱湯風呂ならぬ熱湯鍋に浸かっております、実食開始の冒頭からずっと。
――あちゅい。
すこぶるあちゅい。そりゃもう火照るのも当然でございます。沸騰するほど煮え滾ってこそなくても、ご老人が好まれる若人には耐え難い風呂湯くらいには熱いお湯に浸かっております。
天界生中継であろうと構いません。
むしろうら若い乙女の入浴シーンでございますから視聴者数稼ぎに貢献しているはずです。
「あのネェ。ハルピュイアのキミが鳥獣の旨味たっぷり良い出汁がもし取れるとしたって、ほんの数分そんな半端なボコボコ泡立ちもしない熱湯で煮てもスープ料理にはならないヨ」
「ええ、左様な何番煎じとも知れぬネタではございませんとも」
「ふーん、最高のスパイスに勝てるネタなんて食材ちゃんに思いつくといいけどネェ」
リーモス様とわたくしは勝負の火花を散らします。ことこと鍋で煮られたまま。




