C15.白熱! 飢餓のグルメレース! 完結編 3/3 C章ラスト
「これは……」
テミス様はゆっくりとニンジンを舌で味わい、咀嚼して、ごくんと飲み込みました。
そして目頭を押さえて、静かにうつむきます。
もしや正気に戻って、ご自分のおかれている不可思議極まりない状況を悲観したのでしょうか。
「なぜでしょう、懐かしい味が致します」
涙。
涙でございます。
法と掟の女神テミス様は涙をお流しになられたのでございます。
わたくしの出汁がほんのり染みてる、おっぱいを隠していた星形ニンジンをお食べになられて。
……え? どんな人生を歩めばこれが懐かしく思えるのでございますか?
この方、皆さまにおなじみ世界各地の裁判所に飾られてる像の元ネタでございますよ? 星形ニンジンを懐かしむ女神様によって守られる法律の元で生きる人生ってわたくし不安でなりませんよ。
「あの、真意を教えて頂いても……?」
「失礼、久しく会っていない我が姉レアーの手料理を思い出してしまって」
「……え? お姉さんも星形ニンジン女体盛りを?」
わたくし夜空星空銀河の彼方へと意識が遠のいていく感覚を覚えてしまいました。
テミス様は騒々しく否定も肯定もせず、静かに、空気を読まず、昔語りをはじめます。
「そう、あれはまだ我が姉レアーが農耕神クロノスに嫁ぐ前の頃、私たち姉妹は――」
この話、長いので割愛させていただきます。
なにせ古き神々の思い出語り、ティターン神族の過去話なんて年寄りの昔語りも同然です。
一方、エリス様とクレオパトラ様もわたくしの裸体からニンジンをつまんでおります。
「ハァハァ……! これがカラットのニンジンっ! 食べるの? 食べていいの? 大嫌いなニンジンなのに不思議、甘い薫りがあたしを誘惑する……! うう、やめて、でも、でも!」
興奮と食欲、ニンジン嫌いと性欲。
おめめぐるぐる渦巻かせ、クレオパトラ様は葛藤なさいます。
「うまうまもぐもぐ」
もしゃもしゃと食べれて当然のようにエリス様は女体盛りニンジンを堪能なさってます。
逆に考えてみてください。
おやつのポテチつまむ感覚でわたくしのおへその上からニンジンつまんで食べてるの異常では。
「ねーカラット、はちみつかけていい?」
「断固拒否! はちみつぶっかけダイレクトは禁止でございますからね!?」
「ちぇー。でもまぁコレ、本当においしいよ。うん、これは甲乙つけがたいや」
平常心を保ったエリス様の言葉に「え、ウソ」と驚かれたクレオパトラ様が意を決してはむっと食せば、すぐさま「……うまい! カラットキャロット美味っ!」と大いに驚かれました。
この好評ぶりに静観を決め込んでいた飢餓の女神リーモス様も味見してみたくなったようでして、わたくしのそばに四足トコトコいらして一言おねだりいたします。
「わ、ワタシも一口食べたいんだけども……いいカイ?」
少々気恥ずかしかったのか、リーモス様ったら頬を掻きつつ視線をそらし気味になさいます。
わたくしの女体盛りに目のやり場に困っていらっしゃる様子。
意外とシャイなのでございますね。
「はい! わたくしにもあとでピタ・ギロスを食べさせてくださるのでしたら、よろこんで!」
「じゃ、じゃあ……いただきマス」
下乳にぴたと張り付いた輪切り湯でニンジン。
それをリーモス様は下乳に顔を近づけて、はむっと直にお食べになられます。まさかの犬食い。
しばしじっと咀嚼に努め、難しい顔をなさいます。
「ふム……」
わたくしとしては不意の急接近に湯上がりで火照ったカラダがなお真っ赤になる心地ですよ。
これはホント新境地に目覚めてしまいます。
ご清聴の皆さまもぜひ週末に親しい方へ振る舞う手料理のご参考になさってはいかがでしょう。
ハマりますよ! ええ、これは濡れ……こほん、燃えます!
「……おいしい」
リーモス様は目を見開き、少々悔しげに打ち震えながら言葉なさいます。
「まず食材がずるい。このニンジン、どこで手に入れたのかネ?」
「へ、道端で拾っただけですけど」
「そりゃ誰かの差し金だネェ。この豊潤な甘さ、極上の逸品だ。まるで農作に関わる神様が手塩にかけて育てた代物だよ。一朝一夕にも作れない、何百年、何千年と品種改良を続けた結果の代物だね。地上のニンジンも悪くはないが、これと市場の二流品とじゃ天地の差だよ。今回は食材調達こそ勝負のキモ、どうやってかは知らないけどこれは食材ちゃんの人脈を侮ってた結果だネェ」
「差し金……、はっ、まさかペルセフォネ様……?!」
「――それで説明がつくネェ。この短時間で茹でたニンジンにほんのり染みた塩気と旨味。そのカラダを修復する時、食材ちゃんに豊穣の力がたっぷり注ぎ込まれてるんだっけ。ソレだ! 豊穣の女神の味だ! テミスが懐かしいと泣いたはネ、ペルセフォネの母デメテルのまた母親、太母レアーは原初の豊穣神だったからだね。テミスにとっては姉レアーの手料理の味、それが孫娘のペルセフォネの豊穣の味わいだったってわけか、でもこの塩みは違う神秘を……」
真剣に、感動しつつ謎解き感覚で女体盛りニンジンを考察なさるリーモス様。
飽くなき食への探究心をフル回転させ、残りわずかのニンジンも食べてしまわれます。
エロシチュエーションに興奮してやまなかったわたくし何か申し訳ないやら、半ば放置プレイ状態でこれはこれでまたハァハァ……おっといけない語り部が興奮しすぎて言葉を忘れては本末転倒。
「審議が終了しました。結果を発表しますので、そこの露出狂の痴女ド変態はまず服を着なさい」
「は、はいっ!」
ひゃうっ。痴女ド変態とテミス様に罵倒されてしまいました。
ああ、なんてご褒美なのでございましょう。ゾクゾクいたします。
涙なされた時は不安になりましたが、やはり冷徹な眼差しこそテミス様の醍醐味でございますね。
「では、失礼して……」
勝負と恥辱の興奮冷めやらぬまま下着から丁寧にわたくし纏って参ります。
ちらと見やれば、テミス様を除いた全員が各々らしい反応を示しつつ着替えを見守っております。
「あ! エリス様はあっち向いててくださいまし!」
「ちょっ、なんでボクだけ!?」
「こほん、では、審査結果を発表いたします」
強引に場を仕切って、テミス様はまだ上下の下着の次に靴下を履いているところのわたくしを相手に、運命の勝負の行方を告げるのでした。
「合議の結果を踏まえて、三票中二票を得たものを勝者といたします。まず第一に、クレオパトラ」
「わたしは――カラットのキャロットに一票!」
クレオパトラ様はわたくしの生着替えをちらちら盗み見ながら、切々と語ります。
「今回はふたりともなぜかあたしの苦手なニンジンを嫌がらせみたいに食べさせてきたけど、まぁ、どっちも美味しくってさ。でも刻んで隠すように入ったのがムカつくからカラットに一票!」
「私情しかございませんね!? いえ、ありがたいですけど」
クレオパトラ様は勝敗を決する女神の天秤に銅貨をひとつ、わたくしの側へと置きます。
「第二に、戦神アレス」
「ボクはリーモスのピタ・ギロスに一票!」
女神の天秤に銅貨をひとつ乗せるエリス様、これで天秤は等しく釣り合いました。
「理由はシンプル! 我が子の愛情手料理を越えるもんはないよね! いやぁママ冥利に尽きるよ~。カラットのも美味しかったけどボクあんましペルセフォネ好きじゃないから仕方ないよね」
「またもや私情ではございませんか!?」
ニャハハと軽快に笑ってごまかすエリス様。
これは計算外です。
女体盛りという奇策に打って出たのも元を正せばエリス様の派手好き悪ふざけ趣味を狙ってのこと。そこを見透かされてたのか、はたまた勝負を盛り上げるためか、エリス様はあえて反対にリーモス様へ一票を投じたのでしょうか。
こうなれば勝敗は法と掟の女神テミス様のお心次第にございます。
料理に涙を流されたとはいえ、女体盛りで心象が悪く、リーモス様のピタ・ギロスを高く評価なさっていましたからね。邪道と王道、どちらを好まれるかは明白。
敗色濃厚という現実を目の当たりにして、耳を塞ぎたい心地を我慢して審判の時を待ちます。
「第三に、法の女神テミス」
そして天秤に最後の小石が置かれます。
リーモスか、カラットか。
「私は――カラットの湯上がり妖鳥のニンジン女体盛りに一票を投じます」
勝利の天秤が傾き、勝敗を告げます。
わたくし、カラット・アガテールの大勝利でございます。
大歓声は聴こえて参りません。けれども、エリス様とクレオパトラ様、そして敗者となったリーモス様が小さな拍手で祝ってくださいました。
法と掟の女神テミスはめずらしく穏やかな表情でわたくしを見つめてございます。
「理由を述べましょう。双方とも、素晴らしい料理でした。甲乙つけがたい。そして私は私情を挟まない主義です。確かに懐かしさに涙をしましたが、それを勝因にするつもりはない」
「ええ、その公平を愛する尊き御心こそテミス様の天上名高き美徳にございます」
「勝敗を分けたのは“面白さ”です。リーモス、貴女の料理は美味でした。しかし飢餓のスパイスが私に通じない以上、そこに特別な愉しみはない。カラット、貴女の料理も美味でした。そして奇抜で悪ふざけとしか言いようの女体盛りを言葉巧みに言い含めて、まんまと料理と認めさせた一連の舌戦は、私を大いにもてなし、愉しませてくれました。この料理対決が天上の神々もご覧になる見世物でもある以上、審査員と観客を楽しめる工夫に勝る貴女に勝利を与えることは必然です」
ほんのすこし、隠し味のようにテミス様は微笑んでくださいました。
「しかし最後に一つ、教えてほしいのです。あの塩気は一体……?」
テミス様の疑問に、素直に勝利を讃えてくださっていたリーモス様も便乗なさいます。
「それだよ! どうしても正体がわからない! 会場の岩塩では真似できない味なんだ!」
「うーん、秘密の隠し味ですからねぇ……」
「そこをどうにか! ほら、代わりにこれあげるからサァ!」
リーモス様はわたくしに何やら紫色に輝く宝石を手渡してくださいます。
精霊石。
金記章の精霊石でございます。
雪山にてクレオパトラ様にいただいた、精霊魔法に用いる最上等契約のアイテムでございます。
「これをわたくしに……?」
「マンマに力を貸せというお題目で料理バトルさせられた以上、負けたら渡す予定だったんだけどもネェ。上級契約の銀記章じゃなくて金記章の最上等契約の精霊石! これでひとつ秘密をさ!」
「うう、し、仕方ありません、テミス様も気になって仕方ないようでございますし……」
「この澄み切ったしょっぱさに清涼感、その正体を知りたいンだ!」
「……あちらでございます」
わたくしはクレオパトラ様を指差します。不意のことに頭上に「?」が浮かんでます。
「はい? あたしが隠し味……?」
一同の視線が集まる中、わたくしは隠し味の秘密を打ち明けます。
「クレオパトラ様がわたくしのために流してくださった氷の涙、それが隠し味でございます」
「はぁぁぁぁーーー!? ちょ、いつ拾い集めたの!? ふゆっ、まって、みんなで食べたの!?」
驚愕と羞恥に大混乱のクレオパトラ様。
しかしテミス様とリーモス様は納得がいったと深く感心してうんうんと深くうなずきます。
「雪風の精霊の涙。それは確かに、見事な隠し味になりえる神秘を感じさせます」
「これは……参ったネェ。その調味料はワタシにも用意できないヨ」
「いやいや!? あたしの老廃物なんだけど!? “精霊の”とつけばなんでもいいの!?
これは見つかると没収されかねない。
わたくしは隠し持っていた最後の涙粒をひょいぱくっと口にして堪能いたします。
「はぁ~、雪風の涙美味しゅうございます」
「吐け!? 吐き出せこのエロバカラット!?」
クレオパトラ様に胸ぐら掴まれ締め上げられつつ、わたくしは勝利の味に酔い痴れます。
こうして飢餓のグルメレースは幕を閉じるのでございました。
次なる目標はボレアス神殿、アマルテイアの角を擁するマケドニア高地王国との対決です。
リーモス様にご助力いただき、見事に七つの冥府の財宝を回収してみせましょうとも。
あ! 勝利の後のピタ・ギロス、とても美味しゅうございましたよ。
【『湯上がり妖鳥のニンジン女体盛り』の作り方】
用意するもの
・ニンジン
・ハルピュイア
・お湯(大量)
・雪風の涙
①まずご家庭のエリス様で大量の雪を加熱してお湯を軽く50℃くらいに温めます
②つぎにニンジンの皮を剥き、ハルピュイアの衣服を脱がせます ニンジンの葉は飾りに使います
③ニンジンとハルピュイアを鍋に入れて、適温で温めます 湯加減はハルピュイアに聞いてください
④隠し味に雪風の涙を入れ、味つけします
⑤ハルピュイアの表面がほんのり火照ってピンク色になったら食べ頃です ハルピュイアを取り出して、ニンジンをお好みの形に刺盛りにします
⑥適度な大きさの皿(一畳くらい)にハルピュイアをセクシーなポーズで仰向けに寝かせ、葉っぱとニンジンの刺盛りを飾りつけたら完成です!
---『メティスの古今東西料理全集』より---
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毎度お読みいただきありがとうございます。
「C章 災いの母エリス編」はこれにて終了、つづいてD章がはじまります。
お楽しみいただけましたら、評価、感想、ブックマーク等格別のご贔屓のほどよろしくおねがいします。
とりわけ感想には飢えておりますので、気が向いたらぜひぜひに!
それでは、今後ともよろしくお願いします。




