第8話:コンプレッサー製造と【空腹】のバッドステータス
【現実:2026年10月6日(火)夜】
「……先輩。私、もうリュックの肩紐が千切れそうです」
アルトリア王国の職人街へと続く裏路地。
8歳の軽装剣士ミィは、自身の背丈ほどもある巨大なリュックを背負い、フラフラとゾンビのような足取りで歩いていた。
リュックの中には、先ほどまで行っていた「日課の高速ボス周回(エリア1〜4出待ち爆殺)」で荒稼ぎした大量の魔石が、これでもかと詰め込まれている。
「弱音を吐かないの、ミィ。その魔石はわたくしたちの輝かしい未来の礎となるのですから。さぁ、急ぎますわよ。クロムさんが待ちわびていますわ」
ミィの数歩先を歩く6歳の幼女、シャルロッテは、可憐なドレスの裾を揺らしながらウキウキとした足取りで進んでいく。
その顔には、これから始まる未知の兵器開発に対する狂気的な期待が張り付いていた。
***
「遅えぞ、お嬢ちゃん。こっちはとっくに準備できてるぜ」
クロムの鍛冶工房の扉を開けると、凄まじい熱気と共に、上半身裸で汗だくになったクロムが出迎えた。
彼の背後にある巨大な作業台には、「魔石合金(金属近似素材)」で作られた緻密なパーツがズラリと並べられている。
円筒形のケース、噛み合わせの美しい歯車、そして気密性を高めるためのパッキン代わりの革部品。
「素晴らしいですわ、クロムさん……! わたくしの図面通り、いや、それ以上の精度ですの!」
シャルロッテは目を輝かせ、吸い寄せられるように作業台へと駆け寄った。
「おう。俺の『クロム尺』を基準にして、ミリ単位の狂いもなく削り出してやった。お前さんが特許を取ったあの『魔石合金』、とんでもなく硬くて苦労したぜ。……で、本当にこれが動くのか?」
クロムが指差したのは、パーツ群の中心に据えられた『コンプレッサー(空圧圧縮機)』の本体だった。
「ええ。わたくしの理論と、クロムさんの技術が合わされば完璧ですわ」
シャルロッテは手早く、しかし極めて慎重にパーツを組み上げていく。
密閉されたシリンダーの中に歯車をセットし、最後に、ミィが運んできた「風属性魔石」を粉末状にして流し込んだ。
『風魔石の粉末における急速気化の物理法則……システムAIにはすでに通してある。あとは、この密閉空間で粉末に衝撃を与え続ける仕組みが機能するかどうか……!』
「いきますわよ……起動!」
シャルロッテがコンプレッサーの外部に取り付けられたスターターのハンドルを、勢いよく回した。
ガチンッ! という金属音と共に、内部の火打ち石のような機構が風魔石の粉末に衝撃を与える。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!
直後、密閉された金属シリンダーの中から、空気が激しく噴出するような甲高い音が鳴り響いた。
急激に気化した風魔石の粉末が莫大な空圧を生み出し、その圧力が逃げ場を求めて内部の歯車を猛烈な勢いで回転させる。
ガシャン! ガシャン! ギュルルルルルルルルッ!!
外部に接続された回転軸が、凄まじいトルクで回り始めた。
「……動いた」
クロムが、呆然と呟く。
「動きましたわ! これが……手回しではない、自動の動力源! 産業革命の第一歩ですの!」
シャルロッテは歓喜の声を上げ、回転軸に太い革ベルトを巻き付けた。
そのベルトの先には、魔石合金で作られた巨大な台座——工作機械『旋盤』が接続されている。
ギュイィィィィィィィィィィンッ!!!
コンプレッサーから生み出された動力が伝達され、旋盤のチャック(固定台)が高速回転を始めた。
「……おいおい、マジかよ。剣と魔法の世界で、モーター音を聞く日が来るとはな」
クロムは武者震いするように両腕をさすり、獰猛な笑みを浮かべた。
「さぁ、感動している暇はありませんわよ、クロムさん。ここからが本当の地獄ですわ。……これをお願いしますの」
シャルロッテが差し出したのは、昨日特許を取得した『魔石合金』の無垢な丸棒だった。
これが、ボルトアクションライフルの『銃身』となるパーツである。
「おう。任せな」
クロムは丸棒を旋盤にセットし、鋭く研ぎ澄まされた金属製の刃物を構えた。
ここから行うのは、銃身の中心に真っ直ぐな穴を開ける「深穴加工」と、その内部に螺旋状の溝を刻む「ライフリング」の加工である。
「クロムさん、回転数を落とさないで! バイトの角度、あと0.5ミリ深く!」
「わかってる! だがこの合金、硬すぎて刃が負けそうだ! 冷却用の水を絶やすな!」
「ええ! ミィ、そこに突っ立っていないで、早く水をかけてちょうだい!」
「ひぃっ、はいぃっ!」
ミィは慌てて桶の水を掬い、火花を散らす旋盤の刃先にぶちまける。
ジュワァァァァッ! という激しい水蒸気が工房内に立ち込めた。
『……すごい。コンプレッサーの動力も安定している。クロムさんの手先も、人間の限界を超えた精度を出している。これなら……いける!』
シャルロッテの青い瞳が、火花に照らされてギラギラと輝く。
狂気の兵器オタクと、情熱の鍛冶職人。
二人の意識は、目の前の「1ミリの鉄を削る」という作業のみに極限まで集中し、周囲のすべてを忘却の彼方へと追いやっていった。
***
「……先輩。ミィです。追加の魔石と、冷却用の水、汲んできましたよ……」
数時間後。
工房の外でのお使いを終えたミィが、重い足取りで扉を開けた。
すでに時刻は現実世界の深夜。ゲーム内では昼を回ろうとしていた。
「シャルロッテさん? クロムさん? もう水は足ります……えっ?」
ミィは桶を落としそうになり、その場で硬直した。
「あ、あぁ……」
「……み、水……いや……肉を……」
工房の床を、二人のプレイヤーが這いつくばっていた。
筋骨隆々の鍛冶師であるクロムと、可憐なドレスを着た6歳のシャルロッテが、虚ろな目で床を這い、完全に息も絶え絶えになっている。
「えええええっ!? 何があったんですか!? 敵襲ですか!? PKですか!?」
ミィが慌てて剣を抜き、周囲を警戒する。
しかし、工房の中には誰もいない。ただ、旋盤だけが静かに止まっているだけだ。
「ち、違いますわ……ミィ……」
シャルロッテが、プルプルと震える手をミィの方へ伸ばす。
その頭上には、赤く点滅するドクロのマークと、不吉なシステムウィンドウが浮かび上がっていた。
『ステータス異常:【空腹(極大)】』
『※スタミナが完全に枯渇しました。継続的にHPが減少します。速やかに食事を摂取してください』
「…………は?」
ミィは、自分の目を疑った。
「がはっ……集中しすぎた……。このゲーム、メシ食わないと、餓死……するんだったな……」
クロムが白目を剥きながら、パタリと床に突っ伏した。
シャルロッテのHPバーも、すでにミリ単位のレッドゾーンに突入している。このままではあと数分で餓死し、デスペナルティ(総資産の10%没収)が確定してしまう。
「ちょっと! なにやってるんですかあなた達は!!」
ミィはリュックを放り投げ、慌てて自分のインベントリ……もとい、鞄の中から、道中の屋台で買っておいた『黒パン』と『干し肉』を取り出した。
「ほら! 食べて! 早く食べてください!」
ミィは涙目になりながら、干し肉をクロムの口にねじ込み、硬い黒パンをシャルロッテの小さな口に無理やり押し込んだ。
「もごっ……もぐもぐ……ふぅ。助かりましたわ、ミィ。三途の川の向こうで、アルフレッド・ノーベルが手招きしているのが見えましたの」
「死因が餓死の爆弾魔なんて、笑えないですよ!!」
HPバーが徐々に回復していくのを見て、ミィはその場にへたり込んだ。
「もう……本当に、勘弁してくださいよ……。私、剣士なんですよ? なのに初日からずっと魔石拾わされて、挙句の果てには、徹夜で金属削って倒れた工場長たちにご飯食べさせる担当みたいになってるじゃないですか!」
ミィの悲痛な叫びが、熱気に包まれた鍛冶工房に響き渡る。
「……ここは剣と魔法の王道ファンタジーの世界じゃないんですか……! 私のMMO、どこに行っちゃったんですかぁぁぁ!!」
絶賛産業革命中の薄暗い工房で、8歳の新米剣士は、自らの思い描いていた華やかな冒険者ライフとのあまりのギャップに、ついに大粒の涙をこぼすのだった。




