第7話:運営視点:関西弁エンジニアのツッコミ
2026.10.15
ナーフの対象が爆薬だけになるよう表現を変更しました。
【現実:2026年10月5日(月)昼】
「……なぁ。誰や、こんなガバガバな物理演算通したんは」
「西宮リーダーが責任者ですから、最終的な承認は全部リーダーですよ」
「……せやったわ。アカン、胃が痛い……」
都内某所。
『アビスジェネシス』のサーバー群と直結した、薄暗いモニタリングルーム。
ずらりと並んだモニターの青白い光に照らされながら、開発責任者である西宮涼は、深く深いため息をついてデスクに突っ伏した。
年齢は28歳。
整った顔立ちのイケメンだが、連日の激務のせいで目の下にはくっきりとクマができ、着崩したスーツからは疲労感が漂っている。
彼の役職は『物理エンジン・AI挙動監視部門リーダー』。
プレイヤーの「妄想」をAIが判定し、世界の物理法則として組み込むという、このゲーム最大のウリであり最も危険なシステムを管理するトップである。
「西宮リーダー。またアルトリア王国の『あのプレイヤー』から、新規の特許申請と物理法則の承認要求が通りました。……今回は『風属性魔石の急速気化法則』と『空圧コンプレッサーの設計図』です」
部下のオペレーターが無慈悲な報告を上げる。
「コンプレッサーやとぉ……?」
西宮は跳ね起き、手元のタブレットでそのプレイヤーのログを開いた。
「いやいや、おかしいやろ! ここは剣と魔法の王道ファンタジーやぞ!? なんでサービス開始からまだ数日しか経ってへんのに、火薬とダイナマイト通り越して、空圧動力の工作機械の設計図が提出されとんねん!」
西宮の口から、コテコテの関西弁のツッコミが炸裂する。
モニターに映し出されているのは、アルトリア王国で猛威を振るうギルド『黒百合工房』のマスター、シャルロッテ(匿名)のログデータだ。
「しかも、このお嬢様アバターの中身、完全に狂っとる……! これ見てみぃ、この『オフライン訓練』の設定パラメーターを!」
西宮が指差した画面には、シャルロッテがログアウト中に設定しているアバターの自律訓練内容が表示されていた。
通常、プレイヤーはオフライン中に「筋力トレーニング」や「ランニング」などを設定し、基礎ステータスの底上げを図る。 しかし、シャルロッテたちの訓練項目は異常だった。
『視覚・聴覚の極限集中(五感)』:50%
『関節の可動域拡張および衝撃緩和(柔軟性)』:50%
「いやいやいや、なんで仮想空間での訓練を『五感』と『柔軟性』に全振りしとんねん! 狂っとるやろこのお嬢様!」
西宮は頭を抱えて叫んだ。
「幼女なのに五感と柔軟性を鍛える……。このプレイヤー、完全に『近接戦闘(殴り合い)』を捨てる気やろ!」
「リ、リーダー。それだけじゃありません。このプレイヤーの『ステータス成長曲線』を見てください」
部下が青ざめた顔で別のモニターを指差す。 そこには、異常な角度で跳ね上がっているシャルロッテたちの成長グラフがあった。
「なんやこれ!? 毎日、その日の『成長上限』をコンマ単位で最大値まで叩き出しとるやんけ!」
「はい。彼女たち、ログイン直後にエリア1〜4のボスを爆発物でリスキル(出待ち爆殺)して回っています。ボスモンスターを討伐しているため、得られる経験値(ステータス負荷)がカンストしている状態です」
「…………アカン」
西宮はエナジードリンクの空き缶を握り潰した。
「これ、完全にシステムの穴を突かれとるわ」
『アビスジェネシス』の成長システムは、強い負荷(強敵との戦闘)をかけるほどステータスが伸びる仕様だ。
本来であれば、剣や魔法で死闘を繰り広げることを想定している。
「今のAIの判定基準やと、『剣で斬って与えたダメージ』も『自分が調合した化学爆薬で吹き飛ばしたダメージ』も、同じ『プレイヤー自身の物理的実力』として換算されてもうとるんや」
西宮の指摘に、部下たちが「あっ」と息を呑んだ。
「このままやと、自作の爆弾投げてるだけで、命懸けで戦ってるガチ勢(剣士や魔法使い)と同じか、それ以上のスピードでステータスが成長してしまう。……それは、ゲームのバランスとして絶対にアカン」
西宮はネクタイを乱暴に緩め、鋭い目つきでキーボードを叩き始めた。
「早急に『補正パッチ』の準備や! 銃火器や地雷などの『爆薬を用いた物理ダメージ』で討伐した際の、ステータス上昇への寄与率を大幅に引き下げる計算式を組め!」
「は、はい! しかし、それだけで彼女を止められるでしょうか……? すでに特許使用料で莫大な資金を稼ぎ始めていますが……」
「資金はどうしようもない。特許システム自体は正常に機能しとるからな。……せやけど、これ以上の『異常な成長』だけは食い止めなアカン」
西宮はモニターの中で、鍛冶師の男と握手を交わしている幼女の姿を睨みつけた。
「頼むから、これ以上中世の世界に近代兵器持ち込まんといてくれ……。俺の胃に穴が空く前に……っ!」
運営側の切実な悲鳴は、絶賛産業革命中のアルトリア王国に届くはずもなかった。




