第6話:職人の度量衡と技術協力
【現実:2026年10月4日(日)夕方】
「……シャルロッテさん。まだ、お店どこも開いてないですよ。日本と12時間の時差があるこの国のNPCたちは、みんな夢の中ですし……」
アルトリア王国の首都。
石畳の路地を歩きながら、ミィが大きな欠伸を噛み殺して呟いた。
アルトリア王国は現実と『12時間の時差』がある設定になっている。
現実世界は日曜日の夕飯時だが、現在のゲーム内時間は月曜日の夜明け前。
電気も街灯もない中世レベルの文明において、日の出前の街はまだ深い静寂に包まれていた。
「ええ、NPCの鍛冶屋が店を開けるにはまだ早すぎますわね。ですが、好都合ですわ」
シャルロッテはランプの明かりを頼りに、迷いのない足取りで職人街の奥へと進んでいく。
「わたくしが求めているのは、システムに用意されたお仕着せのNPCではありませんの。この中世レベルの世界で、常識外れの近代兵器の図面を理解し、手作業で形にできる異常な執念を持った人間……つまり『ガチの生産プレイヤー』ですわ」
カンッ! カァァァンッ!
その時、静まり返った路地の奥から、規則的で重厚な金属音が響いてきた。
「……ビンゴですわ!」
シャルロッテが小走りで向かった先には、一軒の小さな鍛冶工房があった。
赤々と燃える炉の火。そして、汗だくになりながらハンマーを振り下ろす、筋骨隆々とした男の姿。
年齢設定は、男性の筋力・体力パラメータが最も高くなる『30代半ば』。
飾り気のない分厚い革エプロンを身につけたその男のアバター名は、『クロム』といった。
「ごきげんよう、職人さん」
シャルロッテが上品に声をかけると、クロムはハンマーを止め、怪訝そうな顔で振り返った。
「……あぁ? なんだ、お前ら。こんな朝っぱらから迷子か?」
その鋭い眼光と分厚い胸板に、ミィが「ひっ」と背後に隠れる。
「夜明け前に失礼いたしますわ。わたくし、シャルロッテと申します。職人さんに、少し込み入った『製作依頼』がありましてよ」
「……悪いが、子供の遊びに付き合ってる暇はねぇんだ。おままごとの包丁なら、あと数時間して他のNPCの店が開いてから買いな」
クロムは興味なさそうに吐き捨て、再び炉に向き直ろうとした。
「あら。ゲームが始まってまだ数日だというのに、鉄の不純物を限界まで取り除き、見事な『鋼』を鍛造していらっしゃる。魔法もスキルもないこの世界で、純粋な物理法則と熱管理だけでそこまで到達しているなんて、素晴らしい執念ですわ」
ピタリと、クロムの動きが止まった。
「……お前、今なんて言った?」
「遊びではありませんの。わたくしは、本物の鍛冶師を探しておりました。……これを見ていただけまして?」
シャルロッテは鞄から羊皮紙の束を取り出し、作業台の上に広げた。
「これは……?」
クロムが目を細めて羊皮紙を覗き込む。
そこには、シャルロッテが描いた『風魔石式コンプレッサー』と、それを動力とした工作機械『旋盤』、そして『ボルトアクションライフル(後装式小銃)』の緻密な内部構造図が描かれていた。
「風魔石の急速気化を利用した、密閉容器内の空圧動力源。そこから生み出される回転エネルギーを利用して金属を削り出す『旋盤』。そして、その旋盤で作る、ライフリング(螺旋状の溝)を施した高精度の銃身と、閉鎖機構ですわ」
シャルロッテの言葉に、クロムの目が驚愕に見開かれていく。
「おいあんた、この『旋盤』と『銃』の図面……マジで狂ってんな(褒め言葉)」
クロムは太い指で、ライフルの薬室部分の図面をなぞった。
「火薬の爆発エネルギーを前方の弾丸にだけ逃がし、後ろへは一切漏らさないための閉鎖機構……。これを手作業で噛み合わせるのか? VRで、こんな精度の要求してくるなんて、イカれてやがる(褒め言葉)」
『食いついたわね……! それにしてもこのプレイヤー、只者じゃない。図面をチラ見しただけで、何を作ろうとしているのか理解している!』
「作れまして?」
シャルロッテが挑戦的な笑みを浮かべると、クロムはニヤリと笑い返した。
「理論は完璧だ。最高にイカれてる。……だがな、お嬢ちゃん。一つだけ決定的な問題があるぜ」
クロムは作業台をトン、と指差した。
「あんたの図面はどれも完璧な『ミリ単位』で描かれているが……この世界には、長さを測るための共通の『定規』が存在しねぇんだ」
「えっ……?」
ミィが思わず声を上げる。
「当然だろう。ここは中世ファンタジーの世界だ。国によって長さの基準なんてバラバラだし、NPCが使ってる物差しなんて、木でできたガバガバな代物だ。そんなもんじゃ、この図面のミリ単位の擦り合わせなんて絶対に不可能だぞ。どうやって部品のサイズを共有するつもりだ?」
クロムの指摘は、まさに工業化における最大の壁——『度量衡(基準)』の不在であった。
『……ふふっ。やっぱり、気づいていたのね』
シャルロッテは全く慌てることなく、むしろ歓喜に満ちた声を上げた。
「ええ、その通りですわ。ですからわたくしは、『あなた』を頼ったのですのよ、クロムさん」
「……なに?」
「あなたほどのガチの鍛冶職人が、定規のない世界で、ただ闇雲に鉄を打っているはずがありませんわ。すでに『作っている』のでしょう? ご自身の基準となる、狂いのない金属の定規を」
クロムは数秒間、ポカンとした顔でシャルロッテを見つめ……やがて、腹の底から楽しそうな笑い声を上げた。
「くっ……はははははっ! 最高だな、あんた。中身は絶対にお嬢様じゃねぇだろ!」
クロムは工房の奥の厳重な箱を開け、一本の美しく輝く金属の棒を取り出した。
それは、彼が膨大な時間をかけて削り出し、独自の目盛りを等間隔に刻み込んだ『精巧な金属尺』だった。
「これは俺の最高傑作、『クロム尺(仮)』だ。温度変化による膨張を防ぐために、配合に死ぬほど苦労したぜ」
「素晴らしいですわ……! 美しい、まさに工業の夜明けを告げる産声ですの!」
シャルロッテは目を輝かせ、その金属尺を神聖なものでも扱うかのように見つめた。
「……ええと、日曜の夕方から、定規一本でなんでこんなに盛り上がれるんですか、この人たち……」
二人の狂気的な熱量についていけず、ミィは完全に蚊帳の外だった。
「よし、決まりだ。お嬢ちゃんの図面の寸法を、全部俺の『クロム尺』の目盛りに変換して書き直せ。そうすりゃ、俺の鍛造技術でその要求精度に応えてやる」
クロムは腕まくりをし、ニヤリと不敵に笑った。
「リアルの設備じゃできない無茶苦茶な鍛造ができるこのゲームは最高なんだ。俺も技術協力者として一枚噛ませろ」
「ええ、歓迎いたしますわ! これから忙しくなりますわよ、クロムさん!」
シャルロッテは6歳の小さな手を差し出し、クロムの分厚く大きな手と固い握手を交わした。
こうして、狂気の兵器オタクと、情熱の鍛冶職人。
アルトリア王国の歴史を裏から塗り替えることになる、最悪で最高の技術同盟が結ばれたのである。




