第5話:風魔石のコンプレッサーと兵器の壁
【現実:2026年10月4日(日)午後】
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!! 来ないでええええええっ!!」
吹きすさぶ強風が吹き荒れる第4エリアの山岳地帯。
そこには、巨大な鳥のような姿をした風の精霊——エリアボス『烈風の怪鳥』から逃げ惑う、8歳の少女ミィの姿があった。
「ミィ! もう少しですわ! そのまま真っ直ぐ、わたくしの方へ誘導なさい!」
「む、無理です! 追いつかれますぅぅぅ!」
ミィが涙目で駆け抜けたその先。
岩陰には、地面に何本もの太い金属杭を深く打ち込み、強固に固定された手作りの木製カートがあった。
そこに鎮座する巨大な『金属の筒(大砲)』の後ろで、導火線となる火種を構えたシャルロッテが待ち構えていた。
『この大砲……ライフリング(銃身内の螺旋状の溝)なんて刻めないただの鉄パイプだから、命中精度は最悪なのよね。……なら、絶対に外さない距離(ゼロ距離)で撃つしかないわ!』
「グァァァァァァッ!!」
烈風の怪鳥が、標的であるミィを風の刃で切り裂こうと、猛スピードで急降下してくる。
ミィが大砲の脇へダイブして身を隠したその瞬間、巨大な怪鳥の顔が大砲の銃口の真正面に迫った。
「チェックメイトですわ」
シャルロッテは、無属性魔石の粉末(黒色火薬)が大量に詰まった後部の着火穴に、迷わず火を放った。
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
山全体を揺るがすような、規格外の轟音と爆発。
銃口から噴き出した凶悪な火柱と大量の散弾(その辺で拾った石の詰め合わせ)が、ゼロ距離で烈風の怪鳥の顔面を捉えた。
「グギャァァァァァ——」
断末魔の悲鳴すら爆音にかき消され、烈風の怪鳥の巨大な体は木っ端微塵に弾け飛んだ。
同時に、大砲本体に凶悪な反動が襲いかかる。
「伏せて、ミィ!」
シャルロッテが叫ぶと同時、バキバキバキッ! という凄惨な破壊音と共に、カートを固定していた太い金属杭がひしゃげ、車輪が粉々に砕け散った。
大砲本体は猛烈な勢いで後退し、岩肌を深く抉りながら数メートル後方でギリギリ停止した。
もし事前の杭打ちの固定が甘ければ、後ろにいたシャルロッテもろとも大砲の質量で挽肉になっていたほどの反動である。
ピロリン♪
《エリアアナウンス:第4エリアボス『烈風の怪鳥』が討伐されました!》
「げほっ、ごほっ……! し、死ぬかと思いました……」
もうもうと立ち込める煙の中、煤まみれになったミィが地面から這い出てくる。
「お疲れ様ですわ、ミィ。見事な囮でしたわよ」
シャルロッテは優雅に微笑みながら、ボスの残骸の中心に転がっている緑色の石——『風属性魔石』を拾い上げた。
「やったぁ……これで第4エリアもクリアですね! ボスの素材、高く売れるといいなぁ」
ミィが周囲を見渡すが、そこにはただ大きなクレーターと、黒焦げになった地面、そしてバラバラになった大砲の台車が広がっているだけだった。
「……あれ? ボスの羽根とか、お肉とか……ドロップ素材はどこですか?」
「あら。そんなもの、この爆発のエネルギーを至近距離で浴びて、残っているわけがありませんわ」
シャルロッテはさらりと、しかし極めて重い現実を口にした。
「……えっ?」
「あのね、ミィ。このゲームは無駄に物理演算がリアルなんですの。オーバーキルすぎる爆発を当てれば、全て炭と化して吹き飛んでしまいますのよ」
シャルロッテは手元の『風属性魔石』を見つめながら、大きなため息をついた。
『……これじゃあ、完全な赤字よ。大砲の一撃に使う大量の魔石粉末と、壊れた台車の修理費。それに対して、得られるリターンが魔石一つだけなんて少なすぎる。爽快感は最高だけど、コスパが悪すぎるわ』
「ええええっ!? じゃあ私たち、魔石粉末(お金)を大量に消費して、命がけでボスの核を削り取ってるだけってことですか!? まったく黒字になってないじゃないですか!」
ミィが頭を抱えて悲鳴を上げる。
「ええ、その通りですわ。ですから……これからは、少し『やり方』を変えなくてはなりませんの」
シャルロッテは拾ったばかりの風属性魔石を地面に置き、いつものように手頃な石を振り上げた。
ガリッ、ゴリゴリゴリゴリ……!
「ああっ! せっかくの赤字の補填になるはずの素材が!!」
ミィの悲鳴を無視して、シャルロッテは風属性魔石を粉末状にすり潰していく。
『さぁ、ここからが本番よ! システムAIへの申請!』
シャルロッテは虚空にウィンドウを展開し、システムに新たな物理法則の適用をプレゼンした。
『風属性魔石の粉末における、急速気化および膨張法則の適用申請! 粉末に衝撃や摩擦を加えると、瞬時に気化して莫大な体積の空気(風)に変わるものとする!』
《システム通知:新規物理法則の適用が承認されました》
「よし……!」
シャルロッテはその極微量の粉末を金属の小瓶に入れ、軽く蓋をして衝撃を与えてみた。
ポンッ!!
蓋が勢いよく空高く吹き飛んだ。
『……やっぱり! 燃焼を伴わないクリーンな空圧動力源になるわ! これなら、密閉空間で削ることで強力な動力を生み出せる……ッ!』
シャルロッテの脳内で、次々と新たな兵器と機械の設計図が組み上がっていく。
「ミィ、拠点に戻りますわよ! 大至急、試作したいものがありますの!」
シャルロッテの目が、再び狂気的な光を帯びていた。
***
【現実:2026年10月4日(日)夕方】
街の外れの作業場。
シャルロッテは、自身が特許を取得した『魔石合金(金属近似素材)』を用いて、複雑な形状のパーツを成型していた。
「シャルロッテさん、今回は爆弾じゃないんですね。何を作ってるんですか?」
「これは『コンプレッサー(圧縮機)』ですわ」
シャルロッテは、円筒形の金属ケースの中に、歯車のような部品を組み込んでいく。
「風魔石の粉末をこの密閉容器の中で削り続けることで、発生した空圧が歯車を回し、強力な動力を生み出す……夢の永久機関(※魔石が尽きるまで)ですわ!」
『コンプレッサーの動力機構に関する特許申請!』
《システム通知:特許第8号が承認されました》
「これで、手回しじゃない自動の動力が手に入りますわ! これを土台にすれば……」
シャルロッテは意気揚々と、完成したコンプレッサーの試作機に風魔石をセットし、起動させた。
シュルルルル……プシュゥゥゥゥッ……。
「……あら?」
勢いよく回り始めた歯車だったが、すぐに金属の隙間から空気が盛大に漏れ出し、ガコンッという鈍い音と共に停止してしまった。
「止まっちゃいましたね……?」
「…………」
シャルロッテは無言でコンプレッサーを分解し、パーツの噛み合わせを確認する。
その表情から、いつもの余裕が消え去っていた。
『……ダメね。完全に空気が漏れてる』
シャルロッテは、自分の小さな6歳の両手を見つめた。
『理論は完璧。図面も頭の中にある。でも……私の手作業(DIY)じゃ、限界があるんだわ。こんな複雑な機械部品、ミリ単位……いや、それ以上の精密な加工精度がなきゃ、まともに機能するはずがない』
これまでの爆弾や大砲は、ただの「頑丈な筒」を作ればよかった。
しかし、ここから先の近代兵器や機械を作るためには、圧倒的な『精度』という壁が立ち塞がっていた。
「……ミィ。わたくしたちには、方針転換が必要ですわ」
シャルロッテは真剣な顔でミィに向き直った。
「これ以上の範囲爆破や大砲は、素材を損壊させる上に魔石の消費が激しすぎます。これからは、最小限の火薬(魔石粉末)で、死体を損壊させず、急所だけをピンポイントでブチ抜く兵器が必要不可欠ですの」
「急所だけをブチ抜く兵器……?」
「ええ。つまり『銃』ですわ。それも、命中精度が極めて高い『ライフル(施条槍)』ですの」
シャルロッテは地面に木の枝で、スマートな形状の小銃の図面を描き始めた。
「ですが、銃身の内部に螺旋状の溝を刻み、完璧な気密性を持つ薬室を作るには、金属を精密に削り出す『旋盤(工作機械)』が必要ですの。そして旋盤を動かすには、さっき失敗したコンプレッサーの完成が必須……」
「ええと……つまり?」
「わたくしたちの頭脳だけでは、もう限界ということですわ。……この狂った図面を、ミリ単位で再現できる、本物の『職人』が必要ですの」
シャルロッテは立ち上がり、夕闇が迫るアルトリア王国の街並みを見下ろした。
「探しに行きますわよ、ミィ。わたくしたちの兵器開発を次の次元へ引き上げてくれる、最高の鍛冶師を!」




