第4話:本格的な爆弾とジークの思想
【現実:2026年10月3日(土)午前】
ドッガァァァァァァァァン!!!
ズドォォォォォォォォォン!!!
週末の朝。
アルトリア王国の各エリアに、今日も規則正しい爆発音が響き渡っていた。
「……終わりましたわね。ミィ、魔石の回収をお願いしますわ」
「はいはい、回収ですねー。……って、もう嫌だぁぁぁ!」
第3エリアの荒野で、土埃にまみれたミィが天を仰いで叫んだ。
土曜日の朝からログインした彼女たちが行っていたのは、「日課」である。
「先輩、初日から毎日毎日、ログインするなりエリアボスを1から3まで順番に出待ち爆破して回るの、流石に作業感強すぎませんか!?」
「文句を言わないの。このゲームの1日は現実の1週間に相当するのですから、毎日『1日の成長限界』までステータスを上げるのは基本中の基本ですわ」
シャルロッテは優雅にハンカチで額の汗を拭いながら、事もなげに言う。
「圧倒的な暴力でボスを狩り続け、最速でその日のステータス上昇上限を叩き出し、余った時間で開発と素材集めを行う」。
それが、彼女が構築した最も効率的なルーチンワークだった。
「さぁ、今日のステータス上げは終わりましたわ。拠点に戻って、開発の続きを行いますわよ!」
***
【現実:2026年10月3日(土)午後】
「……シャルロッテさん。あの、手に持っているその物騒な鉄の筒は、一体なんでしょうか? 昨日のダイナマイトじゃないんですか?」
街の外れに確保した作業場で、ミィが引きつった笑いを浮かべて尋ねた。
「あらミィ、お疲れ様ですわ。これは『パイプ爆弾』ですの」
金髪の縦ロールを揺らす6歳の幼女、シャルロッテは、自身の背丈の半分ほどもある太い金属製のパイプを愛おしそうに撫でていた。
昨日特許を取得した『魔石由来の金属近似素材』を応用し、シャルロッテは手作りで強靭なパイプを成型したのだ。
「昨日作ったダイナマイトは極めて安定している反面、起爆用の雷管……つまり意図的に強い熱や衝撃を与える仕組みがないと、敵に投げた程度では爆発してくれませんのよ」
「はぁ……なるほど。じゃあ、そのパイプの中身は?」
「ええ。ですからこの頑丈な金属パイプの中には、衝撃に極めて敏感な『火属性魔石の粉末』を、そのまま隙間なくギッチギチに詰めてありますの。敵に勢いよく投げつけるだけで、勝手にドカン! ですわ」
シャルロッテはニッコリと、天使のような無垢な笑顔を浮かべる。
「えっ……? それって、ちょっと落としただけで爆発するってことですよね!? 鞄に入れて持ち運ぶんですか!?」
「当然ですわ。背中のリュックにたっぷり詰めていきますのよ」
「ダメですよ!! このゲームの鞄に、衝撃を吸収したり時間を止めたりする魔法の機能なんてないんですよ!? ただの物理的な袋ですよ!?」
ミィの悲鳴に近いツッコミに、シャルロッテはふふっと笑った。
「ええ、存じておりますわ。もし道中で転んだり、リュックをどこかに強くぶつけたりすれば、その瞬間に大爆発を起こして私たちごと木っ端微塵ですわね」
「笑顔でなんてこと言うんですか!! 死亡したら、ペナルティで所持金と総資産の10%をシステムに没収されるんですよ!? 爆弾魔の令嬢が自爆なんて、笑い話にもなりません!」
絶対に転べない呪いのアイテム(自作)を前に、ミィは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「心配ご無用ですわ、ミィ。わたくしとミィは、オフライン中のアバター訓練設定を『五感』と『柔軟性』に全振りしておりますの。この完璧なバランス感覚があれば、平地で転ぶなどあり得ませんわ!」
「幼女が訓練しても、簡単に転んでしまいますよ!……そもそも、そういう問題じゃないです! もう嫌だこのお嬢様、火力の代償が自分の命になってる……」
ミィが嘆く中、シャルロッテはパイプ爆弾の量産を終え、さらなる大物——『大砲の砲身』となる巨大な金属筒の成型に取り掛かっていた。
「さぁて、次はこれの乾燥と仕上げですわね。一晩寝かせれば、明日の朝には完成しますわ」
***
【現実:2026年10月3日(土)夜】
その頃、アルトリア王国の別のエリア。
鬱蒼と茂る森の中、水飛沫が舞い散る第2エリアのボス部屋にて、歓喜の声が上がっていた。
「よし! 第2エリアボス『水の精霊』、討伐完了だ!」
銀色の鎧に身を包んだ長身の青年——アバター名『ジーク』が、手にした両手剣を振り下ろしてボスの核を砕いた。
彼の背後には、同じく熟練の動きを見せる十数名のプレイヤーたちが控えている。
「さすがジークさん! サービス開始からまだ3日目なのに、もう第2ボスを倒すなんて!」
「βテスト経験者は伊達じゃないですね!」
仲間たちの称賛を浴びながら、ジークは涼やかな笑みを浮かべて剣を鞘に収めた。
彼はβテスト時代から名を馳せるガチ勢であり、「王道ファンタジー」をこよなく愛するプレイヤーであった。
「みんなの協力があってこそだ。……よし、これでボス討伐報酬の『ギルド設立権』が手に入った。早速、ギルドを設立するぞ」
ジークが虚空に向けてシステムウィンドウを操作する。
《システム通知:ギルド『竜の盟約』が設立されました! サーバー内設立順位:第2位。》
「……ん? 第2位?」
ジークの指がピタリと止まる。
仲間たちも顔を見合わせた。
「おい、サーバーで2番目だってよ。誰だ、俺たちより早くギルドを作った奴は?」
「βテストの最速記録すら更新してるペースだぞ? あり得ないだろ……」
ジークは眉をひそめ、ギルドランキングの掲示板を開いた。
そこには、トップに君臨するギルド名が記されていた。
『第1位:黒百合工房(匿名設定)—— ギルドレベル:3』
「なっ……レベル3だと!? ギルドを設立しただけでなく、すでに莫大な資金か実績を積んでいるというのか!?」
ジークの驚愕の声に、周囲の空気がピンと張り詰める。
このゲームにおいて、プレイヤー自身は魔法を使うことができない。身体能力と物理法則の限界の中で、いかに知恵を絞り、武器を振るうかが求められる。
それゆえに、進行スピードにはどうしても物理的な限界があるはずだった。
「一体、どんな方法で……?」
ジークは、システムの『特許公開一覧』のタブを開いた。
新たな「特許(発明・製法)」が承認された場合、その概要はすべてここに公開される仕様になっているのだ。
(特許の根本となる事が多い「物理法則」の追加自体は申請者にしか通知されない秘匿事項であるが、この特許リストを見れば、どんな常識外れの発明がまかり通っているのかは一目瞭然だった)
「……なんだ、これは」
ジークの目が、ずらりと並んだ不自然な特許名の羅列に釘付けになった。
『【特許第1号】魔石式発破薬(黒色火薬近似)の製法』
『【特許第2号】魔石式衝撃起爆薬の製法』
『【特許第3号】魔石式急速硬化セメントの製法』
『【特許第4号】魔石由来の金属近似素材(魔石合金)の製法』
『【特許第7号】魔石式ダイナマイト(固体爆薬)の製法』
「……火薬、セメント、金属素材……ダイナマイトだと?」
ジークの口から、信じられないものを見るような声が漏れる。
仲間たちもその画面を覗き込み、どよめきが広がった。
「誰だか知らないが、現実の化学知識を持ち込んで、この世界で爆薬や金属を作ってるプレイヤーがいるってことか……!」
「だから俺たちより攻略が早いのか! ボスを爆殺してるんだ!」
焦りや動揺の声が広がる中、ジークはフッと息を吐き、ウィンドウを閉じた。
その瞳には、揺るぎない強い光が宿っていた。
「皆、聞け!」
ジークの通る声が、ざわめきを一瞬でかき消す。
「確かに、この世界は現実の科学や物理も通用するらしい。未知の技術で特許を取り、爆薬で敵を吹き飛ばす……それはそれで一つの最適解なのかもしれない」
ジークは拳を握り締め、力強く宣言した。
「だが、忘れるな! 俺たちプレイヤーは魔法が使えないが、この世界に生きるモンスターたちは純粋な『魔法』を行使する!」
ジークの視線の先には、先ほど討伐したばかりのボスの残骸——魔力が結晶化した美しい水属性魔石があった。
「所詮、科学は物理の枠を出ない。この世界の真理は、未知の魔法と、その魔法を操るモンスターのテイムにあるはずだ! モンスターと心を通わせ、使役し、俺たち自身が魔法の力を振るう! それこそが、このゲームが用意した真のロマンだ!」
仲間たちの目に、再び熱い炎が灯る。
「俺たち『竜の盟約』が最前線を切り拓き、最強のテイマー部隊を作り上げるぞ! 爆弾魔になんて、後れを取るな!」 「おおおおおっ!!」
森の中に、士気の高い歓声が響き渡る。
ジークのカリスマ性に導かれ、彼らは王道ファンタジーの覇道を突き進む決意を新たにした。
***
【現実:2026年10月4日(日)午前】
「た、大砲ぉ……? 先輩、私たちがやってるの、本当にMMORPGですよね……? 戦争シミュレーターじゃないですよね……?」
明けて日曜日。
爽やかな朝の陽光が差し込む中、大八車のような手作りのカートに巨大な「金属の筒」をくくりつけ、鼻歌交じりに荒野を進む幼女がいた。
その後ろを、剣士のはずなのに荷引きを手伝わされる少女が、涙目でついていく。
二人の背負うリュックには、少しでも転べば即座にデスペナルティとなる『衝撃起爆式のパイプ爆弾』が限界まで詰め込まれている。
「さぁミィ! パイプ爆弾の量産もある程度終わりましたし、いよいよこの『大砲』のテストを行いますわよ! 第4エリアへ向かいますわ!」
二人の歩む道には、ただ純粋な破壊の香りだけが漂っていた。




