第14話:視点変更:目撃者ジーク
【現実:2026年10月11日(日)午後】
「盾役、持ち堪えろ! ヘイトを俺に集めるんだ!」
アルトリア王国、第4エリアの山岳地帯。
吹き荒れる強風の中、長身の剣士ジークの力強い号令が響き渡る。
「グギャァァァァァァァァッ!!」
上空を旋回し、強烈な風の刃を放ってくるのは、第4エリアのレアモンスター『暴嵐の飛竜』。
その眼下では、ジーク率いるギルド『竜の盟約』の数十名にも及ぶ大規模な討伐隊が、統率の取れた見事な陣形を敷いていた。
「よし、飛竜のスタミナが落ちてきた! このまま高度を下げさせろ!」
「ジークさん、いけます! 今ならテイム圏内です!」
仲間たちの声援を受け、ジークは銀色の鎧を輝かせながら一歩前へと進み出た。
彼の傍らには、第3エリアで共に戦った真紅の狼『フレアウルフ』や、これまでにテイムしてきた数匹の強力なモンスターたちが付き従っている。
『……暴嵐の飛竜。ここでこいつをテイムできれば、俺たちはついに「空の移動手段」と「空対地魔法」という最強の力を手に入れることができる!』
ジークの瞳に、王道ファンタジーの主人公にふさわしい、熱く強い光が宿る。
サービス開始から10日。彼ら『竜の盟約』は、正攻法の物理戦闘とモンスターのテイムを繰り返し、サーバー屈指の大所帯へと成長していた。
レベルという概念がないこの世界において、これほどの大軍団が息を合わせて強敵を削り、追い詰めるのは至難の業だ。しかし彼らは、ジークのカリスマ性と、βテスト時代からの経験で見事にそれを成し遂げたのである。
「さぁ、降りてこい……! 誇り高き空の覇者よ、俺たちと契約しろ!」
ジークは両手剣を地面に突き立て、飛竜へ向けて両手を広げた。
テイムを行うための、無防備な儀式の姿勢。
ダメージを蓄積させられ、抵抗する力を失いかけていた暴風の飛竜が、ジークの気迫に押されるように、ゆっくりと高度を下げてくる。
『いける……! 俺たちのロマンが、この世界で最強だと証明される瞬間だ!』
仲間たちも固唾を飲んで見守る中、飛竜の巨大な影がジークを覆い隠そうとした。
——その、瞬間だった。
ドスッ……!!
何かが、生肉を分厚く叩き潰すような鈍い音。
魔法陣の輝きも、魔力の波動も、一切の前触れもなかった。
「……え?」
ジークの目の前で。
彼が手を伸ばし、まさに心を通わせようとしていた暴嵐の飛竜の胸元——魔法の力の源である『核』が、内側から弾け飛んだ。
「ギャァァァァァァァッ!?」
飛竜は目を剥き、あり得ないほどの大量の鮮血と光の粒子を撒き散らしながら、断末魔の悲鳴を上げた。
核を失い、飛行の魔法を維持できなくなった巨体が、ジークの頭上を越えて後方へと錐揉み状態で落下していく。
ズドォォォォォンッ!
遥か遠くの斜面に飛竜が激突し、巨大な土煙が舞い上がった。
「「「…………」」」
その場にいた『竜の盟約』の数十名のプレイヤー全員が、何が起きたか分からず、完全に硬直した。
ジークは、広げた両手のまま固まっていた。
空から降ってきた、飛竜の血の雨を浴びながら。
直後。
バァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
遥か遠く——彼らの視界すら届かない、はるか先の山頂の方角から、空気を切り裂くような乾いた雷鳴が遅れて轟いた。
「な……んだ、今の音は……?」
ジークが呆然と呟いた直後、上空から無機質なシステムアナウンスが降り注いだ。
ピロリン♪
《エリアアナウンス:第4エリアのレアモンスター『暴嵐の飛竜』が討伐されました! 討伐者:黒百合工房(匿名3名)。》
「……くろゆり……こうぼう……?」
「おい、嘘だろ。あそこ、サーバー1位のギルドじゃないか……」
「討伐者って……じゃあ、今のは、あいつらの攻撃だったってのか!?」
仲間たちがパニックに陥る中、ジークは飛竜の胸が弾け飛んだ瞬間の光景を、自身の脳内でスローモーションのように再生していた。
『魔法陣は展開されなかった。炎も、光も、エフェクトは何も無かった。ただ、飛竜の胸の核だけが、突然見えない何かに穿たれた。……そして、あの遅れて聞こえてきた破裂音』
ジークは、以前システムの特許一覧で見た不気味な文字列を思い出した。
『魔石式発破薬』『魔石合金』『ダイナマイト』。
現実の化学知識を持ち込み、爆薬や金属を作っていた狂気のギルド。
『まさか……。あの特許の知識を使って、ただの爆弾ではない、何か別の兵器を作ったというのか……!?』
ジークは震える目で、音が聞こえてきた遥か彼方の山頂を睨みつけた。
「剣も、魔法も届かない……視界にすら入らないアウトレンジからの……見えない一撃……」
ジークの口から、絶望とも、驚愕ともつかない乾いた声が漏れる。
「黒百合工房め……。ファンタジー世界に、長距離狙撃を持ち込んだというのか……!?」
彼ら『竜の盟約』が何十人も集まり、何日もかけて緻密な戦術を練り、命がけで追い詰めた飛竜。
その努力とロマンの結晶を、姿すら見せないたった数名のプレイヤーが、遠くから引き金を引くという「作業」だけで横取りしたのだ。
「……ふざけるな……。ふざけるなぁぁぁぁっ!!」
ジークの悲痛な叫び声が、荒涼とした山岳地帯に虚しく響き渡る。
王道ファンタジーの主人公が思い描いていた輝かしい未来が、火薬と鉛の匂いと共に、理不尽な科学の暴力によって完全に叩き潰された瞬間であった。




