第15話:午前0時の入金と忍び寄るナーフ
【現実:2026年10月11日(日)夜】
「……というわけで、飛竜の素材はこれまでのボスとは桁違いの高値で売れましたわ。薬莢の材料費と魔石回収の手間を差し引いても、莫大な黒字ですの!」
アルトリア王国の職人街、クロムの鍛冶工房。
現実世界では日曜日の夜。ゲーム内では夜明けを迎えた街で、シャルロッテはホクホク顔で売上金の計算をしていた。
「いやぁ、本当にたまげたぜ。まさかあんな豆粒みたいな距離から、ボスの急所をピンポイントで撃ち抜くなんてな」
クロムは完成したばかりのライフルを布で磨きながら、思い出し笑いをしている。
「あれなら、俺が徹夜して弾薬を量産する価値もあるってもんだ。旋盤の数も増やして、本格的な量産ライン(ファクトリー)を組もうぜ、マスター!」
「ええ、頼りにしていますわよ、クロムさん!」
意気投合する「黒百合工房」の二人。
その傍らで、8歳の新米剣士ミィは、完全に遠い目をしながら虚空を見つめていた。
『……さっき街の掲示板で、大所帯のギルドの人が「空からの見えない一撃に飛竜を横取りされた!」って泣き叫んでたけど……絶対に私たちのことですよね。あああ、ついに他人のヘイトまで買い始めちゃった……』
「ミィ? どうしましたの、そんな暗い顔をして」
「……いえ。私、いつか他のプレイヤーからPKとして指名手配されるんじゃないかって、震えてるだけです」
ミィがため息をついた、その時だった。
ピロリン♪ ピロリン♪ ピロリン♪……!
突如、シャルロッテのシステムウィンドウから、電子マネーの決済音のような軽快な音が連続して鳴り響いた。
「あら。現実時間で【午前0時】を回りましたわね」
シャルロッテは優雅に紅茶を啜りながら、ウィンドウを開いた。
そこに表示された『口座残高』の数字を見たミィとクロムは、揃って目を剥いた。
「なっ……!? しゃ、シャルロッテさん! なんですかこの桁外れの金額は!?」
「お、おいおい、飛竜の素材を売った額の何十倍もあるぞ!? 一体どこからこんな大金が……!」
驚愕する二人に、シャルロッテはふふっと笑った。
「『特許使用料』ですわ」
「特許……ああ、あの『魔石式発破薬』とか『ダイナマイト』のか? でも、アルトリア王国じゃまだ誰も量産なんてしてないはずだろ?」
「ええ、この国ではね」
シャルロッテは、システムの世界地図を開き、アルトリア王国から遥か遠く離れた別の国家群を指差した。
「このゲームには、現実世界の『時差』がそのまま地理的な設定として組み込まれていますの。日本が深夜を迎えた今、地球の裏側にある北米やヨーロッパのプレイヤーたちは、まさに休日のゴールデンタイムを謳歌している最中ということですわ」
シャルロッテの青い瞳が、野心にギラリと光る。
「わたくしが取得した特許のリストは、全世界のプレイヤーに公開されていますのよ。……つまり、現実の化学知識と度量衡を持つ海外のガチ勢たちが、特許の仕組みを理解し、あちらのサーバーで一斉に『ダイナマイト』や『セメント』の大量生産を始めたということですわ!」
「ぜ、全世界のプレイヤーが特許を使うたびに……お金が入ってくる……?」
「ええ。しかも、この世界の国家間には為替相場が存在しますの。あちらの経済圏で大量消費が起きれば、為替の影響でこちらの口座に入る金額はさらに膨れ上がりますわ」
シャルロッテは、増え続ける口座残高をうっとりと見つめた。
「あはっ……あははははっ! これで資金繰りの心配は一切なくなりましたわ! クロムさん、設備投資は青天井ですのよ! 次はボルトアクションを『連発式』に改良するための、マガジン(弾倉)の開発に入りますわよ!」
「っしゃあ! やってやろうじゃねぇか!」
狂気の令嬢と、情熱の鍛冶師の笑い声が、夜明けの工房に響き渡る。
「……もうだめだこのギルド。世界経済まで牛耳り始めちゃった……」
ミィは頭を抱え、ただただ泣き言を漏らすことしかできなかった。
***
【現実:2026年10月12日(月)午前0時10分】
同時刻。
都内某所の『アビスジェネシス』運営モニタリングルーム。
「あかん……。完全に、ゲームの生態系がぶっ壊れとる……」
開発責任者の西宮涼は、充血した目でメインモニターを睨みつけながら、完全に魂が抜けたような声を漏らしていた。
「西宮リーダー。先ほど、第4エリアで『暴嵐の飛竜』が討伐された件ですが……ログを確認しました。魔法陣の展開なし。エフェクトなし。距離500メートルからの……純粋な物理運動エネルギー(狙撃)によるワンパンです」
部下のオペレーターが、同情するような声で報告を上げる。
「500メートルやと!? アホか! ここは中世ファンタジーやぞ!? なんで6歳の幼女が、ガチギルドが総出で追い詰めてたレイドボスを、遠くからスナイパーライフルで横取りしとんねん!」
西宮はデスクをバンバンと叩いて絶叫した。
「しかも、何やこの反動吸収のログは! オフラインで五感と柔軟性極めたせいで、物理エンジンの『反動による自爆ダメージ』を完全に相殺しとるやんけ! どんな変態的なプレイングやねん!」
「リーダー、それだけではありません。午前0時の決済処理が完了しましたが……『黒百合工房』のマスターの口座に、海外サーバーからの特許使用料が莫大な規模で流れ込んでいます」
別のモニターに、シャルロッテの資産グラフが表示される。
それは、垂直の壁のように真上へと跳ね上がっていた。
「……海外勢が、ダイナマイトの製法に気づいたんか」
「はい。現在、北米サーバーの第3エリアでは、あちこちで山が吹き飛んでおり、深刻な環境破壊が進行中です」
「終わった……。完全に、ファンタジー世界に産業革命と戦争の火種がばら撒かれてもうた……」
西宮は頭を抱え、デスクに突っ伏した。
ユーザーの妄想を現実にし、限界なき開拓を謳った『アビスジェネシス』。
しかし、その自由度の高さは、一人の狂気的な兵器オタクの令嬢によって、運営の想定を遥かに超える「近代兵器による無双」と「特許ビジネスによる経済支配」という最悪の形で具現化してしまったのだ。
「……リーダー。午前0時を回りました。予定通り、緊急の『補正パッチ』を適用しますか?」
部下の問いかけに、西宮はゆっくりと顔を上げた。
その目には、開発者としての意地と、悲壮な決意が宿っていた。
「……当てろ」
西宮は血の滲むような声で指示を出した。
「銃火器や爆薬といった『間接的な物理ダメージ』による討伐時の、ステータス上昇への寄与率を10分の1に引き下げる計算式を、全サーバーに適用や」
「実行します!」
部下がエンターキーを叩き、全プレイヤーの裏側で、密かに世界の物理システム(経験値の概念)が書き換えられた。
「これで、少なくとも『爆弾投げてるだけでステータスがカンストする』という異常な成長だけは防げるはずや……」
西宮はエナジードリンクを胃に流し込み、モニターの中で笑い合うシャルロッテのアバターを睨みつけた。
「金と兵器はくれてやる。せやけど、これ以上お前らを『最強のプレイヤー』にはさせへんぞ……! このファンタジー世界のバランスは、俺たち運営が意地でも守ったる……!」
——こうして。
銃火器によるステータス成長の大幅な弱体化という、運営からの見えない逆襲が密かに忍び寄る中。
剣と魔法の世界に「近代兵器」と「経済支配」をもたらした、清楚な令嬢シャルロッテの第一歩は、圧倒的な勝利と共に幕を閉じたのであった。




