第13話:荒野の試射(超長距離狙撃)
2026.10.18
暴風→暴嵐へ修正しました。
【現実:2026年10月11日(日)午後】
アルトリア王国、第4エリアの山岳地帯。
荒涼とした岩肌を、強く冷たい風が吹き抜けていく。
「……見つけましたわ。上空、距離およそ500メートル。第4エリアの強敵、『暴嵐の飛竜』ですの」
切り立った崖の上。
岩陰に伏射の姿勢をとったシャルロッテは、その小さな肩に『魔石式ボルトアクションライフル』のストックをしっかりと押し当てていた。
「ご、ごゃくメートル!? シャルロッテさん、いくらなんでも遠すぎますよ! そんなの、絶対に届かない距離じゃないですか!」
背後で身を屈めていたミィが、驚きの声を上げる。
隣でしゃがみ込んでいるクロムも、信じられないという顔で遥か上空を旋回する飛竜の影を見つめていた。
「俺の視力じゃ、豆粒にしか見えねぇぞ……。おまけに、お嬢ちゃんが作ったそのライフルには、スコープなんて付いてないんだろ?」
「ええ、付いているのは銃身の先端と手前にある、ただの金属の突起だけですわ。……ですが、十分ですの」
シャルロッテはゆっくりと深呼吸をし、スコープの無い簡素な照準器の向こうに、豆粒ほどの飛竜を捉えた。
『この日のために、オフライン訓練の50%を【視覚・聴覚の極限集中(五感)】に全振りしてきたのよ。人間の限界を超えたこのアバターの目なら、500メートル先の飛竜のウロコの隙間すら、はっきりと捉えられるわ……!』
シャルロッテの青い瞳孔が、カメラのレンズのようにキュッと収縮する。
システムにステータスとして認められた「極限の視力」が、標的の姿を鮮明に脳内へと映し出していた。
「……装填しますわ」
シャルロッテは右手をボルトのハンドルに掛け、上に跳ね上げて手前に引いた。
そして、クロムが削り出した真鍮の薬莢——その底部に、極めて不安定な『代替雷管』を仕込んだ実包を、薬室の入り口にそっと置く。
『ここからが正念場……! 代替雷管の「摩擦・衝撃起爆」のガバガバな物理法則を、システムAIに強引に通過させてある。でも、ボルトを押し込んで薬室に密閉する時の「摩擦」や「衝撃」が閾値を超えれば、その瞬間に暴発して私の頭と、この美しいライフルは消し飛ぶわ』
シャルロッテの額に、冷たい汗が滲む。
彼女は息を止め、ミリ単位の力加減でボルトを前方に押し込んだ。
カチャリ……。
金属と金属が擦れ合う、冷徹な音。
実包が薬室の奥へと滑り込む。
『優しく……でも、確実に閉鎖する……!』
シャルロッテはボルトのハンドルを右へ倒し、ロッキングラグを完全に噛み合わせた。
……暴発は、起きない。
「……っはぁ」
シャルロッテは小さく息を吐き出し、引き金のガードに指をかけた。
「装填、完了しましたわ。これより、狙撃を行いますの」
「お、お嬢ちゃん……。本当に撃つのか? その爆発エネルギーが、お前のその6歳の小さな肩に全部のしかかってくるんだぞ? 肩の骨が粉々に砕け散って、即死してもおかしくねぇ……!」
クロムが血相を変えて止める。
質量のある大砲ですら、強固な金属杭をへし折って後退したのだ。
それを、たかだか体重20キロ程度の幼女の体一つで受け止めるなど、物理法則が支配するこの世界では完全に自殺行為だった。
「クロムさん。わたくしの計算と、あなた自身の『クロム尺』の精度を信じなさいな」
シャルロッテの目は、完全に狩人のそれへと変わっていた。
『標的までの距離500メートル。横風、秒速3メートル。ライフリングの回転による弾道の右逸れ(スピンドリフト)と、重力による弾道落下を計算……。照準を、標的の頭上・左側へオフセット……!』
脳内で凄まじい速度の弾道計算が行われていく。
『そして反動……。オフライン訓練の残り50%、【関節の可動域拡張および衝撃緩和(柔軟性)】に全振りしたこのアバターの体を、柳のようにしならせる。肩、背骨、腰の全てを使って、凶悪な反動エネルギーを後方へと受け流す……!』
「風が……止まりましたわ」
シャルロッテの指が、引き金をゆっくりと、しかし確実に絞り込む。
カチッ、と撃針のロックが外れる音がした。
直後。
バァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
山岳地帯の空気を切り裂く、乾いた、しかし圧倒的な破壊力を伴う破裂音が響き渡った。
銃口から噴き出した閃光と共に、音速を遥かに超える初速で金属の弾丸が射出される。
そして同時に、後方へ向かって発生した強烈な反動が、シャルロッテの小さな右肩を容赦なく襲った。
「ぐっ……ぅぅぅぅぅっ!!」
シャルロッテの体全体が、まるでゴムまりのようにぐにゃりと大きく波打つ。
物理エンジンがもたらす極めて正確な衝撃エネルギーを、彼女はシステム上で極限まで高めた『柔軟性』と、全身の関節のバネを総動員して、背後へと完全に逃がし切った。
「ウ、ウソだろ……!? あの反動を、幼女が殺し切りやがった……!」 「シャルロッテさん!!」
クロムとミィが叫ぶ中。
遥か500メートル先の上空では、遅れてやってきた「死」が標的を捉えていた。
「ギャァァァァァァァァァァッ!?」
ライフリングによって強烈なジャイロ回転を与えられた弾丸は、空気抵抗を切り裂き、寸分の狂いもなくストーム・ワイバーンの胸元——魔法の力の源である『核』を正確に撃ち抜いていた。
核を物理的に粉砕された飛竜は、魔法の維持ができなくなり、断末魔の悲鳴を上げながら重力に従って錐揉み状態で落下していく。
ズドォォォォォンッ!
遥か遠くの山の斜面に、飛竜の巨体が激突して土煙を上げた。
ピロリン♪ 《エリアアナウンス:第4エリアのレアモンスター『暴嵐の飛竜』が討伐されました! 討伐者:黒百合工房(匿名3名)。》
「……ふぅ」
シャルロッテはゆっくりと上体を起こし、ジンジンと痺れる右肩をさすった。
そして、再びボルトのハンドルを握り、上に跳ね上げて手前に勢いよく引く。
チャリンッ……!
空になった真鍮の薬莢が排莢され、岩肌に落ちて美しい金属音を響かせた。
「……命中ですわ」
その静かで、しかし絶対的な威厳に満ちた言葉に。
ミィとクロムは、言葉を失ってへたり込んでいた。
「剣も……魔法も、一切届かないアウトレンジからの……一方的な虐殺……。なんだよこれ……こんなの、ゲームの概念が変わっちまうぞ……」
クロムは、床に転がった空の薬莢を拾い上げ、ガクガクと震える手で見つめた。
それは、騎士の誇りも、魔法の神秘も、全てを無に帰す「近代兵器」の圧倒的な暴力の証明だった。
「シャルロッテさん……私たち、とんでもない物を作っちゃったんじゃないですか……?」
ミィが青ざめた顔でシャルロッテを見上げる。
「あら、素晴らしいことですわよ? ミィ、見てごらんなさい」
シャルロッテは、遥か遠くの斜面に墜落した飛竜の死体を指差した。
「大砲の時とは違い、死体が木っ端微塵になっていませんの。弾丸が急所だけをブチ抜いたおかげで、魔石だけでなく、高く売れる飛竜のウロコや皮、お肉といった『解体素材』が綺麗に残っていますわ!」
シャルロッテの青い瞳が、キラキラとお金のマークに輝く。
「火薬の消費量は大砲の100分の一以下! なのに得られるリターン(素材)は最大化! これでついに、私たちの事業は黒字化しますわ!」
「お、お金の話!? 命のやり取りの感動とかじゃなくて!?」
ミィのツッコミを華麗にスルーし、シャルロッテはホクホク顔で立ち上がった。
『あははははっ! 完璧! 私の計算通り! オフラインの時間を全て無駄な柔軟体操と視力回復トレーニングに費やした甲斐があったわ! これでどんなエリアのボスでも、一方的に、そしてローコストで狩り尽くせる!』
狂気の令嬢は、硝煙の香りが漂うライフルを肩に担ぎ、優雅に微笑んだ。
「さぁ、クロムさん。ライフルの実戦データは取れましたわ。拠点に戻ったら、このライフルの『量産ライン』を構築しますわよ!」
「りょ、量産……!? これを俺一人で作るのか!?」
「ええ、もちろん! わたくしたち『黒百合工房』の産業革命は、まだ始まったばかりですのよ!」
高らかに笑うシャルロッテの声が、荒涼とした山岳地帯に響き渡る。
この日、中世ファンタジーの世界であるアルトリア王国に、決して後戻りできない「火薬と鉛の雨」が降り注ぐ前兆が、確かに刻み込まれたのだった。




