第12話:ストックの削り出しと歴史的組み立て
【現実:2026年10月11日(日)午前】
カンッ……カンッ……シュルルルル……。
アルトリア王国の職人街。
朝日が差し込むクロムの鍛冶工房には、これまでの激しい金属加工の音とは違う、小気味良い木を削る音が響いていた。
工房の中には、香ばしい木の匂いと、金属の錆止めに塗られた油の匂いが入り混じっている。
「……お嬢ちゃん、削り出しはこんなもんか? 重心バランスを考えて、銃身が収まる溝はギリギリまで薄く削ったぜ」
クロムが木屑を払いながら、作業台の上に置かれた細長い木材——ライフルの『ストック(銃床)』のベースとなるパーツを指差した。
「ええ、完璧な土台ですわ、クロムさん。ここから先は、わたくしの身体に合わせた最終調整になりますの」
シャルロッテはヤスリを手に取り、その木材に跨るようにして削り始めた。
「あのー、シャルロッテさん。なんでストックの長さや形にそこまでこだわるんですか? 先日作った大砲みたいに、適当な台車にくくりつけちゃダメなんですか?」
徹夜明けで目をこすりながら、ミィが温かいスープを啜りつつ尋ねた。
「全く違いますわ、ミィ。大砲と違い、ライフルは『身体の一部』として機能しなければならないのですのよ」
シャルロッテはヤスリ掛けの手を止め、ストックの肩に当たる部分をポンと叩いた。
「銃の命中精度を決めるのは、樽のような銃身ではありません。射手の構えやすさですわ。引き金から肩当てまでの距離、頬付けした時の照準線の高さ……これらが射手の骨格に完全に一致していなければ、どれだけ銃身の精度が良くても弾は当たりませんの」
シャルロッテはストックを拾い上げ、自身の小さな肩に当てて構えのポーズをとる。
「わたくしのこの『6歳の身体』は、大人に比べて腕が短く、肩幅も狭い。ですから、この専用ストックは極端に短く、かつ反動を逃がすために特殊な角度をつけて削り出していますの。……ミリ単位の妥協も許されませんわ」
『この幼女アバターで、現実世界と同じ、いやそれ以上の長距離狙撃を成功させる……。そのためには、オフライン訓練で高めた五感と柔軟性を活かすための完璧なインターフェース(ストック)が、絶対に必要不可欠なのよ!』
シャルロッテの眼差しは、一切の妥協を許さない狂気の技術者のそれだった。
木屑を被りながら、少し削っては構え、少し削っては構えを繰り返す。
数時間後。
シャルロッテはようやくヤスリを置き、満足げなため息をついた。
「……終わりましたわ。これでストックは完成ですの。いよいよ、歴史的な組み立てに入りますわよ!」
「おおっ……! ついに……!」
クロムがゴクリと唾を飲み込む。
ミィも、スープの椀を置いて作業台の前に身を乗り出した。
シャルロッテは、自身の手で削り出した専用ストックの溝に、クロムが徹夜で作り上げた金属の機関部(レシーバーと銃身)をゆっくりと落とし込んだ。
カツン……。
木と金属が、寸分の狂いもなく完璧に噛み合う音が響く。
そしてシャルロッテは、金属のネジ(これもクロムが魔石合金から削り出した特注品だ)を、慎重に、しかし力強く締め込んでいく。
「……これで、最後ですわ」
シャルロッテがボルト(閉鎖機構)を機関部の後方から挿入し、カチャリと回転させてロックした。
その瞬間。
剣と魔法のファンタジー世界に、かつて存在しなかった『異物』が産声を上げた。
鈍く黒光りする、鋭く長い魔石合金の銃身。
複雑な機構が詰め込まれた、機能美の塊であるボルトと薬室。
そして、それらを包み込むように滑らかな曲線を描く、幼女の体格に合わせて極端に切り詰められた木製のストック。
『魔石式ボルトアクションライフル(単発式)』。
それは、純粋な物理法則と、人間たちの執念だけが組み上げたまごうことなき『近代兵器』であった。
「……っ」
クロムは震える手を伸ばし、その完成品にそっと触れた。
冷たい金属の感触と、温かみのある木の感触。
「……信じられねぇ。本当に、VR空間の物理演算相手に、手作業でライフルを完成させやがった……」
クロムの目から、ポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「クロムさん……?」
ミィが驚いて声をかける。
屈強な30代の鍛冶師の男が、完成した銃を見つめてボロボロと泣いていた。
「俺は……素材の純度を極めて、最高の剣や鎧を鍛え上げるのが、このゲームの生産職のゴールだと思ってた。だが、違うんだな。複数の部品が、それぞれ計算し尽くされた役割を持ち、完璧に連動して一つの機能を生み出す……。この魔法の世界で、こんな狂った『機械工学』をプレイヤーの手で形にできるって分かっちまったら、もう単なる武具作り(ワンオフ)には戻れねぇよ……!」
クロムは両手で顔を覆い、生産プレイヤーとしての極限の達成感と興奮に声を震わせた。
『複雑な機構をゼロから組み上げる、機械工学の沼に落ちたわね……。ふふっ、これで完全にこちらの住人ですわ』
シャルロッテは優雅に微笑みながら、そっとクロムに近づいた。
「素晴らしい技術でしたわ、クロムさん。あなたの『クロム尺』と情熱がなければ、この兵器は絶対に完成しませんでしたの」
「お嬢ちゃん……」
クロムは顔を上げ、シャルロッテの青い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「頼む、お嬢ちゃん。……いや、マスター」
クロムは、工房の床に片膝をつき、恭しく頭を下げた。
「俺を、あんたのギルド『黒百合工房』に正式に入れてくれ。……こんなイカれた兵器を、この世界にこれからも作り出し続けるつもりなんだろ? なら、俺の鍛冶技術を全部あんたの妄想の実現に預ける。一枚噛ませてくれ!」
「えええええええっ!?」
一番驚いたのはミィだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいクロムさん! あなた、独自の度量衡まで作っちゃうような、アルトリア王国でもトップクラスのガチ生産職なんですよ!? なんでこんな、爆弾投げてキャッキャしてる狂った幼女のギルドに入ろうとするんですか!」
「お黙りなさいな、ミィ。これは歴史的な技術提携の瞬間ですわよ」
シャルロッテはミィのツッコミを華麗にスルーし、クロムに向けてシステムウィンドウを操作した。
《システム通知:プレイヤー『クロム』が、ギルド『黒百合工房』に加入しました。》
「歓迎いたしますわ、クロムさん。共にこの未開の世界に、産業と火薬の雨を降らせましょう」
「ああ、よろしく頼むぜ、マスター!」
ガッチリと固い握手を交わす、6歳の可憐な令嬢と、上半身裸の屈強な鍛冶師。
その傍らで、ミィは完全に頭を抱えていた。
「あああああ……。私のギルドが、完全に『ヤバい町工場』になっちゃった……。王道ファンタジーのギルドって、もっとこう、キラキラした仲間が集まる場所じゃないんですかぁ……」
***
感動の加入イベント(?)を終え、シャルロッテは完成したばかりのライフルをヒョイと持ち上げた。
「さぁ、感傷に浸っている暇はありませんわ。ミィ、クロムさん。準備をしてちょうだい」
シャルロッテの目に、再びギラギラとした狩猟者の光が宿る。
「今から、第4エリアの山岳地帯へ向かいますの。この『黒百合工房』の新たな力……一撃必殺の産声を、荒野に響かせてやりますわよ!」
フリルのついた可憐なドレス姿の幼女が、自身の背丈ほどもある凶悪なスナイパーライフルを背負う。
そのあまりにもシュールで、しかし絶対的な死を予感させる異様な姿に、ミィはただ引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。




