祈りのヴァーミリオン
パールトン、僕、お父さんを探すと決めたよ。
できたらパールトンにも手伝って欲しいんだ。
あ、そうそう。
お父さんと足の件で調べに来たブラックさんという刑事さんも協力してくれるって。
それでね、2人で足が落ちていたところを見に行ったんだけど、ハッキリこれといったものは見つからなかったんだ。
ただ、血液が石畳の隙間に入り込んでいるのが見つかってね、それが誰ものかをブラックさんが調べてくれるって。
僕、水魔法ってあんまり嬉しくなかったけど、石畳から血を取り出す時に水魔法をつかったんだ。
こういう役に立て方もあるんだって知れて嬉しかったよ。
パールトンが協力してくれるなら、僕も沢山調べるから言ってね。
◆
シロからパールトンと呼ばれるこの男は、ノートに残された手紙を読んで少し考えた。
シロは幼い…とはいえ、自分なりに行方不明の父を探すと決めたらしい。
とことん暇だった自分の生活の潤いとなってくれている恩もあるし、手助けもやぶさかではないが、自由に動ける身分でもない。
ならば間にもう1人助手が必要だろう。
なんせ子供なのだ。
簡単に思い浮かぶ父親の状況を推測しても、相手は誘拐犯か殺人犯か、家族から逃げている父親。
自分が手伝っても、1人で探すには危険も限界もあり過ぎる。
「ちょっとそこの君、ブラック刑事を呼んでくれないかな。」
丁度よくシロが信頼した公的機関の大人がいるならば、それを使わない手はない。
偶然にも自分はその手の人間を呼びつける事ができる立場にいるのだから、それも使わない手は、ない。
◆
ブラックはシロを送り届けた後に署へと戻り、得た情報の精査と証拠の分析を依頼してから自身のデスクへ帰る途中、上司に呼び止められた。
「ブラック、戻ったか。
捜査で忙しいだろうが悪いな、お偉いさんから呼び出しだ。」
はて。
貴族や有力商人などの権力者とは距離を置いていたブラックを呼び出す者の存在などいないはずだ。
それこそ目の前にいる上司ぐらいのものではないか。
「誰ですって?」
「だからお偉いさんだって。
ははは、ここ、警察署のVIPさ。
ほら、とっとと行って話を聞いてこい。」
上司が指差した方向を見て、ブラックは全てを理解した。
そもそも警官に用事があるような人間など限られているのだ。
シロの様な被害や、困り事のある人。
最初に思い浮かべた、私兵として使いたいお偉いさん。
そして、普通は向こうから関わり合いになりたくないと考えるだろうが、逆にわざわざ接してくるパターンもある。
まぁ、詰まるところ、加害者、犯人から。
犯行内容を喋るから身を守って欲しいだとか、良心の呵責に耐えかねてだとか、理由は様々。
ブラックを呼び出した「奴」のことを、上司はVIPと呼んでいた。
監獄へ送られず、警察署でそのまま収監されている時点で訳ありなのだが、その中でもVIPとなれば1人しかいない。
祈りのヴァーミリオン。
王家に仕えていた元聖職者である。
数年前、当時の王家が滅びかけた事件が起きた。
王や大臣が消えたあの日、駆けつけた兵士や警官がみたのは、血まみれの謁見室に1人佇んでいるヴァーミリオン。
もちろんすぐに確保され、状況から犯人と疑われた。
今だに彼が拘留期間を大きく声ながら警察署に拘束されている理由は二つ。
一つは、なにも話さないから。
事件の大きさの割に有効な証拠も得られず、唯一の証人となり得る彼を離れた監獄へと入れると、取り調べにくくなってしまう。
更に、彼の身を守る事が出来なくなってしまうのも問題があった。
彼の身を守る。
犯人と目される人物を守る必要などあるのだろうか。
しかし、必ず生きていてもらわなくては困るのだ。
証言とは別に、必ず。
それは彼の魔法が関わっている。
彼の魔法はとても珍しく、別の空間に物を保管する力がある。
死なれると、彼が保管してある貴重な品が失われる恐れがあるのだ。
◆
「やあ、わざわざ呼び出して悪かったね。
私の方から尋ねられたなら良かったのだけれど、そうもいかないから。」
長く拘留されている囚人とは思えないほど、身綺麗なヴァーミリオン。
ブラックは檻の前に置かれた椅子にどかっと腰掛ける。
不遜な刑事の振る舞いに、ヴァーミリオンは何も思ってない風に話を続ける。
「俺に何の用事だ、祈りのヴァーミリオン。
そう思っているのだろう?
いやね、頼みを聞いて欲しくてさ。」
ブラックは正直、今更この人物が何かを話し始めるはずなどないと、そう思っていた。
1人では到底行えない犯行。
7人は少なくともあの血溜まりの原因になっているらしい。
何も喋ることはなく、10年近い年月が流れている、ということは、共犯をかばっているか、逆に外に出れば共犯者に殺されてしまうと考えているのだろうというのが警察の見解であった。
「暇つぶしで呼んだのか、ヴァーミリオン。
話すなら担当の刑事を呼べよ。
一体何で俺を…。」
「君に用事があるからさ。」
ブラックは少し嫌な顔をしてヴァーミリオンを見る。
「アンタみたいな有名人に認識されているとは思わなかったな。
サインでもねだればいいか?」
ブラックの皮肉。
ヴァーミリオンは何故か嬉しそうに言葉を返す。
「ちゃんとブラック刑事へ、って書いてあげよう。
そうすれば、ほら、私の筆跡が分かって、捜査が進展するかも。」
「お前の筆跡なんて山ほど得ているよ。
毎週の様に本やらなんやら注文しやがって。」
ヴァーミリオンの独房には大きなソファがあり、机があり、トイレが別室になっている特別室だ。
容疑があり、重要参考人であるとはいえ、刑はない。
今の所、無口な聖職者であるというだけなので、快適に過ごせる様に手を回されているのだ。
「おかげさまで。」
もっとも、無口なのは事件のことに限るのだが。
ソファの周りに積まれた本。
机の上には人気店の菓子の紙袋を切り、名前がわかる様にカードの様に加工されたものが並べられている。
ブラックは自分よりも良い生活をしていると思われるヴァーミリオンを見て、複雑な気持ちになった。
「あぁ、紙袋、集めているのさ。
コレクション。
退屈なところだからね、これぐらいの趣味がないと。
色とりどりだし、綺麗だろう?
あぁ、ブラック君、君、恋人はいるかな?」
カードを扇の様に広げるヴァーミリオン。
ただでさえ担当している事件ではないのに呼び出されて不満であったブラック。
そんな相手によく分からないコレクションを自慢され、どうでも良くなり態度を崩した。
「いねぇよ。
いても言わねぇだろうがな。
お前、大量殺人犯の疑いが掛けられてんだぞ?
そんな奴に身内のことなんか話すかよ。」
「確かにね。
いや、こんな所に閉じ込めてるのは君らだろう?
何が出来るというのさ。
ま、いいや。
もし、恋人がいるなら、ここ。」
ヴァーミリオンはカードから一枚を抜き出し、ブラックの前に掲げる。
カードには、プリモアール、と書かれている。
「ここから大通りをまっすぐ抜けて、王城の方へ向かい、貴族街の手前にあるお店さ。
半個室で、プライバシーも保たれるし、横並びで座る席になっているからね、デートでおすすめだよ。」
「…あぁそうかい。
まずは良い女を紹介してくんねぇかな。」
「それは難しいね。
君は眉間に皺を寄せて、難しい顔をしていなければ整っているのだから、相手なんてより取り見取りじゃないのかな?
いいかい?
女性と接するコツはね…。」
聖職者であるはずなのに、女性について語り出すヴァーミリオン。
その言葉をブラックは遮った。
「余計なお世話だ。
お前と友達になりにきたんじゃねぇんだけどな、俺は。」
「そう言わないでおくれよ。
次にこのお店。
トイグリモアール。
ここはね、子供を連れて行くと喜ばれるよ。
ま、大人にも人気があるんだけどね、ケーキなんかが本を模していたりして目にも楽しいのさ。」
「…子供?」
「そう、14、5の少年なんて連れて行くと喜ばれるんじゃないかな。」
ブラックはヴァーミリオンと会ってからはじめて刑事の顔を見せる。
驚愕は、裏に隠して。
「…お前。」
「場所はね、噴水広場だよ。
獅子のレリーフのちょうど裏手さ。
その年代の友人がいるならば、誘って行ってみるといい。
おっと、そろそろ時間だね。
また遊びにおいでよ、ブラック刑事。」
友人。
それが誰を指しているか、ブラックは察した。
しかし、何故。
その答えを得る前に、面会は終了したのだった。




