水は流れ、いずれ見えなくなる
そういえば、著名なサージェント伯爵の魔法論はもう読んだかな?
彼の理論が授業に入り込むにはまだ早い年頃か。
前時代、戦時中にそれはそれは非道な実験を繰り返した人間でね。
特に有名なのは、2人で1つの魔法の共有という題目かな。
他人の魔力には干渉が出来ない。
これは一般常識と言えるよね。
それも理由が判明していてさ、人体に魔法に対する抵抗力があって、自分以外の魔力を受け入れにくい性質があるからと言われているんだよ。
魔力の性質的な特徴はもう習っているかもしれないね。
そう、だから、表面的な傷を癒す魔法が存在しても、体内の異常、病気を癒す魔法が存在しないのだという話なのさ。
他にも例えば、もし人が火魔法を受けたとして、燃え尽きる事はほとんど、いや、皆無といっていいかもしれない。
だけど、火葬にも魔法は使われていて、その際は簡単に骨まで焼き尽くしてしまうだろう?
生きている者には、魔法が効きづらいと。
他人の魔力を無意識に抵抗してしまうために、他人の魔力は扱えない、という訳だね。
そこでだ。
サージェント伯爵はこう考えた。
ならば他人同士の魔力を人為的に注入されたならば、親和性が出来て2人で1つの魔法が使えるのではないかと。
2人分の魔力を込められた魔法は、すごい力が出そうだろう?
1人では大したことがない魔法使いでも、2人分、発展していけば、100人で一つの魔法を使えるようになるかもしれない。
強いと言われる有名な魔法使いだって、普通の人の2倍も魔力があればとんでもないことで、魔力闘技大会を3連覇した事で有名な、あのマジックヤニスでさえも、常人の1.8倍ほどだというんだよ。
100人分なんて、どんな魔法が出来るのか想像もつかないよね。
◆
氷を発現したとはいえ、まぐれ。
それで片付けられないシロは、難儀な性格をしていると自分でそう思った。
「なんで…凍ったんだろう。」
事件の「おかげ」で奇妙な集中力が芽生えている自覚はある。
しかしながら、それは精神的なもの。
けっして地力が増したわけではないはず。
そして、今の自分では氷を生むには至らないと自覚もしている…はず。
そのはずなのに…。
「凄く、強い…魔力がある、気が、する。」
実習の時から感じていた、違和感。
それを辿れば自分の身体へと行きつく。
急激な魔力量の上昇は起こらないわけではない。
らしい。
例えば有名な逸話だと、風の魔術師でヴィンの初代王であるエクスは、ある晴天の日に雷に打たれても死ぬことはなく、それどころか風と雷、二属性の魔法が使える様になったという。
むくりと起き上がったエクスは、その魔力量自体も増え、やがて戦場で無双の働きをし、後に王になったという。
そんな話があるヴィン王国では、今でも晴れの日に雷が鳴ると英雄が生まれるなんて言うことわざがあるぐらいだ。
シロはもちろん晴天の雷に打たれてなどいない。
不可思議なことといえば足につまづいたことと、父が急に消えたことぐらい。
両方とも「そのぐらい」で終わらせるには衝撃的な出来事だったけれど、魔力量の変化に繋がる事柄かと考えると疑問だろう。
気持ち悪さの払拭の為に図書館で借りた、今の学年よりも更に先で習うだろう魔法学の本。
それをめくれども、ページは答えを教えてくれなかった。
まるで、神話や空想の様な方法でしか、自分に起きている出来事の説明が出来ないとでも言われている気分になる。
神に魅入られた。
また反して、悪魔に魅入られた。
瀕死の重症の後、急激に。
魔蜘蛛に齧られ、毒を克服した後に。
仙人が杖を頭にコツンと当てた。
壮絶たる努力の末に。
生贄を捧げて。
カンムラギ山の山頂の湧水を飲んだ。
予言する鳥を串で焼いて食べた。
内なる自分と対峙し、それに打ち勝った。
ある日急に、第3の目が開いた。
空を飛ぶ皿から出てきた光に包まれ、気がついたら。
剣が身体に飲み込まれていった。
敵軍で作った血の池に入浴した。
人魚の肉を食べた。
夢の蝶が教えてくれた。
そんな荒唐無稽が並ぶ。
家に帰り、真新しい赤い表紙のノートに取った雑多なメモを読み直しても、とてもヒントになりそうな事は書いてはいない。
シロはベッドへ寝転びながら考える。
思えば学校の勉強はなんと簡単なのだろうか。
答えはどこかに書いてあり、すぐにそれを理解出来なくても解説してくれる大人がいる。
それを問いかけるのは恥でも罪でもないし、それで何かを失うこともない。
「ふぅ。」
理解出来ないというのは、やっぱり気持ちが悪い。
自分の心が父の失踪よりも、その理由を求めている様に感じて、そんな軽薄さに自己嫌悪する。
ため息ついでに、もう一度指先に魔力を集める。
ただ、単なる魔力で、それを水に変化させない様に気をつけた。
寝転がりながら顔の前に集めているので、水の操作を誤るとベッドと顔が水浸しになってしまう。
だから、なんとなくそうしただけ。
それが良かったのかどうかは、分からない。
バサ、バサバサ。
「痛っ。」
何かがシロの顔に降って落ちた。
痛いと言いはしたけれど、実はそうでもない。
ぶつかった衝撃と意味のわからなさで、数秒動けずにいただけで、すぐに急いで身体を起こせる程度の痛み。
そして、原因を睨み付けことも。
「嘘でしょ。」
そこにあったのは、なくしたはずの学習ポーチ。
恐る恐る手に取ってみるも、間違いはないし、記憶にあるまま。
左隅に自分のサインがある。
使い慣れたマーキングペンと、使い古して小さくなったけれど、なんとなく捨てていない消しゴム。
真新しいノートと、その表紙になんとなく貼った垂れ耳の黒い犬が描かれたシール。
これらは無くなっていたはず。
確かに、ここ数日見当たらなかった。
母には言いづらくて、お小遣いでポーチも中身も新たに買い揃えた。
それが宙から、無から現れたとしか思えなかった。
「……違う。」
そう、違う。
宙から現れた事を否定したい訳じゃない。
無くなっていた事実も否定出来ない。
でも違う、そんな事はしない。
開けたら閉める。
そう躾けられているシロは、必ずそうする。
例え、使用中だとしてもそうする。
「ポーチのジッパーを開けっぱなしにする事なんて…。」
無い、はず。
恐る恐る。
これが宙から現れた時よりも、更に、恐る恐る。
ポーチの中からノートを引き出す。
人差し指と、親指だけを使って、汚れたものの様につまみ、引き出す。
やはり汚らわしさを感じながら一枚をつまみ、表紙を捲る。
白紙。
二枚目、白紙。
白紙、白紙、白紙。
ページの中程に辿り着いた頃、文章の書き込みを見つけた。
「こんにちは、あるいはこんばんは、かもしれないね…」
そんな軽薄な書き出しで、文章は始まる。
「君がこの手紙を読んでいる時間が分からないから、挨拶をすべて記しておくことにするよ。
すまないが、この手紙も君の筆記用具を勝手に使って書いているのさ。」
確かにそうだ。
知らない内に自分で書いた訳は、ない。
「奇妙としか言いようがない縁で私たちは繋がってしまったけれど、どこか君に親近感を持っているんだよ、君も不思議な繋がりを感じているだろう?」
なぜなら、僕はノートを中程から使う性格では、ない。
「君の年齢、性別、どこに住んでいるのか、どういう容姿をしているのか。
それは現状知りようがないけれど、追々、お互い知れていったらと思っているよ。」
…僕も、君を、貴方を、知らない。
心の気味の悪さと好奇が混ざり合い、手紙を読まずに閉じるという選択肢を、シロに選ばせることをしない。
「君の魔法属性は水、どうだい、当たったかな?
正解なはずだよ。」
そう、僕の属性は水。
この人と、なにもやり取りはしていない。
なのに、僕の魔法が水属性だということが伝わっている。
「君も水魔法を宿して落ち込んだクチかな。
かなり前になるけど、私の世代でも攻撃に転用しやすい魔法が喜ばれたものだよ。
でもね、いいじゃないか、水はね、いいよ。」
この人はどう思っただろうか。
攻撃に転用しにくい魔法に選ばれて。
しかし、珍しいだけでも重宝がられるではないか。
この人の魔法は、相当に珍しい。
噂や逸話でしか聞いたことのない魔法。
「…空間。」
空間属性。
単に大きなカバン。
それを重さも大きさもなく関係なく持ち運ぶことが出来るだけの、超レア属性。
王族の宝物庫の鍵の保管や、飢饉用の備蓄食糧の番人なんかに選ばれる、この世には知られているだけで5人しかいない魔法属性。
しかし、属性を調べる際に同級生達の話題に上がることも、憧れを持たれる事もなかった。
便利だが、言ってしまえば歩く倉庫。
そんな魔法。
シロ先ほどの感覚を思い浮かべながら手をかざす。
魔力を集め、ただただ保持するのだ。
そのまま手をポーチに近づけていくと、目の前のそれは姿を消した。
更にもう一度、魔力を手に。
そうすると、ポーチが宙から現れる。
間違いはない。
これは自分が操れている魔法だと、シロは理解した。
そして、この人、恐らく元々空間属性の使い手の、この人も、同じ様に使える様になったから、分かったのだろう。
僕が水属性だと。
ポーチからペンを取り出し、ノートに書き記す。
取り出したペンはマーキング用で太かった為に、文字としては歪になってしまった。
それでも伝えずにはいられない。
「僕らの魔法は繋がっている様です。」
そう書き込んで、ポーチに戻し、魔法を行使する。
やはりポーチは、すっと何かの隙間に吸い込まれていくように、消えた。




