転がる足と、人生
君の魔法は水属性。
どうだい、当たったかな?
正解なはずだがね。
君はもしかして水魔法を宿して落ち込んだクチかな。
私の世代でも攻撃に転用しやすい魔法が喜ばれたものだが、残念がることはないよ。
いいじゃないか、水はね、いいよ。
他と違って明確に無から有を生み出す水魔法は、かなり特異と言える魔法さ。
まるで火と対に語られることが多いけれどね、本質は遠い魔法なのだよ。
より、人の営みよりも、生物の本質に近いはずさ。
だって、火は現象で、水は物質。
だろう?
あ、そうそう、申し訳ないが、ここには何を入れても構わないのだが…そうだな、あまりにも奇怪なものをしまう時には、出来れば前もって相談してくれたならありがたいのだけれど。
いやね、全く君の好きに使ってくれて構わないんだけど、私は退屈極まりない身の上でね、実は、君が入れたものを取り出して眺める時もあるのさ。
構いやしないよね?
どうせ僕らの間では、隠せやしないんだがら。
だからどうしても見られたくない、そうだな、女性の裸が出て来る様な本は、入れない方がいいかもしれないね。
別に入れてもいいけどね。
気まずいと感じるなら避けるのが賢明さ。
私かい?
興味がないとは言い切りはしないが、そういう物に凝る年齢をこえてしまっているからね、はしゃいだりは今更しないのさ。
だが、もし君の家に個室なんてものがなく、隠し場所に困っているならば。
親御さんに見られるよりは、知らない私の方が、ほら、気は楽かもしれないね。
ところで、この足の持ち主は知り合いかな?
何となく君の文体と、ノートの学習内容から、12、3歳だと予想していたのだけれど。
それにしては大業で奇妙じゃあないか、足なんて。
しかも、靴のメーカーは丈夫が売りのSAS。
あんまりそこらじゃあ、売っていないものなんだよ。
だけれど、一部の人達はみんなこの靴を履くんだ。
知っていたかな?
◆
あの夜を最後に父が居なくなり、2ヶ月が経った。
警察への相談や親戚への連絡も済み、慌ただしい非日常な生活で疲れ切った母の顔は晴れない。
残されたシロとその母は父の帰りを待ち、常にどことなく不安感に苛まれている。
しかし家族の時計の針が止まったとて、本当に時間が止まってはくれないもので、シロの受験の時期を遅らせる事などは出来ない。
どうにか無理をしてでも机に向かわざるを得ない。
それに、勉強は全て自力でやらなくてはならなくなったから、効率が落ちる分より頑張らなくては。
「シロ、塾はしばらくお休みにしなさい。」
母がそう言うのも無理はない。
息子が塾の帰りに人の足が落ちているのを見たと言い、それを警察に通報、案内をしに行った夫が失踪しているのだから。
何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが普通だろう。
そんな時に子供が夜道を独り歩く事になる塾通いは許容出来ないに決まっている。
シロ自身、今は夜道を1人で歩いて帰る時間が怖くなった。
不安を紛らわせるように、普段よりカリカリと大きく鳴るペンの音が部屋を支配する。
書けども書けども頭に入っているのかは不明だ。
知らないおっさんらが紡いできた歴史よりも、今は別の心配事がシロを支配しているものだから。
父の事を考えるのが怖い。
何もせず思考に身を委ねると恐怖が襲いかかってくる。
正直、何も考えずに手を動かしている方が気が楽というものだ。
怖い。
何が起こっているか分からないまま、自分の周囲が理不尽に変化していくのが怖い。
奇妙な集中力が視界を狭くしたせいか、机の端に置いた勉強道具をまとめていれているポーチを肘に引っ掛け、落としてしまった。
気がついた瞬間に手を伸ばし、落ちる前、確かに指先に触れたポーチ。
しかし、それが落ちた音はせず、ポーチは消え去った。
父の様にと例えるのは不謹慎だと分かってはいるけれど、シロはどこか重ねずにはいられなかった。
「どうしよう、困ったな。」
大きめのそのポーチの中には、ペンだけで無く、真新しいノートも入れてあったのに。
今使っているノートも、もうすぐ終わりだというのに。
いくら探しても出て来ることはなく、ポーチと共に集中力も無くしたシロは、一息入れるために机を離れ台所へ足を向けた。
汲み置き用の瓶に魔法で水を足しつつ、鍋に2人分に十分な量の水を入れ火にかける。
水魔法が上手くなれば温度変化も容易らしいが、シロにはまだ行使することは出来ない。
この鍋の前で待つ無為な時間がなくなるのであれば、確かに有用だと思ってはいるのだが。
温まったお湯に茶葉を入れ、ゆっくりとかき混ぜると、浅く緑に色づいた。
それをそっと持ち上げて、居間で何かを読んでいるお母さんの前に置き、向かい側に座り、カップを啜る。
スッとする香りが勉強のリフレッシュに良いらしいとお父さんが買って来てくれたハーブティーで、煮詰まったシロにはもちろん、母にも今まさに必要だろう。
「あら、シロ、ありがとう。」
置かれたお茶と置いたシロをちらりと見て本を閉じ、母もカップに口を付ける。
「美味しいわ。
そうだ、シロ、このあいだの駐在さんから聞いておいて欲しいと言われたことがあるのだけれど。」
あの日、お父さんがいなくなった日。
駐在さんと父は僕が話した、噴水に彫られた獅子のレリーフの視線の先にある、小さな通りへと入っていったらしい。
「だけど、足は無かったって。
じゃあ何かと見間違えたって言いたい訳じゃないらしくてね。」
2人が路地裏を探索するが、足は無い。
しかし、丁度路地の中央に差し掛かるあたりに、血の様な赤い汚れが見られたのだとか。
「だから、もしかしたらシロに見られたのに気がついた誰かがその後に動かしたのかもしれないって。
それで…あのね、その赤いやつ、やっぱり人の血液だったって言ってたの。
だから何かが落ちていたのは間違いないから、もう一度シロに話を聞きたいんだって言っているんだけど、大丈夫?」
イタズラでは無く、本当に人の足だった。
そうか。
シロは、自分が足を切り取り置いておくような、そんな何者かに認識されている可能性がある。
なんであそこに足があったかなんて、全然分かってはいないけれど、見られた側はそう考えないかもしれない。
もしかしたらシロを探している何者かが存在するのであれば、塾に行かない様にして正解だったと思った。
「いいよ。
でも、はっきり見た訳じゃないし、気が動転してそのまま走り出したから何も分からないんだけど…それでもよければ。」
そう答えはしたが、本当は気が重い。
警察が来るのはまた何日か後らしい。
その間、また勉強が手につかなくなってしまうだろう。
「そう、じゃあそう伝えておくね。」
心配そうな顔をする母の口調は、あくまで普段通りだった。




