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父と子

人事発令

以下の者への命令を書す


グレイ・バラード


一月の休暇及び警察への協力



息子のシロが夜遅く、ずぶ濡れになりながら、息も絶え絶えといった様子で帰宅した。

塾があるとは知っていたので、この時間になる事は想定していたが、遅くなるのを嫌って急いだだけにしては顔色が悪い。


「どうした。」


「あ、あ、足、人の足が落ちてた。」


グレイはシロの頭をなでて落ち着かせ、雨具を被って最寄りの駐在所へと走った。

通報後、一度話を伺いたいと話す駐在員と共に自宅へ戻ると、シロはグレイが出て行った時の姿勢そのままだったのが痛ましい。


「すまない、何があったのか、なにを見たかを教えて頂きたい。」


駐在員がシロへ優しく問う。

動揺しているシロではあったが、グレイが出て行った時に比べるとかなり落ち着きを取り戻していた。


「あの、屋台広場の、噴水の、獅子が見ている先の、裏路地。

そこに、人の、足が。」


駐在員とグレイは目を合わせる。

かなり暗く、人通りの少ない道。

何か起きてもおかしくない。


グレイはそんな危ない道を通ったことを叱ろうかと一瞬考えたが、今も怯えているシロを見るとその気にはならなかった。


あの様子なら学んだだろう。

少し経って落ち着いてから、諭すだけにしようとグレイは決めた。


「風呂に入り温まってゆっくりしていなさい。

なにも心配しなくていいからね。」


怖がるシロと、不安がる妻にそう声を掛けて、ブラックは駐在員と共に路地裏へと向かった。


路地裏には想像していた通り人の気配はない。

建物に反響する雨が鳴り響くだけの寂しい小道だ。


「お父さん、ここからは私だけで結構ですよ。

息子さんの言うことが本当なら、人の足を切った危険な人物か、置いた異常者が近くにいる可能性があります。」


駐在員はそう言ってグレイの帰宅を促した。


「付き合いますよ、えーと、駐在さん。

僕は細身に見えるかもしれませんが軍人でしてね、荒事に抵抗はありません。

複数人でいた方が危険は少ないでしょう。


危険人物がいる可能性があるならなおさら。」


グレイは単に付き合いのいい人柄という訳ではない。

単に、違和感に気づき駐在員の事を薄らと疑っていたので、尻尾を掴もうと考えたのだった。


2人は小道を進み、道の中頃に転がっている足を見つける。


落ちている足は異物。

そこにあるのがあまりにも不自然過ぎて、目が眩みそうだ。


「…シロの見間違えじゃ無かったか。」


グレイは足の近くにしゃがみ、観察を始める。


「本当にありましたね…。」


駐在員はグレイの後ろに立ち、覗き込んでいる様子だ。


違和感が増す。


グレイは駐在員とやり取りしながら、その違和感の正体を探った。


まずその一、なぜ1人でやって来たのか。


グレイは人の足が落ちている可能性があると伝えたのだ。

可能性とはいえ大事件に繋がるかもしれず、先程駐在員自身が言った通り、危険人物か異常者に関わりがあるかもしれないのに、応援を呼んでいない。


駐在所は2人1組のはず。

奥に人が居たか、もしくは片方が巡回に出ていて1人だったのか。

それでもこの状況で応援を待たなかったのは、明確に規則違反。

軍人であるグレイには強く引っかかった。


違和感その二。


なぜグレイが証拠に近づくのを許すのか。

先程の違和感は、ギリギリ理解できる。

子供から聞き伝えられただけの目撃証言なので、とりあえず1人で確認してからでいいかと考えたかもしれないから。


しかし、これはいけない。

実際に足が落ちていた。

これはもう事件だ。

なのに素人が証拠品に触るのを止める仕草もない。


不真面目の度を越えている。

グレイは駐在員をハッキリと怪しく思う。


違和感その三。


「なぁ、駐在員さん。

何故貴方の個人番号とこの靴の個人番号、同じなんです?

もしかして警官の幽霊が、自分の事件を探ってくれと現れたのかもな、なんで思いましたが…アンタには足、ありますよね。」


グレイの皮肉に駐在員は反応しない。

その表情も、何を考えているかわからない真顔のまま。

怒っているのか、哀しんでいるのか。


「ベルトール、お前も望んだ事だろうに。」


グレイにはその意味は分からない。

しかし、この駐在員を敵だと決めた。


「貴方を拘束します。」


雨で出来た水溜りが凍り始め、駐在員の足を絡めとる。

プロの戦闘員とも言えるグレイの魔法は素早く、流石の駐在員も少し焦る様子を見せた。


グレイが手の平に浮かべた氷を引き抜くと、氷柱が剣の形になる。

それを駐在員へと突きつけ、問う。


「この足は、誰のものだ。」


「息子のベルさ。」


なんの感情もなく、駐在員は答えた。

落ちているのが自分の息子の足なのに。


グレイも人の親。

その態度に腑が煮える。


「貴様、息子の足を切ったのか?

…目的はなんだ?

なんの目的があればそんなことが出来る!」


「息子は後で助けるからそう怒るな。


ふむ、ベルトールめ、私の靴を履いて来たのか。

ダイイングメッセージのつもりか?」


「何を言っているんだ?」


駐在員、ホーンの魔力が高まる。

危険を感じたグレイが剣を突き立てに掛かるが、身体が動いてくれない。


「軍人さん、すまないね。

アンタは完全に事故だ。


儀式魔法、発動。」


グレイが気がついていなかったその他の違和感。

薄らと漂う赤い光が強くなる。


そこからグレイの記憶は無い。


1人その場に残ったホーンは、グレイの氷を炎で溶かす。

そして、自身にたどり着く可能性のあるベルの足を燃やし尽くし消し炭にしようと考えたが、その場に足は残っていなかった。


「ふむ、あそこも生贄の範囲内だったのか。

やはり不明点が多いな。

しかし、消えてくれたのだから問題はあるまい。」


ホーンがつぶやいたその声は、シトシトと降る雨よりも冷たい。


ポタリ。

雨とは別の、大きな水滴が一粒落ちる。

それは赤い、水の玉。


グレイが最後に選択したのは、自身の血とホーンの血を水魔法で集め、雨の当たらない軒下に飛ばす事だった。


誰かの役に立てるように。

ホーンを捕える役に。

願わくば、家族に危害が及ぶ前に。



半年近く行方不明となっていたグレイ・バラードは軍法会議で多少の聞き取りをされた後、1ヶ月の休暇を与えられた。

通年行われる軍人訓練が佳境の時期であったし、事件に巻き込まれた被害者だ。

犯人と目されるのは同じ公務員の警察。

氏名は公表されていないが、公然の秘密だ。


つまりこの休暇は、休みをやるからほとぼりが冷めるまで世に出てくるな、面倒になる。

家でじっとしておけ。


そういう期間だ。


「母さん、明日な、ちょっとシロと出掛けてくるからお弁当を作って欲しいんだ。」


「え、パパは暇でも明日は平日よ?シロは学校でしょ。」


気まずそうに頬を掻くグレイ。

戦争で活躍し、若くしてキャプテンまで登り詰めた彼だが、家庭内ではプライベートもいいところ。


普段ならイエスかはいと応えていたグレイだったが、今朝は反旗を翻した。

恐れ知らずとも思える、妻から賜った草むしりをの任務を放棄し、そして脱走。


普段の彼がその姿を見たなら、正気を疑っていただろう。


「え、なに?なに?お父さん?なに?学校なんだけど。」


息子をスマートに誘い出す。


「いいからいいから、まあまあまあまあ。」


グレイは少し離れた湖へと父子で出掛けることに成功した。


湖のほとりで釣竿を垂らす。


グレイは一度死にかけ生還し、ちょっと死生観が変わった。

人はいつ死ぬかなんて分からない。

ならば自然に任せるのではなく力技でも構わない。

自分の夢を叶えようと思いついた。


そんな決意に満ち溢れた父の姿に、朝から昼前の今まで、 シロはずっと困惑していた。


目論見が理解出来な過ぎる。


「お父さん、帰ったらお母さんから雷が落ちるよ。」


比喩ではない。

シロの母、ライラ・バラードは強い雷魔法使いだ。

どのぐらい強いのかと客観的に説明するならば、シロの出産で退役した際、若くしてキャプテンとなったグレイよりも、更に若くして上の階位についていた。


「大丈夫さ。」


目は泳いでしまったが、自分の気持ちを素直に話せば大丈夫のはず。

多分、きっと。


「釣りは楽しいな、シロ。」


「そうだね、釣れたら楽しいと思うよ。」


シロの皮肉にもグレイは気が付いていない。

こんなに自由な人だっけかな。

シロはそう思った。


「あのな、シロ。

父さんの夢の一つにな、こうやって息子と並んで釣りをするってのがあったんだ。」


「うん。」


…もしかして。


シロは父の考えてる事をようやく理解した。

この無意味で無軌道で無味乾燥なこの時間は、グレイによるシロへのおもてなしらしい。

最高の時間を提供しているつもりなのだ。


その証拠に、ずっと楽しげだ。


「お父さん、他の夢はなんなの?」


「えー?気になるかい?

うーん、簡単には言えないなぁ。

シロが先に魚を釣ったなら一つだけ教えてあげよう。


勝負だよ。」


その日、1匹も魚は釣れなかった。


それでも夕陽が赤く照らす湖辺で火を焚きつけ並んで座り、飲み物を飲んでいた時の父の表情を見ると、なんらかの小さな目的は達成されたのだろうと感じた。


「もう一杯だけ飲んだら帰ろうか。」


「うん、僕が入れるよ。」


「ありがとう、あ、氷、多めにしてくれないかな。」


シロが了解し、魔法で氷を作り入れる。

まず父のコップへ。

そして自分のコップへと移ろうとした時、宙に小さな氷の塊が生成された。

父の作った氷。

それがシロのコップへカランと落ちた。


「なかなかのコントロールだろ。

おいで、ゆっくり飲もう。


ふふ、子供が入れてくれた氷で飲むのも、夢の一つだったんだよ。」


これはこれでいい日なのかも。

シロはようやく諦めて楽しむ気になった。


湖が深く赤く染まっていく。

目に痛いほどの赤。


「もしかして、夕陽が沈むのを湖で一緒に眺めるのも夢だったの?」


グレイはシロの方を見ずに、頷いた。

その顔はやはり楽しげだった。


シロはこの日、二つのことを新しく知った。


軍人の父が意外と可愛い人だということ。


そして、帰宅した後に母へ繰り出した父の土下座。

そのフォームがとても綺麗だったこと。


後者は知りたくなかったが。

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