火と水
シロ君、任務について、具体的に話そうと思う。
おそらくホーンは君を襲うよ。
そして、十中八九、彼の使う魔法は火だ。
この二つはほぼ間違いなく推察できる。
なぜそんな事が分かるかって?
私が祈りのヴァーミリオンだからさ。
儀式魔法について、今や私以上に理解している人間などいないよ。
君がパールトンと呼んでくれるのがなんだか嬉しくて、名乗るのを忘れていたよ。
隠していた訳ではないんだけれどね。
祈りのヴァーミリオン事件について、君が知りたいならばいくらでも聞いてくれていいけれど、今は大切な事だけ記しておくよ。
何故、ホーンが君を襲うと考えるのか。
それは儀式魔法に必要な物が、時空魔法の素養を持つ者だからだ。
私の、君に宿ったその力を欲しがっている。
ホーンの資料をブラック君に見せてもらったから間違いない。
彼には、欲しがる理由がある。
そして、儀式魔法に使う時空魔法の素養を持つ者は、生きていなければならない訳ではない。
死体でも別に構わないのさ。
だから、君を襲うと推察する。
いつか、君が時空魔法に芽生えたと気づかれたなら、きっとホーンは君を殺しにくる。
もしかしたら素養が芽生えたかもしれないと考え、一か八か拐おうと、今も考えるているかもしれない。
先に私たちが気がつけたのは僥倖さ。
火魔法使いに不意打ちを受けたなら、無事では済まない。
火は動物が恐れるのは原始から。
一度巻き込まれたなら、全てを焼き尽くすまで止まらないからね。
だけど、偶然、先に接触できるタイミングで、偶然にも君は水魔法使い。
ほら、素晴らしいだろう。
おっと、もし母方の遺伝でその他の属性ならば、ブラック君が対処してくれるだろうから安心して任せていいよ。
だけどね、火と光だけは、そう、彼の天敵の様なものでね。
その場合は君が、彼を守るんだ。
頼んだよ。
どうか無事でありますように。
祈りのヴァーミリオンという呼び名は嫌いなんだけど、君とブラック君の無事を祈っているよ。
君のパールトンより
◆
ブラックは勘違いしていた事に気がついた。
それに気がついたのは、火の光で自分の魔法が弱まりほぼ消えかけた後。
「マズい。」
手遅れのタイミングだ。
ブラックの手札にはここから抵抗出来る武器は無い。
ホーンの魔法が放たれる前に終わらせなくてはならなかった。
始めからシロと自分を殺しにかかってくる可能性を考えなくてはならなかった。
儀式の生贄などと言うから、死体で構わないと考えているとは思っていなかった。
「素直に帰れば良かったと後悔しながら、死ね。」
ホーンの手から炎が迸る。
感情の荒ぶりからか制御は荒く、駐在所の中は火が暴れ回り、窓やドアからも火が漏れ出る。
火と煙にまみれながら、一歩、また一歩、シロとブラックへと歩みを進める。
「…さっさとシロ君を回収して、身を隠さなければな。
私とした事が…こんなに派手にやってしまっては、人が来るのは時間の問題では無いか。」
すまない事をした、とつぶやく声。
その顔は欲しいと願った物が手に入る喜びなどなく、安堵と悲しみが混じっている。
炎に焼かれ、もう生きてはいないだろう2人へ申し訳ない気持ちが自然と口から漏れ出た。
ホーンは悪人ではない。
ただ、娘と息子を取り返そうと必死な父親だ。
ズ。
煤まみれの駐在所の壁から黒い槍が伸び、ホーンの喉を貫く。
驚き目を凝らす視線の先には、魔法を操るブラック。
そして。
「ガ…な、ぜ…。」
その目が最期に捉えたのは、ブラックとシロ、2人を包み込む、優しく光る水の玉。
ホーンは知らなかった。
シロが火魔法使いの天敵である水魔法使いだということを。
シロが、その年齢にそぐわない魔力量を持っているということを。
そして、その力を得た原因を辿れば、それは自らにあるということを。
崩れ落ちるホーン。
ブラックもシロも、その場にへたり込んだ。
「ハァ、ハァ、ヤバかった…!
シロ、お前の魔法、凄いな。」
ブラックはシロの頭をくしゃくしゃと撫でた。
その手にも力はあまり残っていない。
緊張状態からの解放で、若干震えてもいる。
「やば、かった、ね、ブラック。
守れて良かった、本当に。」
シロは自分に宿る大半の魔力を消費したつもりだった。
どの程度の水の膜であれば火から2人を守り切れるかの、経験が必要な調整は出来ないので、全力を振り絞った。
ホーンの決死の火魔法はそれほど恐ろしく見えたし、人を殺すと覚悟を決め、無意識のストッパーが外れたからか、実際かなり強力だった。
しかし、そんなにも消費したはずの魔力にはまだ余裕があり、2人分の喉を潤す程度の水は出す事が出来た。
「あー、生き返るわ。
水は偉大だな、シロ。
…はぁ、応援、呼ぶか。
俺の仕事でもあるんだが、1人じゃどうにもならんぞ、この始末は。
と、その前に、ちょっと色々調べてみなきゃな。
儀式に関する本があったら、処分しちまわねぇと。
こんな危ねぇ思想を持つやつが他に現れたらたまんねぇからなぁ。
ヤベェものは俺らで回収して闇に葬っちまおう。」
「闇魔法使いだけに?」
2人は疲れていた。
話を聞きに行くだけでも心労があったのに、襲われて、返り討ちにして、目の前には見知った人間の死体が転がっている。
もしくは、心の防衛反応かもしれない。
不謹慎だと分かっていても、もう止められない。
「いや、おい、普通に慣用句だよ。
…ククク、やめろ、笑わすな。
証拠を闇に葬る。
闇魔法使いだけに…。」
「あはは。」
燃えて煤だらけ、真っ黒な部屋の真ん中には、喉を貫かれた死体。
その中を笑いながら家探しする大人と子供。
側から見れば、どちらが悪人に見えるのかなんて一目瞭然だ。
◆
しばらく家探しをして、めぼしい書物を回収した頃、騒ぎを聞きつけた警官たちがやってきた。
あからさまに怪しいシロとブラックだが、ブラックは現役の刑事、更にシロの父親が行方不明となった件を担当しており、言い訳はいくらでも浮かぶ。
ホーンが何らかの形で関わっているのを調べたブラックが訪ねた所、シロへ襲い掛かろうとするホーンを撃退した。
作り話だが、闇魔法使いのブラックが駐在所を燃やす事など不可能で、ホーンは火魔法使い。
状況証拠からもおかしな点はなく、その様に処理されて終わりそうだ。
2人は現場を離れ、夕方の屋台広場の噴水に腰を掛け、飲み物を買った。
疲れからか、今日珍しくブラックも甘いものを欲していたし、シロが出した水を飲んだとはいえ、火に包まれたからか喉が渇いて仕方がなかった。
「何とか終わりそうで良かったな、シロ。
親父さんの件は…まぁ、俺たちが回収したホーンの残した記録を辿ってみながら考えるか。」
ホーンは確かに言っていた。
時空魔法があれば、ベルとシロの父親は取り返す事が出来ると。
倉庫としての機能しか知らないシロ。
しかし、もう何となく2人を救う方法は目星が付いていた。
「あのね、ブラック。
僕、実は、時空魔法を使える様になったんだ。」
「は?マジで?
ホーンの言う通りだったのか。
…なら、素直にお前に協力してくれって頼んでいれば、ホーンはあんな事にならなくて済んだんじゃねぇか。」
ブラックの言う通り、ホーンがシロを子供と侮らずにいたなら。
攻撃などせず頼んでいれば。
父が戻る可能性があるのだから、シロは喜んで協力していただろう。
「なんで奪う事ばっかり考えて…頼むことすらしなかったんだろうなぁ。」
2人は知らないが、生来の時空魔法使いの目覚めは、成人した前後になる事が多いらしい。
単に、使用に耐えうる魔力量になるのがその辺りなのだ。
シロの場合は儀式でヴァーミリオンと繋がった結果、この歳で使えているに過ぎない。
シロなら、あと7年ほどか。
それも確実じゃない、ただ待つだけの時間。
どちらにせよよ、ホーンには耐えられなかっただろう。
だから、奪う事を考えた。
殺してでも、と。
「やるせねぇなぁ。」
シロも考える。
一言、僕はもう時空魔法を使えると伝えれば、協力する道もあったのだろうかと。
それは分からない。
いい教官となってくれていた未来もあったかもしれない。
ブラックとシロからすると身を守ったに過ぎないが、それでも、そう、やるせない。
「はぁ。
んで、2人を救う心当たりがあるって?」
「うん。
でも、もう少し考えなきゃいけない事があるから…。
明日また、一緒に居てくれないかな。」
「…おう。」
その後別れた2人。
ブラックは署で今日の調書を書き、シロは家でホーンの遺した日記の続きと、資料を読んだ。
そして、2人とも同じ人物に相談する。
ブラックが訪ねた時、ヴァーミリオンは丁度、見慣れぬノートを読んでいる最中だった。




