生贄
私、妻、長男のベルトール、リンダ、末っ子のテルミドール。
我がハシェ家は5人家族だった。
私は元々魔法専攻の教育を受けていたが、夢破れ警官となった。
ベルトールは賢く、魔法研究所の職員となる事ができ、私はそれを誇らしく思っている。
長女のリンダもまた、私と共にこの地域の治安を守るのだと警官となり、彼女のことも誇りに思っていた。
テルミドールが受ける学校は進学校で、成績的に問題なさそうである。
皆自慢の子供達だ。
しかし、ある日を境に、私は後悔の念に苛まれることとなった。
蒸し暑い夏の夕方、私の元にリンダが巡回中、ちんけな強盗事件に巻き込まれて殉職したと連絡があった。
青天の霹靂。
犯人は薬物中毒者で、怪しい挙動に職務質問をしようとしたリンダに魔法を放ったらしい。
大した威力では無かったが、不意打ちに驚いて倒れた拍子に打った、頭へのダメージが悪かったのだとか。
信じられなかった。
遺体に対面した際、身体がバラバラにちぎれてしまったのではないかと思うほど、自分の何かが痛んでおかしくなりそうだった。
署も同情的で、娘の個人番号を私に引き継がせてくれるという。
始めはそれだけて慰められていたが、数日たち、数週間たたち、それでも夢の中にいるように頭は働かず、薄い布を重ねる様に悲しみが日々積まれていくのを感じ、その重みに折れてしまう寸前。
長男のベルが話があると、酒場へと誘って来た。
ベルが就職して家を出て以来そんな事初めてで、消沈した父を心配してか、または自分も似た様な状況で傷の舐め合いをしたいのか、そんな風に私は考えていた。
しかし、優秀な長男が持って来た話は意外なものだった。
「親父、王宮付きの警察官だろ。
…次の満月の夜に、大掛かりな儀式魔法が行われる。
それの警備に人が動員されると思うんだけど、それとなく志願してくれないかな。
こっそり見学させて貰いたいんだ。
そんなの見られる機会なんて中々ないから。」
その時は儀式魔法についての知識は皆無で、ベルが何を目的にしているのかは知る由もなかったが、言われた通りにする事にした。
単に、勉強熱心だな、とそう思った記憶がある。
その日、目論見通り同僚と勤務日を交代して王城に常駐する警官として夜勤配備される事になった。
ベルは夜になる少し前にやって来て、こっそりと覗くと言っていたので私が誘導し、普段使われない謁見室のバルコニー部分に身を隠すことにした。
その日変わったことといえば夜の警備に携わる者へ細かく巡回の時間が言い渡されたぐらいで、ベルの言う様な大掛かりな儀式が行われるとは思えず、何にせよ息子が見たいものが見られたらいいなと、そう呑気に考えていた。
しかし、夜更け、謁見室のドアから赤い光が漏れ、その少し後にベルが飛び出て来た。
「誰か来てくれ!大変な事になった!」
謁見の門番警備に着いていた同僚と私は、中から叫びながら飛び出て来た人間にひどく驚いた。
私たちは何が起きたか伝えられる間もなく大慌てで誘導するベルを追って行く。
私達は、そこで惨憺たる現場を目撃した。
赤黒い、地獄が湧いてきたかの様な血溜まりの中で1人の男が立ち尽くしている。
王含む国の重鎮の大半が床にばら撒かれたのが、散らばっている紋章や王冠を見て察する事が出来た。
「あぁ…。」
私と同僚は遠くを見る様な目でただ立っている男を乱暴に拘束した。
今なら保護するべきだったかもしれないと思うが、あの状況で冷静になれる人間など存在しないだろう。
「貴様!何をしている!」
同僚が声を荒げ無抵抗の人間を拘束しているのを横目に、私はベルの姿を探す。
ベルは血溜まりに跪き、一心不乱に何かをメモし、散らばった宝石や王冠などの高価な物には目もくれずに、何かの資料を集めていた。
私はあえてベルに声をかける事はしなかった。
忍び込ませた事を追求されるとあまりにもマズい状況だ。
間違いなく人が死んでいて、現状怪しい男がいるとはいえ、ベルが犯人と疑われても仕方ない状況だ。
このまま放っておけば生き残りが殆どいない以上、魔法研究所に勤めている立場も手伝い、言い訳はいくらでも出来るだろう。
自分と親子だと分かった方がややこしくなってしまう。
逡巡する私をよそに、同僚は確保を進めていてくれた。
「…何が起こったかは分からないが、とりあえず俺は先にこいつを署に連れて行く。
応援を呼んでくるからこの場の確保を頼む。」
そう言って出て行った同僚と、後にその名を知る事になるその男。
祈りのヴァーミリオン事件である。
◆
「…アンタ、あの事件の場にいたのか。」
ブラックがそう訪ねるとホーンは目線を下げたまま、ゆっくりと頷いた。
「あの場で儀式魔法が行われた事までは俺も知っている。
アンタの記録を読む限り、少なくともアンタの息子さんは何が行われるか知っていたんだよな。」
「あぁ、知っているとも。
…なぁ、ブラック、その子、シロ君といったね。
その子を置いて、帰ってくれないか。」
「あ?」
ホーンの目。
嫌な違和感を持ってはいた。
人の良さそうなやんちゃそうな、人好きしそうな顔。
その顔に張り付いているガラス玉の様なその目。
「なんでだよ。
そんなこと出来るわけねぇだろうが。
せめてシロに協力を依頼するのが筋だろ。
物みたいに言うなよ。」
物みたいに。
ブラックのその言葉で、シロは自分に向けられたホーンの目の意味が分かった。
道具だ。
貴重な道具を見る様な、使い道を見定めている様な、そんな視線。
不快さに肌が粟立つ。
「何も害そうと言うわけではないよ。
お願いがあるだけなんだ。
シロ君、君の父親にも関わることだよ。」
シロは疑いがありつつも、耳を傾けざるを得ない。
危険がある可能性を考えながら捜査していたのは、父を探していたからだ。
「なにをしたらいいんですか。」
「シロ。」
「父に関わることなんですよね。」
手のひらに汗が出る。
ホーンが求めているものがなんなのか全く分からない。
「そうだよ。
…シロ君を使わせてくれないかな、儀式魔法に。」
ブラックの血が逆流する。
怒りで視界が真っ赤に染まる。
「そんなことが許される訳がないだろう!
アンタな!息子と他人の親父を巻き込んでおいてまだ懲りないのか!?」
声を荒げたブラックの声をかき消す程の大声で、ホーンが反論する。
「何も知らないブラックは黙っていてくれ!
可能性があるんだ!
成功したなら!シロ君の父親も!私の息子も!
そして、私の娘さえ取り返すことの出来る可能性が!」
「ふざけんなよ…!シロはどうなる!」
ホーンが椅子からゆっくりと立ち上がると同時に、彼の後ろの景色が歪む。
「帰れるさ、父親と共にな。
可能性の話だ。
儀式魔法の目的は、魔法の譲渡。
必要な魔法は、時空魔法。
君に自覚は無いかもしれないが、今の君には時空魔法が宿っている可能性があるのだ。
しかし、君に魔法が芽生えるまでなど悠長に待つ事など出来ない。
渡してもらおう。
君の中にある力を。
なに、死ぬ事はない。
私が時空魔法を使いこなして、時空の狭間に消えたベルも、君の父も、生贄となる君も。
必ず返すと約束しよう。」
ホーンの背景の歪みが強まっていく。
それは友達のテルと似た顔。
それは、友達のテルと同じ魔法。
「もう一度言うぞ、ブラック。
その子を置いて帰ってくれ。
お前を燃やす必要などないのだ。
ただ、一時、その子を借りるだけだ。」
歪みは陽炎。
ホーンの手から、炎が生まれる。
「出来ない相談だな。
二度目だぜ、ホーン。
子供だ、シロは。
そして、俺の相棒だ。
物のように、使おうと、するな!」
ブラックから黒いモヤの様な魔力が生まれる。
ブラックの魔法は闇。
影を手足の様に操作し、拘束する事を得意とする。
迎撃する構えを見せたブラックを見て、ホーンは少し長い瞬きをして息を吐く。
「…珍しい、優秀な魔法だがな、ブラック。
煌々と光る火の中で、お前の魔法は何が出来るというのだ?
引け。」
影は火に照らされ弱々しく頼りない。
それでもブラックは消えそうな影を集めて尖らせ、睨みつけた目を逸らさない。
「残念だ。」
ホーンの火が更に明るく輝く。
ブラックの影は、その光に完全に飲み込まれてしまった。




