ホーン・ハシェ
やあ、シロ君。
頂いた焼き菓子はとても美味しかったよ。
ありがとう。
そして、君からもたらされた情報はとても有意義だった。
君は素晴らしい助手だね。
そんな君にしか頼むことの出来ない任務を、またお願いしてもいいだろうか。
今度のことは危険が伴う。
だけれど、必要なことなんだ。
頼む。
あ、そうそう。
私も水魔法を少し上手く扱える様になってきたんだよ。
内緒で練習をしているから、水は時空魔法の倉庫へ流しいれているんだ。
だから倉庫内に水を沢山入れておくけれど、室内で取り出さない様にね。
あまりに大量の水で、建物がこわれてしまうかもしれないよ。
なんてね。
◆
ブラックはあまり似合わない青空の下をゆっくりと歩く。
普段より重めなその足取りが、そのまま彼の気分を表している様だ。
「お待たせ、ブラックさん。」
「はぁ…。
よう、シロ。
…やっぱりついてこない方がいいぞ。
危ねぇ可能性が高ぇ。
俺はそんなところへお前を連れて行きたくないんぶへ!」
シロはブラックの顔へ向けて水玉を発射し、ブラックはそれを飲み込んだ。
意外な仕打ちに驚いたブラックは一瞬怒りをみせたが、こちらを見るシロの表情で、その覚悟を知った。
それに…自分で言いたくはないが、怖い顔でデカい体をしている自覚がある。
そんな自分に意思表明として魔法をぶつけるのは、とても勇気がいる事だろう。
「僕がブラックさんも守るから。」
「悪かった。
お前も、シロも男だ。」
その言葉に大きく頷き、シロが前を歩き出す。
ブラックはシロの後ろをついて行く。
どうやらシロも、どこへ行けばいいのかを理解しているらしい。
つまりというべきか、やはりというべきか。
「…やっぱり何らかの方法でヴァーミリオンから情報を得てんなぁ、こいつ。」
「なに?」
「いや、なんでもない。
ところで、お前の任務はなんだ、シロ。」
ブラックは何となく任務という単語を使った。
単純にそれは、決意持った行動を茶化す目的の皮肉だったのかもしれない。
または、肩に力が入った少年をからかったのかもしれない。
「勿論、ブラックさんを守るのさ。」
しかし帰ってきた任務とやらは、自分の護衛らしい。
親のいない孤児のブラックにはその様な経験が欠けており、少し育つと孤児院内でも一番身体が大きく育ったので、ブラックが他の孤児を保護する役割になっていた。
保護してくれた孤児院の先生方は、勿論愛を持って接してくれていたが、ブラックという個人に対してはシロが初めて。
「俺も、お前を、守るよシロ。
だから、あれだ、護衛じゃなくて、相棒ってヤツだな。」
ブラックが拳握りをシロへ向けると、ガツンと痛いくらいの返事が返ってきた。
「うん。
頼むね、ブラック。」
「あぁ、シロ。」
◆
シロの家から歩いて15分ほどの所にある駐在所は、隣に大きな木が生えている。
駐在所を建てた当時の責任者が、この辺りを見守ってきた木を切ってまで建てて地域を守れるはずがないと、伐採に反対して生き残った木らしい。
なので、他の駐在所よりも少し狭い作りになっているが、その責任者の思惑通りか、近所の人からは木のお巡りさんと呼ばれ親しまれ溶け込んでいる。
「こんちわっす。」
駐在はその声の主を一瞥し、書類へと目を戻した。
同業者で後輩なので、待たせる罪悪感が薄い。
「悪い、ブラック。
2分待ってくれ、失せ物の記録付けちゃわないといけないんだ。」
ギシ、と椅子が軋む音がする。
駐在の対面にブラックが座った音。
それには反応しなかった駐在であったが、もう一度ギシ、と音がしたので、驚いて顔を上げた。
「おや、失礼、どうしたんだ、ブラック。
困っている子を連れて来たのかい?」
「そんな所っす。」
人の良さそうな駐在は、シロへ謝りながら棚へと向かい、この駐在所で起きた事をまとめるものなのだろう綴じられた紙束を持ち出した。
「改めてこんにちは。
えーと、お名前を書いてもらってもいいかな。」
シロはペンを受け取り、差し出された用紙に名前を書く。
「あ、へぇ、お前、シロって名前じゃなかったのか。
シローデント・バラードっていうのか。
まぁ、あんまりフルネームを名乗る機会なんてないか。」
シロの名前に盛り上がるブラックとは対照に、駐在は表情を曇らせる。
「そうか、君が。」
呟く様に口にした駐在の言葉。
言った自分でも驚いた事だろう。
「え?」
「あぁ、いや、失礼。
君がシロ君かと思ってね。
最近ウチに来てくれただろう?
息子のテルミドールが話していたよ。
私はテルミドールのお父さんでね、ホーン・ハシェというんだ。
よろしくね。」
シロが発した、「え?」という言葉。
それをホーンはどう受け取ったのだろうか。
初対面のはずの大人が、自分を知っている様な反応をしたことに驚いた、と思った事だろう。
ブラックは少なくともそう思った。
しかし、シロは違った。
『ちょっと、わざと名前を間違えて伝えてみてくれないかな。』
これはパールトンからの指示。
「テルのお父さん…。
僕のことを聞いていたんですね。」
それは分かっていた。
制服の胸にPJ5003Wと番号が書いてある。
そして、自分が調査に行った家はテルの実家。
玄関に飾ってあった家族写真でも見ている。
そしてなにより、やんちゃさと知的さが混じる、人の良さそうな顔。
友達によく似た。
「そうだよ、息子と仲良くしてやってね。」
友達の親。
そんな人を、これから追い込むのか。
シロは少しだけ心を痛める。
「テルから、僕の名前を聞いていたんですか?」
「そうだよ。」
「シローデント・バラードと。
はぁ、そうですか。」
紹介する際、家名だけ、名前だけを名乗ることはない。
普通はそうだろう。
テルは、テルミドール・ハシェは、当然シロのフルネームを知っている。
学友なのだ、当然知っている。
「シロ、消しゴム使うか?」
「ははは、これ、ペンだから、斜線を引くよ。」
シロの操るペンが、シローデント・バラードという名前に線を引いて消す。
驚いて固まるホーンが見つめるその先で、先ほどとは別の名前が綴られていく。
「改めて初めまして、シロノクロワ・バラードと申します。
それで、僕の何に見覚えがありましたか、駐在さん。」
ホーンの顔色が変わる。
パールトンが張った罠の意図は、シロに伝わっていた。
もしもシロの名前に反応したならば、単にテルから父へと友人の情報が伝わっていたということで終わっていたかもしれない。
シロの調査を元にパールトンは十中八九、ホーンが関わっていると考えていた。
なので、家名に反応した場合、言い逃れが出来ないようにわざと名前に嘘を書くように指示を出していた。
何故なら、家名に反応した場合は。
「…父はどこですか。」
あの日、あの夜、父と路地裏に行った駐在はこの人、ホーンだろう。
それは父の身に何があったかを知っている可能性が高いという事。
バラード家のその後を気にしている他人など、そう多くはないはずだから。
シロの髪が逆立つ。
ブラックの奥歯が、ギリリと鳴った。
「…私の目の前で…消えてしまった。」
「全部話して下さい。」
「あぁ。」
返事をしながらホーンは立ち上がる。
その足に、黒い影が巻き付いた。
「…ブラックの闇魔法か?
信用してくれとは言えないが、逃げたりはしないよ。
当日の日記があるんだ。
口頭よりも信頼出来るだろう?」
影が足元に帰り、再びホーンが動き出す。
調書を棚に戻し、それと入れ替えに緑色の革表紙の本を取り出した。
机にそれを置き、栞が挟んであるページで開き、そこから30ページほど遡る。
「私の感想も入っていて多少読みにくいだろうが、当日の全てが書いてある。
疑問があれば言ってくれ。
隠す事はしない。」
ブラックとシロは並んで日記を読み始めた。
そこに書かれていたのは、当日の事実。
まるでそうとは思えない事象の羅列、まるで空想の様だが、どうやら現実の出来事らしい。
ホーンの表情から、そう読み取れた。




