パールトンの助手として
血液検査の結果だが、複数人のものが入り混じっていて、個人の特定は困難だそうだ。
◆
「いやはや。
最近出来た新たな友人の手紙は何とも短いね。
シロ君を見習ったらどうかな。」
独房で1人呟く。
ヴァーミリオンが言うように、ブラックが書く手紙は短く、要件のみを伝えることしか機能がない。
だが今回の場合は、例えどんな文章家でも、この程度を伝えるので精一杯だったろう。
「ま、仕方ないね。
私達が手紙のやり取りをしているなんて知られたら、ブラック君もやりづらくなってしまうだろうから。」
ヴァーミリオンは食事が配膳される際に食器を乗せている、トレーの底部分から手紙を剥がした。
薄いテープに書かれた文字は爪で擦られ消え、痕跡を一つも残すことなく役目を終えた。
このように、数日に渡りヴァーミリオンとブラックのやり取りは続けられている。
ヴァーミリオン側からの返事は鉄格子の外に紙を放り出しておくと、清掃員を買収でもしているのか、ブラックへと渡るようになっているようだ。
ブラックにはリスクがある行動をとっている。
それでヴァーミリオンには分かることがあった。
「シロ君もブラック君も、律儀だね。」
シロはブラックに、2人の魔法が繋がっていることを話していない。
そしてブラックもシロが明らかにヴァーミリオンと繋がっているのが分かっていながら、それを追及したりはしていないらしい。
子供が刑事の詰問を避けられる訳がないので、間違いないだろう。
魔法の属性の話は、女性の体重を聞くようなもの。
とはいえ、事件に体重が関係しているのならば、刑事は女性へ問うはずだ。
なのに、シロの秘密を掘り出そうとはしていない。
「妬けるねぇ。」
ブラックは、シロを信用する事にしたのだろう。
どういうやり取りをしたかは分からないが、それだけはヴァーミリオンに伝わってくる。
魔法など使わなくとも。
◆
学校が休みの日、シロはひとり住宅街を歩いていた。
学区内ではあるが、校舎を挟んで反対側なので、普段来ることがない方向だ。
うっすらと道に迷いながらも、目的地に辿り着いたものの、シロはそこへ訪ねることはしない。
少し離れたところにあるバス停のベンチに腰を掛ける。
そこへ数分に一度バスが停まり、シロを乗せずに発車していく。
親切な運転手がたまに、乗らないのか、と声を掛けてくるが、シロは待ち合わせがあって、と返し、そこへ居続けた。
目線の先には一軒の家。
何の変哲もない、白い壁に赤い屋根の普通の家。
そこを見ながら、シロは魔法でノートを取り出した。
ぱらりと開いたノートには、大人びた字でこう書かれている。
「シロ君、申し訳ないのだけれど、ある家の様子を見てきてほしい。
PJ5003Wの番号を持つ、警察官の家だ。
見てほしいポイントを記すから、分かる範囲で確認してきてはくれないだろうか。
忙しくなかったらでいいのだけれど。」
ペンを取り出し、項目をなぞる。
それがどう活きるのかはシロには分からなかっだが、パールトンに頼まれたものなので、きっと、父を探すのに役立つ情報のはず。
きちんとやろうと、そう思った。
まず一つ目。
玄関に黒い布が掛かっているか。
そこには、掛かっていなかったと、記す。
これを調べる意味はシロにも分かる。
これは周囲に喪中を知らせる証で、この家で最近誰か亡くなっていないかを知りたいのだろう。
次、二つ目。
カーテンは開いているか。
現在は午前中。
普通の家庭であれば、起床して屋内に陽の光を入れる為にカーテンを開く時間だろう。
これは開いていた。
中で動く人影が見えるので、家主も在宅している様子だ。
これを調べる理由はハッキリとは分からなかった。
しかし、シロにも推測がつく。
シロの家の2軒隣には、常にカーテンが閉まっているお宅があった。
そのことを不思議に思って父に聞いたことがあるのだ。
「寝たきりのお爺さんがいらっしゃるんだ。
寝たきりだと、陽の光ってのは…キツいんだって。
長いこと入院していた先輩がそう言っていたんだよ。
あそこはお婆さんと夫婦2人で暮らしていたから、心配だよな。」
つまりは、そういうことだろう。
寝たきりの人がいる可能性がある。
この2項目で、シロにもなぜここを調べているかの推理が出来た。
PJ5003Wの刻印の持ち主。
彼だか彼女だかは分からないが、足を失っているのは確かだ。
帰っていれば寝たきりだろうし、帰らなくて、亡くなっていれば喪中だ。
「そうか、うちのお父さんだけじゃ、ないもんな。」
カーテンを毎朝開け閉めする人がこの家にはいる。
その人も未だに帰らない家族の事を心配しているに違いない。
シロは気合いを入れ直し、パールトンから指示された項目を埋めていく。
人の出入り。
庭木の手入れ。
「…う、これは…。」
家族構成と、大体の年齢。
見続けて人の出入りを待つのも手なのだが、シロにはそれが家人なのかどうかを見分ける経験値がない。
「結局、訪ねてみるしか…ないか。」
分からないで済ませても、パールトンはきっとシロを責めることはない。
しかし、自分の力で父を探すと決めた以上、調べる事もせずに分からなかったで終わらせるのは不誠実に感じた。
シロは長いこと観測基地にしていたバス停のベンチから立ち上がり、家へと近づいていく。
そして、歩きながら考える。
どうにか自然と訪ねる理由を作る方法はないものだろうかと。
「…水、ぶちまけて、謝りに行くか。」
シロは水魔法使い。
水は自在に生み出せる。
例えそこら辺で魔法を撒いてしまっても、本来ならただの水。
謝る必要はないのだが、律儀な人は謝ることもある。
「…よし!」
シロは魔力を集め水の玉を作る。
丁度足につまずいて、父が消えたあの日に出したぐらいのソフトボール大の水玉。
これを門の柱あたりで落とし、濡らして謝りに行こう。
そう決めた瞬間、水の玉が大きく膨らんだ。
意図せず氷になったり、意図せずお湯となったり、ここのところシロの魔法は安定感を欠いている。
それは恐らく増大した魔力の影響で制御力と魔力量のバランスが崩れたせいなのだろうが、勿論制御には、水量も含まれる。
そして、維持にも。
「うわぁ…!」
急にバランスボールほどの大きさに膨らんだ自身の水玉に驚き、維持する集中を欠いた結果、バシャーンと大きな音を立てながら落ちてきた水を被ってしまった。
呆然とするシロ。
びしゃびしゃになり、髪の先からポタポタと水が滴る。
晴れた日に道のど真ん中で濡れ鼠になると、何故だか切なくて泣きそうになった。
大きな水の落ちる音に驚いたのはシロだけではない。
当然家から人が飛び出てきた。
家主は濡れた真ん中で佇む子供をみつける。
悲しそうだ、かわいそうに。
魔法の練習を歩きながらしていて、失敗でもしたんだろう。
家主はイタズラの線はないと判断し、声を掛けてくれる。
「おいおい、大丈夫かよ!
タオルとか使うか?
…あ?シロ?」
「…テルぅ?」
テル。
最近よく一緒に魔法の練習をしている、クラスメイトの友人だ。
「あはは!お前さ、制御失敗したな?
まぁ、うちに入れよ。
風呂入れ、風邪引くぞ?」
「テルゥ…。」
シロは情けなさと、テルの優しさ、知らない家へと訪ねる緊張から解き放たれた事で、更に泣きたくなった。
テルは家へと戻り、母親へ同級生が偶然家の前で魔法の練習中、制御に失敗してベシャベシャになったと説明した。
テルの母親はあらあらと、タオルを貸してくれ、そのまま浴室へと案内してくれた。
流石に他人の家で長風呂は出来ないので、パッと上がると、浴室のドアの前に乾いた服が置いてあった。
恐らくテルの服を貸してくれるのだろう。
「お、上がった?
なんだよシロ、氷は出来るのに、水の玉は失敗すんのな。
あはは、あの切ない後ろ姿。
マジで笑えるわ。
あはは。」
「ありがとうテル。
本当、優しさが沁みるよ。
あのさ、ほら、急に魔力が増えたって言ったろ?
それから制御がおかしいから、練習してるんだけど…まさか水玉が大きくなるなんて想像してなかった。」
「デカさも制御力だもんなぁ。
怪我とかないなら良かったよ。」
2人で笑い合っていると、テルの母がお茶を持ってきてくれた。
「テル、お茶はあなたが温めてね。
こんにちは、シロ君。
災難だったわね。
あはは。
おばさんびっくりしちゃった、バッシャーンっておっきな音がしたと思ったら、テルが友達連れてくるんだもん。
ゆっくり温まっていってね。」
テルの母親はテルに良く似て、優しく朗らかそうな人だった。
テルは魔法でお茶を温め、シロへと注いでくれた。
普段からそうしているのだろう、慣れを感じる。
「お前が氷出したからよ、ちょっと負けてらんねぇって、家でも事故にならない程度に魔法使わせて貰ってんだ。
…俺も気をつけないとな、水ならまだいいけど、火で失敗するとヤバいから。
…母ちゃんに殺される。」
「…水だってあんな量を家の中でぶちまけたら、お母さんに怒られるよ。」
それもそうかと2人で笑い、テルの淹れてくれたお茶を飲む。
温められたお茶は、父が居なくなってすぐの頃、テルが声をかけてくれた時のように、心まで温まった気がした。
帰り際までシロは、流石にクラスメイトの事情を根掘り葉掘り聞かずにいたが、玄関に飾ってあった家族写真をみて、父、母、テル、テルの兄という家なのだと分かった。
「お兄ちゃんいるんだ、テル。」
「あ?おぉ。
もう働いてて一人暮らしだけどな。
父さんは多分もうちょいで帰ってくるよ。
…競馬に行ってんだ。
母ちゃんには内緒だけどな。
勝ったら小遣いくれんだよ。
母ちゃんにバレなきゃだけど。」
玄関まで見送りに来てくれたテルはそう言って笑っていた。
この家から悲壮な空気はない。
多分、あの番号は他の家だろう。
シロはそう思い、パールトンへもそう報告した。




