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第八話 猿と蟹


 現逮げんたい (現行犯逮捕) された浦島は取調室で、組対そたい(組織犯罪対策課)の刑事から取り調べを受ける。とはいえ形式的なもので意味はない。なぜならヤクザが供述するのは、口裏を合わせて犯罪を隠蔽するときくらいなもので、それ以外はおおむね黙秘するからだ。浦島も例外では無かった。


「はいどうも、組対の桃太郎です、これからよろしくね」


「……」


「あー、やっぱ黙秘か、長い付き合いになりそうだ」


「……」


「まあ、言い訳あれば聞くだけ聞くよ?」


「……」


「言えねえよな、余計な一言で別件がめくれるかもだしね」

(めくれる:犯罪がバレる)


「……」


「質問とかも、あれば聞くけど?」


 浦島が口を開く。


「……白狗は何者ですか、何が目的か知っていますか」


 桃太郎が鼻で笑う。


「聞くだけだバカヤロウ、くそヤクザのテメエに、教える事なんざ何もねえよ」


◇◇◇


 浦島のいない蟹組は崩れ始めていた。組織の支柱である若頭が殺人未遂、しかもカタギへの犯行なので、長い懲役になるのは確実だ。


 若頭不在の組を、実刑を免れた蜂、栗、うすの三人が支えようと奮闘するも、東南アジアとの薬物流通や他組織との渉外 (しょうがい) といった大きな仕事をこなすには力不足だった。


 助けの手は意外な方向から差し伸べられた。最近シマに進出してきたさる組である。二代目組長のたぬきが、赤蟹組長に提案を持ちかけたのだ。


「東南アジアとの取引が、赤蟹さんの手に余るとうかがいました。どうです、当方のシノギと交換しませんか」


「狸はん、どういうことでっか」


「いやね、ウチの若い衆で、野菜の研究に打ち込んでる奴がいてですね、良い品種が出来そうなんですよ」


「ほうほう、ええやないですか」


「でね、この新種の種と、東南アジアのルート、あ、ついでに若い衆もお付けして交換はいかがでしょう」


「ええな、その話のったで」


 取引は成立した。なお、ここで言う「野菜」とは「違法な煙草」の隠語である。


 実は赤蟹組長、浦島が不在になったことで再び薬に手を出しそうになっており、本人を含め組織としても東南アジアとは関係を断ちたかったのだ。とはいえ誰かが後を継がないと、急に手を引けば揉め事に発展しかねない。取引先の機嫌を損えば、代償は組関係者数名の死で終わらない。


 なぜなら相手の反政府組織は、数も武装も凶暴さも、日本のヤクザとは比べ物にならないからだ。


 万単位の旅団編成された軍事組織を持ち、最新の地対空ミサイルや装甲戦闘車両も多数揃え、国はおろか周辺国も手が出せない。支配地域の人口は数十万、ケミカル系薬物の生産を主産業とする事実上の独立国家と言えよう。東南アジアにおける麻薬汚染の根源、黄金の三角地帯 (ゴールデン・トライアングル) は未だ健在である。


 そんな連中と円満に縁が切れるのだ、たぬき組長の提案は願ったり叶ったりである。


 数日後、猿組から若い衆と「野菜の種」が送られてきた。若い衆は猿組に盃を返納したうえで新たに蟹組へ入り、野菜の栽培に専念してもらう事となった。温和な人格者にも見えたたぬき組長だったが、意外なことに猿組内では相当厳しかったらしく、若い衆は適度に緩い蟹組でノビノビとしていた。


 店を畳んだスナック「すずめ」を、若い衆は野菜の栽培所とした。機材が次々と搬入され、店舗丸ごと近未来的なビニールハウスの様相を呈していた。


注釈:物語は創作だが、作中に登場する東南アジアの反政府組織は実在する。その闇は深い。

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― 新着の感想 ―
装備も兵員も正規軍レベルの質と量を備えた私兵を持つ東南アジアの反政府組織ですか。 これは前エピソードの極左勢力よりも輪をかけてヤバい連中ですね。 そんな物騒極まりない連中と犠牲者を出さずに円満に縁を切…
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