第五話 市民ケーン
赤蟹組長は、蟹組構成員の薬物使用禁止を改めて宣言した。
それは、自分があまりにみっともない姿を晒してしまった反省と、それを若頭の浦島が本部に報告する可能性を恐れての行動だった。
薬物使用の禁止令など今さらの話ではあったが、組長本人や幹部であっても、使用が発覚した場合は破門やエンコ詰め(指を切り落とすこと)では済ませない、と明言した点は新しかった。とはいえ販売や流通に関しては暗黙の了解である。
そんなある夜、組事務所で赤蟹組長は、浦島に声をかけた。
「なあ若頭、あの件、怒ってへんか」
「……いえ、自分は別に」
「わしもな、やりたくてやったんちゃうねん」
「……ああ、そうですか」
「でも組で扱ってる以上、どういうもんか体験すべきや思って」
「……ああ、そうですか」
「一度だけやってみたら、あんなことになったんや」
嘘である。合法の薬物である酒や煙草に置き換えて考えればわかるだろう。一度で中毒になどならない。何度も繰り返し経験することで、自ら沼に落ちるのだ。全て自己責任である。
赤蟹組長の戯言を聞き流していた浦島の携帯が鳴った。
「……親父、ちょっと失礼します」
「おお、誰かの呼び出しか、気いつけて行ってこいな」
愛想笑いを浮かべる赤蟹組長、浦島がかけた圧が効いてるらしい。
◇◇◇
ショットバーの看板に書かれた店名は「ザナドゥ(Xanadu)」。浦島はそのカウンターで、カクテルのローズバット(薔薇の蕾)を口にしていた。店内で流れる「To Make The End of Battle」の Cool Jazz アレンジは、店名を「YS II 」に改名すべきと浦島に思わせるほど場違いだった。マスターの趣味だろうか。
やがて入口の扉が開き、男が入ってきた。人目を避けるように襟を立て、ベレー帽を深くかぶったその人物は、いわゆる情報屋だ。男はさり気なく浦島の横に座り、小さな声で呟いた。
「蟹組のシマ内に来る組織の情報、入りました」
「……聞かせてくれ」
「猿組、浦島さんの上部団体直参ですね」
「……それは知っている」
「調べましたが、特に悪い噂はありませんね、別組織のシマに入っても、トラブルを起こしたことがありません」
「……本当か?」
「ええ、ご存じのとおりアタシは本業が新聞記者ですからね、調査結果にはそれなりの自信があります」
「……本部筋がシマ荒らしに来てる、とかじゃないのか」
「そりゃ猿組もヤクザですから、色々あるとは思いますが、同じ系列の組織をどうこうするような集団では無さそうですよ」
浦島は席を立った。その際に手渡した厚めの封筒を、情報屋は懐に入れた。そして浦島に聞こえるギリギリの小さな声で、こう言った。
「毎度あり、これからも情報屋ケーンを、どうか御贔屓に」




