第四話 蟹
浦島がシャバにいた頃、彼が席を置く「蟹組」は財政が潤っていた。
ミャンマーと中国の国境近くで売春旅行していた組長の赤蟹が、現地で反政府組織と繋がり、格安でケミカル系薬物を輸入できるようになったからだ。それを国内で流し、莫大な利益を得ていたのだ。
赤蟹組長は日々豪遊した。金に糸目をつけず何でもやった。
一応組内で、薬物の使用禁止という掟がある。それは上部団体からも、申し伝えられている。だが、社会のルールを守れないような連中が集まって組織化したヤクザが、組内のルールだけは守るなんて実際あるわけがない。それが自制の利かない組織の最高権力者で、しかも金があるとなれば尚更だ。
ゆえに事件は起きた。
薬物に関わる以上、必ずロクでもない何かが起きる。
必ず、だ。
上部団体の本部より執行部会の呼び出しがあり、当時蟹組の若頭だった浦島は、赤蟹組長に連絡を入れようとした。だが、電話に出ない。異変を感じた浦島は、数人を引き連れ組長宅に向かった。インターフォンを鳴らしても応答がなく、浦島は家に突入した。
ヤクザの組長宅や事務所は、その多くが抗争を想定して建築されており、赤蟹組長の自宅も例外では無かった。機動隊ならともかく、部外者が容易に侵入できない構造になっている。
しかし若頭である浦島は、事前に組長宅の鍵を預かっており、なんなく入ることが出来た。赤蟹の寝室がある二階に駆け上がり、扉を開く。浦島がそこで目にしたのは……
大音量で流れるアダルトビデオ。
部屋に転がる大人の玩具。
血まみれのチ○チ○を必死でこする全裸の男、赤蟹組長。
「な、なんやお前、何しに来たんや」
赤蟹組長は驚いたようだが、それでも縮んだ自分の○ン○ンをまさぐる手は止まらない。浦島を見てもだ。完全にキマッている。おそらく数日は一睡もせずにいたのだろう、頬はこけ異臭を漂わせている。それは化学薬品のような体臭であり、飛び散る血液と排泄物が混じりあう悍ましき悪臭だった。
「親父、本部から呼び出しが来てます」
淡々と用件を伝える浦島。
「ほ、ほうか、ほな行くさかい待っとれ」
「失礼します」
浦島はドアを閉めた。惨憺たる状況ではあったが、薬中 (薬物中毒者) から金を徴収するヤクザにとって珍しい光景ではない。とはいえそれが組織の上層、しかも組長の話となれば看過できない。浦島は色々と思うところもあったが、ひとまず後で考えることとした。
やがてドアが開き、瞳孔も開いた赤蟹組長が現れた。一応服を着ているが、ヨレヨレで体臭も酷く、汗をだくだくと流している。
「ほないこか」
「いや、無理です」
「なんでや」
「薬食ってるのがバレバレです」
結局、執行部会は急病という形で欠席した。話し合われた内容は、蟹組のシマ(なわばり・勢力範囲内)に別組織が来る件だったらしい。赤蟹組長が欠席したため反対もなく決定された。上部団体を同じとする親戚筋の組織ではあるが、蟹組にとって良い話では無かった。
まるで赤蟹組長の、蟹組のシマを奪わんとする本部の陰謀、そう考えるのは杞憂だろうか。浦島は、一抹の不安を拭えずにいた。
注釈:ヤクザの家は窓が少ないなど、見る人が見ればわかる特徴を持っているが、普通の住宅地に紛れ込んでいることが多く、近隣住民も気付いていなかったりする。何年も放置された廃屋の民家なども、実は薬物や危険物の隠し場所だったりすることもある。
案外、警察も把握しきれてない場合もあるので、怪しいと思ったら通報をお勧めする。なお、人質に取られる可能性を考慮してか、妻や子供は別宅に住んでいる。(全てではない)




