第二話 放免祝い
半日かけ地元に帰った浦島と弟分の蜂、栗、臼は、予約していた焼肉屋に入った。小さな店だがその日は貸し切り、浦島の放免(出所)を祝った。栗が乾杯の音頭をとる。
「浦島アニキ、長いお勤めご苦労様でした、では皆から一言づつ……」
「るっせえ、とっとと飲ませろ」
浦島が茶々を入れ、一同はどっと沸く。
「……では、アニキが急かしますんで、乾杯」
「乾杯」
「乾杯」 グビ。
「乾杯……ガッついてますねアニキ」
浦島は地元に戻る途中、何度か高速のパーキングエリアで休憩した。しかし軽くお茶を口に含む程度で、あえて一切の飲食を行わなかった。すべてはこの一瞬にかけていたのだ。炭酸が喉を駆け巡る。
煙草の味を忘れてしまった浦島だが、体はビールを覚えていた。良く冷えた歓喜が全身に染み渡る。空いたグラスに間髪入れず、三人が代わる代わる注ぐ。蜂がトングを手に、浦島の横へ座った。
「アニキ、どんどん焼いていきますんで」
七輪の網にホルモンが乗せられ、備長炭で炙られていく。網から滴り落ちる脂が、狂おしいほどの香りをたてる。頃合を見て取り分けようとする蜂の意向をスルーして、浦島は手近な肉を素早く箸でとり、タレにくぐらせ口にした。もはや、一刻の猶予もなかったのだ。
香ばしく焼けたホルモン、噛めば弾ける灼熱の脂。それを、冷えたビールで流し込む。
浦島はヤクザだ。いわゆる極道だ。故に、ありとあらゆる快楽の追求に妥協したことがない。高い酒、いい女、薬物も一通りは経験した。だが、今、この瞬間に勝るものは、味わったことがない。
「……ンめえ」
思わず声も出る。砂漠が如く果てしない懲役、彷徨う先で辿り着くオアシス、人もラクダも泉に駆け寄り、一言も漏らさず飲み干す盃。アラブ富豪の豪華なご馳走、脂ギトギトの豪快なマルチョウ(丸腸)、七輪から立ち上がる煙の向こうに蜃気楼……
「追加のお肉、持ってきたーよ」
怪しい日本語が耳を捕らえ、浦島は顔を上げた。そこに立っていたのは、星条旗をあしらったエプロン姿の女。金髪で長身、青い目に白い肌。典型的な白人だ。
「……あんた、ここの店員かい?」
「イエス、でも、ノー、店長でもありまーす」
「……そ、そうかい」
「ふっふっふ、実は私、アメリカ人なのでーす」
「……エプロン柄からしてそうだろうな」
「アメリカから亡命してきました、名前はカーグヤといいまーす」
「……アメリカから亡命?」
「ハハハ、ジョークでーす」
キャラが濃すぎてツッコミが追い付かない。臼が目くばせで相手にするなと言っている。悪い人間ではなさそうだが、いちいち関わるのも面倒だ。浦島は適当にあしらった。
「アニキすいません、あの金髪女いつもあんな感じでして」
「……お、おう」
「でも食材を見る目は確かで、仕入れる肉は絶品なんすよ」
「……それはわかる」
「やっぱアメリカ仕込みなんすかねえ」
それならステーキかBBQをやったほうがいいじゃねえか?浦島はそう思ったが口にしなかった。蜂が取り分けた肉だけを、黙って口にした。
注釈:目上に対し「ご苦労様」は本来失礼にあたるのだが、ヤクザや警察は頻繁に使う。




