『二人はお風呂で仲良くできてますかね……?』
蒼太は、ぼんやりと湯船に浸かっていた。
「…………」
普段よりもずいぶん長風呂になっている。
頭の中はずっとましろのことでいっぱいだ。
告白して、泣かれて、逃げられて。
それでも翌朝には朝ごはんをねだられて、ゲームにも誘われて、曲がりなりにも友達として接してくれている。ここから自分がやるべきことは……
(ましろと恋人になるのは……諦めた方がいいよね……)
ましろは、明らかに友達のままでいたいと思っている。
ならこれ以上追いかけてはいけない。これ以上追いかけたら、それこそ今の関係まで壊れてしまうかもしれない。
失恋したことは辛いけど、ましろがそれでも一緒にいようとしてくれることに感謝して諦めないと……。
と、思っていたその時だ。
脱衣所の方から、なにやら物音がした。
「……ん?」
磨りガラスの向こうに誰かの影が見えた。
いや、誰かって言ってもこの家に住んでる人間は自分とましろなわけで、つまり磨りガラスの向こうにいるのはましろなわけで。
そしてそのシルエットは明らかに服を脱ぐ動きをしてて……。
「ま、ましろ? 僕まだお風呂入ってるよ?」
声をかける。でも返事はない。
シルエットは明らかに、上を脱いで、その後下を脱ぐ動きをしている。
「ましろ!? 僕お風呂入ってるよ!?」
ちょっと焦りつつ呼びかけるがやはり返事はない。
そして、浴室の戸がカチャリ、と開いた。
「…………」
そこにははたして、ましろが立っていた。
顔を真っ赤にして、服は着てなくて、頼りない手ぬぐいで前を隠している。
蒼太はというと……不意打ちにあったように、完全に固まってしまっていた。
だが悲しいかな、男の性というものなのか、つい手ぬぐいで隠しきれていない部分……華奢な肩や細い脇腹。柔らかそうな太ももに視線が行ってしまう。
「……あんまりジロジロ見ないでよ、ヘンタイ」
「ごめんなさい!?」
蒼太はすぐさま視線を逸らす。ましろから入ってきたのでちょっと理不尽な気はするけれどこういう時に主導権を握るのは女子の方なのだ。
「か、勘違いしないでね。ミッション。これはミッションが出たから仕方なくやってるだけだから。ほら前にもやったでしょ一緒にお風呂入るってやつ。ほ、ほんとアイってば毎回とんでもないこと言い出すわよねあのポンコツAI。ま、まあでも? なんだかんだポイントいっぱいもらえるみたいだし、お小遣い稼ぐにはいいかなって。ほんとにそれだけだから」
なんだかものすごく早口だった。けれども今の蒼太にはそれに気付く余裕もない。
だって考えてもみてほしい、好きな子に告白して、フラれたと思っていて、でも友達のままでいよう……って思ってたところに裸でお風呂に乗り込んできたのだ。いったいどうすればいいのだ。
そしてそんな蒼太に、ましろはもう一枚持っていた手ぬぐいを投げつける。
「……それで下、隠して。……背中流してシャンプーしてあげるから……こっちの椅子、座って」
「あ、う、うん……」
頭がまったく働かない。言われたまま手ぬぐいで下半身をかくして立ち上がり、椅子に座る。
すぐ後ろに、好きな女の子がいる。しかもお互い裸。
一応以前にもお風呂に一緒に入ったことはあるけれど、あの時はただ湯船に一緒に浸かるだけだったし、今はあの時よりもはっきり恋愛感情を自覚してしまっている。
……つい変なことを考えそうになって慌てて振り払う。今変なことを考えてしまったらいろんな意味で非常にまずいのだ。
眼を閉じて、心を無にして、以前なにかでみた般若心経の知ってる部分を心の中で唱え始める。
そうしているうちにましろが背中を洗い始めた。
「っっっ!!」
「きゃっ!? ちょ、ちょっと、いきなりびくんってしないでよびっくりするじゃない」
「ご、ごめんなさい……」
心臓の鼓動がヤバい。スポンジで背中を擦られただけなのだけど、なんだか、こう、いろんな意味でダメな感じになってしまっている。
そしてましろも緊張しているのか、ほーっと深呼吸する音が聞こえた。
あらためて、そっと背中にスポンジが触れる。今回はびくっとするのは何とか堪えた。
「……きもちいい?」
「気持ちいい、です」
「なんで敬語なのよ」
あまりの蒼太の緊張っぷりにましろはくすりと笑うが、一方の蒼太は大混乱していた。
どうにか頭を働かせてこうなった経緯を推測しようとするのだけど、背中に触れる感触でまったく頭が回らない。
「……次はシャンプーするから」
「はい……」
……少しだけ間があった。
視界の端で、ましろが手ぬぐいを風呂桶の縁にかけたのが見えた。おそらく、片手ではシャンプーしにくいと判断したのだろう。
……つまり、今のましろは何も隠してない状態なわけで……。
「……今振り向いたら殺すから」
「は、はいぃっ……!」
声が裏返った。
絶対に振り向いてはいけない。そう思っているのだけど悲しいかな、頭の中ではどうしても背後のましろの姿を想像してしまう。
そしてそんなものを想像すると、男の体はどうしても反応してきてしまうもので……。
(だめだめだめだめだめ!)
それだけはなんとしても避けなければいけない。そんなところを見られたら致命傷にもほどがある。
蒼太は目を閉じたまま般若心経の同じフレーズを必死に繰り返す。
そしてそんな蒼太の心の中で行われている死闘に気付いているのかいないのか、ましろはわしゃわしゃとシャンプーをしていく。
「……きもちいい?」
「そんなことないよっ!?」
「え。……そっか、下手でごめん……」
「あ、いや、ちが……シャンプーは、気持ちいい、です」
「? シャンプーはってどういう意味?」
「…………」
言えるわけがない。『きもちいい?』と聞かれたのが何故か変な意味に聞こえて反射的に答えてしまったなんて言えない。こういう時の男のIQはサボテンレベルなので許してほしい。
「……じゃあ、流すから。目、閉じててね」
「う、うん……」
元々閉じてはいたが、蒼太はさらにぎゅっと目をつぶる。
少し間を置いてシャワーの音。髪を手でかき混ぜるようにしながら、丁寧にシャンプーの泡を流してくれている。頭を撫でられてるみたいで気持ちいい……のだけど。
(だめだ……これ、ほんとにだめだ……)
好きな女の子に体を洗われて、自分は手ぬぐい一枚。ましろに至っては……見てはいないけど手ぬぐいを置いてたのでたぶん何も隠していない状態。
こんな状況で何も意識しないでいられる男子がいるだろうか? いやいない(反語)
さっきから頭の中で般若心経の同じ部分を繰り返しているのだが、流石にその効果も怪しくなってきた。
「…………どうだった?」
「ど、どうだったって?」
「だから! その……私に背中流してもらったりシャンプーしてもらうの、気持ち良かった?」
「う、うん……」
「……そっか」
その声は恥ずかしそうではあったけど、どこか柔らかくてほんの少し嬉しそうな感じがした。
それはまるで、こうやって自分とお風呂に入るのも嫌じゃないと言っているようで……。
そのことに、また蒼太の胸はドキドキしてしまう。
「あ、あの、ましろ? 僕も決して嫌じゃないんだけどあんまりこういうのは……」
その時だ。蒼太は、ほんの少しだけ目を開けてしまった。
誓って言うが、蒼太にやましい気持ちがあった訳ではない。ただ長いことギュッと目をつぶっていたので少しその力を緩めてしまっただけだ。
だが、この家の浴室には大きな鏡があったのだ。
そこに――背後に立つましろの姿が映っていた。
「――っ!」
次の瞬間、蒼太は身体をぎゅっと丸めた。
「え、ちょ……蒼太?」
「…………」
蒼太は前屈みになったまま、完全に固まってしまった。
「ど、どうしたの? お腹でも痛いの?」
「い、いや……そうじゃなくて……その……」
「……?」
ましろは最初、きょとんとしていた。
だがしばらくしてハッとすると、その顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
ましろは恋愛には不慣れで初心だけど、何だかんだで成人向けの漫画まで描いている。要するに知識だけはそれなりにあるのだ。
だから、今の蒼太がどういう状態でなぜ前屈みのまま動けなくなっているのか正しく察してしまった
「~~~っ! ~~~~~っっっ!!」
ましろが声にならない悲鳴を上げる。すぐさま手ぬぐいを掴んで体を隠すがあとの祭りである。
「そ、それじゃあ私は先に上がるから! その……お、落ち着いたら出てきて!」
それだけ言うと、ましろは逃げるように浴室から出て行ってしまった。
「…………終わった」
蒼太は顔を覆って小さくそんなことを呟くのであった。
†
一方、ましろはTシャツ一枚という格好で部屋に戻るとそのままベッドに突っ伏した。もう恥ずかしすぎて死にそうだった。
(蒼太のあの状態って……つまりそういう状態ってことよね……)
想像しただけで顔から火が出そうで、自分から入ったので理不尽なのは承知してるけど蒼太を引っぱたきたい気分だった。
でも一番は……。
「……もうちょっとキモいとか、そういうこと思いなさいよ私のばかぁ……」
蒼太がそういう反応をしたのに自分が嫌悪感も気持ち悪さも全然感じてなくて、ただ恥ずかしがっているだけというのが一番恥ずかしくて、ましろは枕に顔を埋めるのだった。




