『流石にそれはダメですよね!』
コンビニ袋を片手にぶら下げた千尋はキョロキョロ周りを見回す。
「あれ? 鳴上くんは?」
「……私一人だけど」
「あ、そうなんだ。ごめんごめん。いつも一緒だからなんか二人セットで考えてた」
「別に私だって一人で外出ぐらい……」
もごもご反論しかけて、思い返してみれば外出する時はほぼ毎回蒼太と一緒だったなとましろは苦い顔をする。
「あ~、その……今日はちょっと散歩。ほ、ほら、冬休みって家にこもりがちだから運動不足になるかな~って」
「へ~そうなんだ。えらいえらい」
「ちょ、も~こんな往来で頭撫でないでよ~」
「あ、ごめんごめん。つい学校の調子で」
そんなじゃれ合いにましろはホッと息をつく。
蒼太のことでいろいろと悩んでいただけにちょうどいい息抜き……と思っていたその時だ。
『初めまして、谷垣千尋さん』
「へ?」
急にましろのスマホから声がして、千尋はキョトンと首を傾げた。
まさかここでアイが千尋に声をかけると思っていなかったましろはワタワタ慌ててポケットにつっこむが、アイは構わず続ける。
『私は生活支援AIのアイと申します。現在、ましろさんの生活支援をしておりまして……』
「ちょちょちょ、ちょっとアイ!?」
「AI? 生活支援? ……へ~そんなのあるんだ。見せて見せて」
興味津々な様子の千尋に、ましろは観念したようにスマホを出す。
スマホの中のアイは千尋にぺこりと頭を下げて、千尋は「かわいい~」とアイに小さな歓声を上げていた。一方のましろはアイが何を言い出すかと気が気じゃなくてオロオロしていた。
「それでアイちゃん、私に何かご用?」
『はい! 実は千尋さんに、ましろさんのお友達と見込んで相談がありまして……』
「……それって鳴上くん関連?」
「千尋なんでわかったの!?」
「いやだってそりゃあ……ましろちゃん一人で外をうろついてるってやっぱり珍しすぎるし……で、なにかあったの?」
『それに関してはお二人のプライベートな問題もあるのでましろさんの許可がないと詳しくは話せないのですが……ましろさん、どこまで話していいですか?』
「……なんで千尋に相談する流れになってるのよ」
『現在の問題はお二人だけで解決するのは困難だと判断しました。生活支援AIとして、お二人のQOL(生活の質)の著しい低下は見過ごせません』
「……わかったわよ」
実際、アイの言うとおりでましろもこの問題を自分だけでちゃんと解決できるとは思っていなかった。
息を吐いて、まだ何が何だかわかっていない千尋に向き直る。
「ごめんね千尋、急になんかめんどくさい話になって」
「それは別にいいんだけど……どうしたの?」
「えっとね、実は私……」
ましろは指をもじもじ組みながら、おずおずと答える。
「私……蒼太と仮婚してるんだ」
「……へ?」
「その、仮婚制度ってやつ、知ってる? 私と蒼太、それに参加してて……」
「え、待って…………つまり二人って同棲してるの!?」
「……うん」
「同棲って、同じ家で暮らしてるってことだよね!?」
「うん」
「鳴上くんとましろちゃんが一緒の家で暮らしてるの!?」
「だからそう言ってるでしょ」
「いやいやいや、まってまっていきなり言われてもすぐに消化できないからこれは! え……同棲してるってことは、まさかもうエッチなことまで……」
「そ、そこまではして……ない?」
「なんで疑問形になったの!?」
†
その後、立ち話もなんだということで近くのカフェへ移動した。
千尋も、仮婚制度についてはこの間授業でやったのでそれなりに知っている。
当時は少子化対策とはいえ初対面の男女を同棲させるのはいかがなものかと、正直顔をしかめていた。
ただ、そんなものを自分が親しくしていて……しかも応援していた二人がやっているというのは完全に予想外で、なんとも難しい顔をしている。
「ましろちゃんと鳴上くん……やけに距離が近いなって思ってたけどそんな関係だったんだ……」
「ごめん、今まで秘密にしてて……」
「いやまあそりゃあ……男子と同棲してますってのは流石に言いにくいだろうから気にしてないけど……で、何があったの?」
まあ、千尋も仮婚制度についてはいろいろ思うところはあるものの二人を見ていたら実際相性抜群なのは確かだ。
なにかトラブルがあったというなら友達として相談に乗って上げようと、千尋はコーヒーをすすりながら尋ねる。
「……昨日、蒼太に告白された」
「ぶふっ!?」
危うく、千尋はコーヒーを吹き出しそうになった。
「こ、告白? 鳴上くんが? ましろちゃんに?」
「……うん」
「そ、そっか、じゃあ……ついに? ようやく? いやー、そっかそっか……。二人、やっと付き合うことになったんだね。おめでとー」
ほんの少し目を泳がせつつも、千尋は友達としてましろを祝福する。
が、ましろは気まずそうに目を逸らした。
「……付き合ってない」
「え?」
「返事、してない」
「……あー、なんというか、気持ちの整理つけてからあらためてお返事させてって感じのやつ? まあ急に言われたらびっくりしちゃうだろうしね」
『いえ、告白された時ましろさんは泣いちゃって、逃げ出して、今朝も何もなかった風に振る舞っています』
「えぇ……?」
アイの補足に、ましろはまるで先生に怒られた子供みたいな顔で目を伏せてしまう。
「……ましろちゃん、告白されて返事してないの? しかもなかったことにしてる? いや流石にそれはさぁ……」
「……だって」
「だってじゃありません! 今絶対鳴上くんめちゃくちゃ不安になってるよ!」
言われて、ましろの胸がちくりと痛む。
実際、自分がひどいことをしてるのはましろだってよくわかっているのだ
「……わかってるわよ」
「じゃあ、何で返事しないの?」
「…………」
ましろはカフェオレを一口飲んだ。
深呼吸。言葉を探しながら、再び口を開く。
「あいつのことは……友達としては……好き」
「うん」
「家族みたいなものとしても……好き。……いっぱい感謝もしてる」
「鳴上くん、ましろちゃんにはお母さんみたいになってるもんね」
「そこはお父さんじゃないの?」
ましろはそう言いつつも、『まあ確かにあれはお母さんだな』と苦笑いする。
だがその笑顔もすぐに曇ってしまう。
「でも…………恋人になりたいかって聞かれたら……なりたくないって、答えちゃうと思う」
「どうして?」
「今が、すごく幸せなの」
ましろはギュッと拳を握りしめる。
「今が幸せで……泣いちゃいそうなぐらい楽しくて……だから、なにかが変わっちゃうの……怖い」
言葉にして、胸が苦しくなった。
今の生活はましろにとって奇跡のようなものだった。
いじめられて引きこもって、親とも喧嘩して。そして半ばやけっぱちで応募した仮婚で蒼太と出会って、それから毎日が楽しくなって。
今の生活が楽しすぎて、幸せすぎて、こんな生活が一生続いて欲しくて……。
しかし、だからこそ。
「今の幸せな毎日を、変えたくないの。恋人になって、蒼太がぐいぐい来るようになったら怖いし、別れて、気まずくなったりするのも嫌だし……今が一番幸せなの。だから、ひどいことしてるって自覚はあるけど、何もなかったことにしたいって、思っちゃうの……」
「……んー」
千尋はしばし考える。
「それ、鳴上くんには言った?」
「……言ってない」
「とりあえずさ、そういうことなら鳴上くんにそう言ってみたら? 鳴上くん、別にそれで態度変えたりしないと思うし、なかったことにするよりは全然良いと思うよ?」
「それも……やだ」
「なんで?」
「……それで蒼太が私のこと諦めて……他の女の子の方に行っちゃうの、いやだから……」
「……ましろちゃんさぁ」
千尋は深く深くため息をついた。
「ましろちゃんが怖いのはわかった。まあ実際、二人ともめちゃくちゃ仲良しで幸せそうだしね。……でも告白に返事もしないでキープってのは流石にだめでしょ」
「……それは……そうなんだけど」
「付き合えって言ってるわけじゃないよ。でも何も言わないっていうのはとにかく絶対ダメ。鳴上くんだってずっと宙ぶらりんじゃかわいそうだよ」
そう言って、千尋はもう一度深くため息をつく。
「この際だから私からも一つカミングアウトするけどさ」
「?」
「私ね、鳴上くんのこと気になってたんだ」
「え」
千尋も蒼太のことが気になってた。その言葉を聞いてましろは真っ青になった。
千尋だってましろにとって大事な友人で、でも千尋も蒼太のことが好きだったというならましろは友人から好きな人を奪って、しかもそれをキープしようとしていたという訳で……。
「あ、あの、ごめんなさ……」
「あ~だいじょうぶだいじょうぶ、そんな深刻な顔しなくていいから」
千尋が苦笑いしつつ手をパタパタ振る。
「あくまでも、『鳴上くんっていいな~』って程度だったしね。気になりだしたきっかけも、鳴上くんがましろちゃんにいろいろ良くしてあげてるのを見たのがきっかけだしさ。ほら、なんかもう鳴上くん、ましろちゃんをお姫様みたいに扱ってたし」
『お姫様というよりは保護者と娘って感じもしましたけどね』
「あ、それは確かに」
アイの茶々入れに千尋もクスクス笑って、小さくため息をつく。
「そういうの見てていいなって思いはしたけど、まあ実際鳴上くんとましろちゃんってあんな感じじゃん? そりゃ普通に諦めるでしょ」
ましろは何も言えなかった。
「で、ようやく鳴上くんが勇気を出して告白したっていうからおめでと~ってなってたのに、ましろちゃんはそれにちゃんと返事せずキープって言ってんだから私としてもちょ~っと文句言いたい気分ではあるわけですよ」
「う……でも、だって……」
「だってじゃありません」
まるで先生のような口調で千尋はぴしゃりと言う。
「そもそもさ、ましろちゃんは鳴上くんと最終的にはどうなりたいの?」
「え? ……だから、ずっと今の関係のままで……」
「仮婚終わって高校も卒業したらそういう訳にもいかないでしょ。ちゃんとゴール地点決めとかないと後悔するよ」
「そんなこと言われても……」
「とにかく真剣に考えてみること! 恋人になるのもありなのか、それともやっぱり友達としか見れないのか、そういうところちゃんと考えないと」
「…………」
やっぱり嫌そうなましろに、千尋はもう何度目かのため息をつく。
「……じゃあ、ましろちゃんがこのままなんにもしなかったら私、冬休み明けに鳴上くんに告白するから」
「……え? ち、千尋? 今なんて……」
「だから、ましろちゃんが何もしないなら私が告白する。恋人にしてくださいって言う」
「そ、そんなのだめっ!」
「いやもうそんな必死な顔でだめっていう時点で半分以上答え出てるじゃん……」
千尋は呆れるようにそう言ってコーヒーを一口。
いつもより厳しめな口調で続ける。
「とにかくましろちゃんは鳴上くんのこと、男としてどう思うかちゃんと考えてみること。で、どんな形でもいいからそれをちゃんと伝えること。何もしなかったらホントに鳴上くんのこと取っちゃうからね」
家に帰ってくるなり、ましろは自室のベッドに倒れ込んだ。
「…………」
枕に顔を埋める。千尋に言われたことが、頭の中でずっとぐるぐるしている。
『鳴上くんのこと、男としてどう思うかちゃんと考えてみること』
そんなことを言われても、すぐに答えなんて出せるわけがない。
蒼太のことは……友達としてなら、間違いなく好き。
家族みたいなものだとも思うし、まあ、恩人だとも思ってる。
でも……。
「……恋人、かぁ」
ぽつりと呟く。
やっぱりあんまり気が進まない。今の友達としての距離感が、すごく心地いい。
でも絶対に嫌かと言われたら、別にそんなこともないわけで……正直に言うなら、結婚して一生一緒にと言われても……まあいいかなと思わないでもないわけで。
だけど……恋人になったら今よりももう一歩踏み込んだ関係になるわけで。
今なら多少喧嘩してもなあなあで済ませられるけど、そうもいかなくなるかもしれなくて。
近づいた分衝突も多くなるだろうし、自分の面倒くささは自分でもよくわかっている。ずっと喧嘩せず仲良しなままでいられる自信はあんまりない。
それに……恋人になったのなら、当たり前なのだけど二人は恋人ということで。
それはつまり、男子と女子なわけで。
異性としてお付き合いするわけで、それはつまり……。
(つまり、そういうことも、あるわけよね……)
顔が熱くなる。
恋人同士になれば、今みたいに手を繋ぐだけでは終われない。
蒼太も男なのだし、恋人になればいずれはそういうことも……
(男は狼っていうし……いや、蒼太が狼になるとは思えないけど)
……ちょっと怖いと思ってしまう。
ただ怖いのは蒼太ではなくて、むしろ自分の気持ちの方。
蒼太が男として接してきた時に自分はどう思うのか。
……それで蒼太のことを嫌いになってしまったらどうしようって思ってしまう。
「……いっそ蒼太が女の子だったら、こんな悩まなくて済んだのに」
そんな無茶苦茶なことを呟いて、ましろは寝返りを打つ。
思えば文化祭の時につい距離がちかくなってしまったのも、女装した蒼太に無意識に安心してストッパーみたいなものが外れてしまったのかもしれない。だってあの蒼太女の子にしか見えないし。
でも蒼太は男だ。
自分のことを、女の子として好きだと言った男の子だ。
要するに、蒼太は自分のことを異性として見ている。
だったらつまり、まあ男子なら当然だとも思うけど、そういう気持ちもあるはずで……。
……そもそも自分は、異性としては蒼太のことをどう思っているのだろう?
「………………アイ」
『はい、どうしましたましろさん』
ましろの傍らにホログラムのアイが現れる。
「蒼太って今なにしてるの?」
『蒼太さんですか? えーと、現在は入浴中ですね』
「…………」
ましろはしばらく黙り込む。
逃げてばかりではいけない。千尋にもそう言われた。自分でもわかっている。というかこのままじゃ冬休み明けに千尋に蒼太を取られちゃうかもしれない。
(だから、確かめないと……)
蒼太を男の子として見た時、蒼太に女の子として見られた時、自分はどう思うか。それを確かめないと返事なんてできない。
「……ねえ、アイ」
『はい、なんでしょうか?』
「……ミッション、出してほしいの」




