『ど、どうしてこんなことに?』
「なんで……そんなこと、言うの……?」
ましろの頬を涙が伝う。
蒼太はもう、ポロポロ涙をこぼすましろを見ながら完全に固まってしまっていた。
「ま、ましろ……」
どうにか言葉を口に出す。
失敗した。言うべきじゃなかった。そんな後悔が怒濤のように押し寄せてくる。
「あ、あの、僕……」
「……~~っ」
ましろは蒼太の手を離すと、そのまま人混みをかき分けて一目散に走り去ってしまった。
蒼太はその場に立ち尽くす。
背後ではパレードが始まっているのだけど、音も光も入ってこない。
ただましろが走っていった方向を、呆然としたまま見つめていた。
『あ、あの……蒼太さん? 大丈夫ですか?』
ポケットの中からアイの声が聞こえた。
流石のアイも今回ばかりは茶化すような感じはなく、むしろ困惑するようにおどおどした感じだった。
「……うん」
『げ、元気出してください! きっとこれはなにかの間違いで……』
「……うん」
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
ましろを泣かせてしまった。
今まで積み上げたものが、一気に崩れてしまったような気分だった。
そして今回ばかりは、アイも本気で困惑していた。
アイは仮婚支援AIとして二人の言動から『これは確実に両思い。告白したら成功間違いなしです』と確信して告白を促したのだ。
それが失敗して、しかもこれまで積み上げてきた二人の関係値まで壊れてしまったりしたらもう仮婚支援AIとしての存在意義まで揺るがされるレベルの話である。
「……帰ろう」
『は、はい』
そうして家に帰ると、玄関にはましろの靴があった。
ほんの少しホッとする。もしかしたらこのままどこかに行ってしまうんじゃないかと少し不安だったのだ。
そうしていると、ホログラムのアイが蒼太の前に現れる。
『お、おかえりなさい蒼太さん』
「うん……ましろは?」
『先に帰って今は寝室にいます。でも私が何を聞いても答えてくれなくて……』
「そっか……あんまり無理に聞こうとしないであげて……? 悪いのは僕なんだし……」
『い、いえ! そんなことは……』
反論しかけるも、蒼太の泣きそうな顔を見てアイは口をつぐんだ。
そのまま靴を脱いで、とぼとぼ家に上がる。
リビングは暗い。
こたつの上には出かける前に食べていたみかん。
数時間前までは、二人でここに座って、テレビを見ながら仲良くくだらない話をしていた。
……またちょっと泣きそうになった。
そのままとぼとぼ二階に上がる。
ましろの部屋の前まで来て……少し迷いつつも声をかけた。
「ましろ……まだ起きてるよね?」
返事はない。ただ、中で小さくベッドが軋む音がした。
「あの……さっきは、ごめん。困らせるつもりじゃなかったんだ」
やっぱり返事はない。
「その……気にしないでというか……。べ、別に恋人になってほしいとか言うつもりはないから。えっと……その……告白自体は、本当だけど……これまで通り仲良くしてくれたら嬉しいというか……」
言いながら、チクチク胸が痛む。
もしも一時間前に戻れるなら、自分は是が非でも自分の告白を止めただろう。
言わなければよかった、やめておけばよかった。そんな後悔がずっと心の中で渦を巻いている。
ましろからの返事はない。
「……ごめん。今日はもう、休むね」
そうして部屋に戻り、蒼太はベッドに倒れ込む。
枕に顔を埋めて、そういえばこの前、ましろと添い寝したことがあったなと思い出す。
……もう二度とあんなことはしてくれないんだろうなと思って、また泣きそうになった。
†
そうして翌朝。
「……た」
夢うつつな中で、ましろの声がする。
「……う……た」
つんつんと、いつもより少し遠慮がちにほっぺたをつつかれる。
「……蒼太」
その声に、蒼太はぼんやり目を開けた。
すぐ隣で、ましろが蒼太の頬に手を伸ばしている。
しばし沈黙。ぼそぼそと、いつもよりだいぶ小さな声でましろが言葉を紡ぐ。
「……お腹、すいた」
「……へ?」
「朝ごはん、作って」
「あ……うん。わかった」
「……ん」
ましろはそれだけ言うと、そのまま足早に部屋を出て行った。
目をパチクリさせる蒼太。その傍らにアイも現れる。
「えっと……なんか、普通だね?」
最悪、避けられて仮婚終了まで覚悟していただけに不幸中の幸いというか。
とにかく蒼太は、普通にましろが話してくれていることにホッと胸をなで下ろす。
が、アイの方はというとなんとも難しい顔で眉間を揉んでいた。
「アイ、どうかした?」
『いえ……以前から、『蒼太さんは良い感じなのにましろさんは全然恋愛方向に進もうとしないな~』とは思ってたんですが……ましろさん、思ってたより拗らせてるのかも……』
「?」
『まあいいです。少しの間様子を見ましょう』
蒼太は不思議に思いつつも、朝ごはんを用意すべく一階へと降りていった。
朝食の時間は、いつもより静かだった。
お互いに無言のまま、蒼太が用意した朝食を二人は黙々と口に運ぶ。
テレビでは相変わらずクリスマス特集がやっていて、蒼太的には今すぐチャンネルを変えたい気分だったけどそれも『昨日のこと気にしてます』と言うみたいで動けない。
一方のましろも、ただ黙々と目の前の茶碗を見つめている。
「……お醤油、とって」
「あ……うん」
醤油を渡す。ましろは小さく「ありがと……」と言ってとぽとぽ目玉焼きにかける。
幸いなのが……ましろも蒼太のことを避けている感じではないのだ。
例えるなら、喧嘩して気まずくなったけど仲直りはしたいとか、そういう感じの雰囲気。
蒼太はとにかく元の関係に戻ろうと、必死に頭を悩ませる。
「えっと……えっと……今朝のご飯、どうかな?」
「……ん、美味しい」
「そ、そっか。よかった」
それで会話が途切れる。また沈黙。
蒼太は自分のコミュ力の無さに頭を抱えてしまう。
ただ意外にも、助け船はましろから出してくれた。
「……ねえ、蒼太」
「う、うん? どうかした?」
「……この後ゲーム、する?」
「え?」
「昨日の続き。ちょうどいいとこ……だったし」
ましろがぎこちなくそう言って、思わず蒼太は目をパチクリさせてしまった。
「……嫌ならいいけど」
「い、嫌じゃない! うんしよう!」
蒼太は慌ててぶんぶん首を縦に振る。ましろもホッと胸をなで下ろしているように見えた。
またましろがゲームに誘ってくれている。友達だと思ってくれている。
そのことが嬉しくて、蒼太はちょっと泣きそうになってしまった。
ただ、視界の端でアイがなんとも複雑そうな顔で二人を見ていた。
そうして二人はゲームを始める。
……いつもならくっついてやったり、テンションが上がるとましろがバンバン背中を叩いてきたりハイタッチしたりするのだけど、今日はソファーの端と端。
とはいえ昨日のことがあったのだ、ましろはもう、蒼太が自分のことを異性として好きだと知ってしまっている。
ならばこの距離感も仕方ないことだろう。ちょっと寂しい気もするけれど、避けられないだけでも感謝しなければ。
――ゲーム自体は楽しかった。
二人で協力してステージを攻略していく。
確かに距離はできてしまったのだけど、ゲームしてるうちに会話も自然と増えていく。
まだ、自分はましろと友達でいられてるんだと実感できる。
なら、このままでいいのかもしれない。
恋人になれなくても、友達としてこうやって隣にいられるなら……。
そう思いかけた時だった。
「……ちょっとトイレ」
ましろがそう言って立ち上がろうとした……瞬間、ましろの足からカクンと力が抜けた。
「わととっ?」
「わわっ!? ましろ!?」
おそらくは長時間同じ姿勢で座っていたせいで、足が痺れたのだろう。
ましろはバランスを崩して、蒼太の方へ倒れ込んできた。
蒼太は咄嗟にましろの体を受け止める。
「っ……!」
ぽふん、とましろの華奢な体が蒼太の腕の中に納まった。
ましろが目をパチクリさせて蒼太の顔を見上げる。
顔と顔の距離は十センチほど。お互いの瞳に相手の顔が見えるほどの近さだった。
そして――ましろの顔が、ボッと真っ赤になった。
「え、えっと……ましろ? 大丈夫?」
「…………」
声をかけてみたけれど、ましろは蒼太の腕の中で固まっていた。何だか口をぱくぱくさせている。
いつものように文句を言うわけでもなく、ただ蒼太を見上げたまま顔を真っ赤にしている。
「ましろ? ど、どこか痛かったりする?」
「……さ」
「さ?」
「散歩! 散歩行ってくる!」
ましろは急にそう叫ぶと、蒼太の腕から逃げるように離れた。
まだ足が痺れているのかちょっとよろけてドアに激突したりしたけども、それでもバタバタとリビングから出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっとましろ!? 散歩ってどこ行くの!?」
「だから! 散歩だから! その辺歩いてくるだけだから!」
「外寒いよ!?」
「寒くても行く!」
そうしてそのまま、ましろは家を出て行ってしまった。
†
ましろは家を出てからしばらく走って、蒼太が追いかけてこないと見るとほーっと息を吐いた。
「……何やってんだろ私」
そんなことを呟いてもう一度ため息。
ましろ自身、自分が何をしたいのか自分でもよくわからなくなってきていた。
そのままとぼとぼ歩いて……気付けば駅前広場に来ていた。
……昨晩、蒼太に告白された場所。
まだ昼間なのでイルミネーションなどは灯ってないけど、飾り付けは昨晩のまま。
それを見ていると、蒼太に告白された時のことが脳裏に蘇ってきてまた顔が火照ってしまう。
『ましろさん、少しよろしいですか?』
ポケットからアイの声がして、ましろはスマホを取り出す。
スマホの画面にはアイが表示されていて、ジッとこちらを見つめていた。
「……なによ」
『いえ……そういえばましろさん。蒼太さんの告白にちゃんとお返事してませんよね?』
「……っ。べ、別にいいでしょ、そんなのどうだって……」
『よくありません! 告白ってすごく勇気がいることなんですよ? 可否はどうあれ、普段あれだけ仲良くしておいてうやむやにしてしまうのはあまりに不誠実です!』
「そ、それは……」
ましろが口をモゴモゴさせていたその時だ。
「あっれー? ましろちゃん奇遇だね? こんなところで何してるの?」
そう言ってクラスメイトであり、蒼太を覗けばましろにとって一番親しい友人、谷垣千尋が声をかけてきた。




