『…………あれ?』
「寒っ」
家を一歩出た瞬間、ましろはそう言って体を縮こませる。
マフラーに顔を埋めたその姿は小動物みたいで可愛くて……この後、もしかしたらこの子に告白することになるかもしれないと思うと何だかもうのたうち回りたい気分になってくる。
「何?」
「い、いや、何でもない……です」
「?」
妙に緊張気味な蒼太にましろは不思議そうな顔をしていたが、何はともあれ二人で歩き出す。
夜の空気は冷たくて、吐く息が白い。
クリスマスということで住宅街のあちらこちらにはきれいに飾り付けられた家がいくつかあって、そんなところに目を遊ばせながら駅前までの道を二人で歩いて行く。
「わ、見てみて蒼太。あの家すっごい派手」
「あー、あの家の人ってたしか外国の人だったからね。やっぱり本場は違うのかな?」
最初はどうなることかと思ったけど、思ったよりましろが楽しんでくれているようでひとまずホッとする。
……というよりも、ましろは自分と出歩くとき、何だかんだいつも楽しそうなのだ。
最初の頃はあんなにぎこちなかったのに、自然と会話できるようになって、いつしか当たり前のように笑顔を見せてくれるようになって。
どんどん大事な、特別な存在になっていって……。
……恋人になることができたら、自分もましろの特別になれるのだろうか?
「…………」
静かな住宅街ではあるのだけど、どこかクリスマスの浮ついた空気が漂っている気がする。
それにこうして夜に出歩くこと自体、真面目な蒼太と出不精のましろにとって珍しい。地に足のつかない気分のまま、駅前近くまで来てしまった。
そうして、角を曲がった瞬間。
「……わ」
ましろが小さく声を漏らした。
駅前広場一帯が光に包まれていた。
広場の中央には大きて華やかなクリスマスツリーがあって、そこから網の目のように伸びる無数のイルミネーション。
街路樹やお店もきれいに飾り付けされていて、なんとも幻想的な雰囲気に包まれている。
「……綺麗」
「思ったより本格的だね」
「ん……テレビとかネットで見るのとはやっぱり違うわね」
そんなことを言いながら、ましろは目の前に広がるイルミネーションに釘付けになっていた。
出掛ける前は寒いだの何だの文句を言っていたのに、こうして実際に見てみると感動している。蒼太はそんなましろに微笑ましげに目を細める。
「ましろってさ、出不精だけどこういうのを楽しむ才能はあるよね?」
「ん? どういう意味?」
「今日もだけど、文化祭も何だかんだ言って楽しんでたし、以前二人で初めてラブホテルに入った時も興味津々で……」
「ちょ、ちょっと声が大きい……! しーっ、しーっ!」
「あ、ご、ごめん!」
つい迂闊に以前二人で、ミッションでラブホテルに入った時の話をしてしまったけど流石に外でする話題じゃない。
二人で人差し指を唇に当てて……そんなことすらなんだかおかしくて二人でクスクス笑う。
『お二人とも、もう少ししたら広場でちょっとしたパレードが行われるみたいですよ? よかったら見ていきませんか?』
ポケットから聞こえたアイの声に、二人で顔を見合わせる。
「どうするましろ?」
「んー、じゃあせっかくだし見ていきましょうか」
そうして、二人でパレードが始まるまでその辺をぶらぶらすることになった。
パレードの時間が近づいてくるにつれ、広場には家族連れやカップル、友達同士のグループが増えてくる。
「……人、多くなってきたわね」
ましろはそう言いつつ、自然と蒼太の隣に寄ってきた。
肩と肩が触れあう距離。人にぶつからないようにというだけかもしれないけれど、それだけで心臓がバクバクしてしまう。
(告白……)
さっきから、頭の中で何度もそんな言葉が浮かんでしまう。
アイに言われたからというのもあるけれど、本当はずっと前から頭の片隅にはあった。
自分がましろのことを好きなのはもう誤魔化しようがない。でも、今の関係が心地よくて、それを壊すのが怖くてずっと先延ばしにしていた。
けどもう、ましろのことが好きすぎて、今の関係のままでは苦しくなってきてしまったのだ。
もっと近づきたい。ましろの特別になりたい。そんな気持ちが後から後から溢れてきて、止められない。
「……ましろ、よかったらその……手、繋がない?」
「へ?」
「い、いやほら、人多いし、はぐれたら大変だし……」
ましろは目をパチクリさせていた。
……普段なら、アイに促されてミッションという形で手を繋ぐのが大半だ。
けれど今回は、蒼太の方から提案した。
ましろはしばし、迷うように視線を彷徨わせる。
「……まあ、別にいいけど」
呟くようにそう言って、ちょんと手の甲を触れあわせてくれる。
蒼太ももう一度勇気を出してその手を握り込む。心臓がまたぎゅーっとなる。
「……こんなことなら、ちゃんと準備とかしとけばよかったね」
「準備?」
「うん……クリスマスなのにプレゼントとか用意してなかったし」
「ま、別にいいんじゃない? そういうのは来年の楽しみにとっておくってことで」
来年……その頃にはもう仮婚期間が終わっている。
まるで当たり前のように、来年のクリスマスも自分と過ごすと思ってくれているましろに、また『好き』という気持ちが降り積もっていく。
「それに、、プレゼントっていうならもういろいろもらってるしね」
「え?」
「私さ。たぶん、あんたと出会ってなかったらずっと引きこもりで、親とも喧嘩したまんまだったと思うし」
「……」
「一人で学校に行けたかもわかんないし。友達なんてできなかっただろうし。文化祭なんて絶対ろくに参加しなかった。……こうやって、好きな人とイルミネーション見に来るなんてことも、あり得なかっただろうし」
「え? ま、ましろ……!?」
「ん? ……あ、違う! 今のは違うから! 好きな人っていうのはあくまでも友達としてだからね!?」
ましろは顔を真っ赤にしてぱたぱた手を振って否定して、コホンと咳払いする。
「ま、まあそんなわけだから。プレゼントとか気にしないで。もう十分、もらってるから」
――胸が苦しい。
嬉しいのに、苦しい。
ましろが自分との関係を大切に思ってくれているのがわかる。
友達として、ましろが自分のことをすごく信頼してくれてるのがわかる。
それが、泣きたくなるほど嬉しい。
……でも。
好きという気持ちがあふれ出してしまう。友達としてだけじゃもう、我慢できなくなってしまった。
「い、言っとくけど勘違いしないでね! さっき言った好きっていうのは、あくまでも友達としてって意味だから!」
らしくないことを言ったせいか、ましろは照れ隠しのようにそんなことを言う。
「……」
「……蒼太? どうしたの?」
ましろが不思議そうにこちらを見る。
「ましろ」
「な、なによ。急に真面目な顔して」
「僕は……友達として、だけじゃなくて……」
「……え?」
ましろが目を見開く。
繋いだ手に、つい力がこもる。
「僕は……女の子として、ましろのことが、好きです」
――言ってしまった。
ましろに好きだと、女の子として好きだと伝えてしまった。
後悔、不安、期待、いろんな気持ちが頭の中をぐるぐるして、もうましろの顔を見ていられなくて下を向いてしまう。
ちょうどパレードが始まったのだろう。軽やかな音楽と、周囲の歓声が聞こえてきた。
けれどその全部が遠くに感じられた。
バクンバクンと高鳴る心臓の音を聞きながら、ましろの返事を待つ。
「…………」
ましろはしばらく、何も言わなかった。
繋いでいた手から力が抜けていく。
あまりにも沈黙が長くて、蒼太はおそるおそる視線を上げる――と。
「なんで……」
ましろは目尻に涙を溜めていた。それを見た瞬間、蒼太は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「なんで……そんなこと、言うの……?」




