『風邪の時は安静にしましょうね』
文化祭が終わった後。土日を挟んだ月曜日の朝。
「ましろ、起きて~?」
いつものように、蒼太が布団にくるまったましろを揺り起こす。
ここまではいつもの光景。しかし今日は、少し様子が違った。
「……ましろ?」
布団から顔を出したましろは顔が火照っていて、何だか息が辛そうだった。
「……体だるい……喉いたい……」
「ちょ、ましろ、大丈夫?」
『おっと……失礼しますましろさん。軽く診察をしますのでご協力ください。蒼太さん、すいませんが体温計をとってきてくれませんか?』
「う、うん」
そうして、その日は朝から少し慌ただしく始まった。
†
「……三十七度八分」
『発熱に喉の痛み、体のだるさ……典型的な風邪症状ですね。本日は学校を休んでしっかり安静にしてください。水分補給と睡眠をしっかりして、悪化するようなら病院へ行きましょう』
いつになくてきぱきとアイがそう指示を出す。
一方のましろは熱でぼんやりしているのか、遠くを見るような目でアイの話を聞いていた。
「文化祭終わったところだし緊張の糸が切れたってやつなのかな……ましろ、すごく頑張ってくれてたし……」
『いえ、文化祭が終わった後の土日に睡眠時間三時間ほどで絵を描きまくっていたせいだと思います』
「どう考えてもそれだよ!? なんかずっと部屋にこもってるなと思ってたけど何してんのましろ!?」
「うぅ~……忙しくてしばらく描けなかったから創作欲が溜まってたのよ……というか頭痛いから大きい声ださないで……ゴホゴホ」
「あ、ご、ごめん」
『創作意欲が高いのは結構ですが、体調を崩しては元も子もありません。これに懲りたら今日は大人しくしていましょうね? あと、治るまで絵を描くのは禁止です』
「うえぇ……」
ましろは心底嫌そうな顔をした。
「ちょっとラフ描くくらいなら……」
『禁止です』
「スマホで資料集めるだけなら……」
『禁止です』
「アイの鬼ぃ……」
抗議の声もいつもよりだいぶ弱々しい。やはり風邪で相当参っているようだ。
「今日はちゃんと休もう? 文化祭も頑張ったんだからさ」
「……ん」
流石にしんどいのか、ましろは不満そうにしながらも大人しく布団に潜り込んだ。
蒼太はどうしようかと、少し考えて立ち上がる。
「とりあえず何かお腹に入れといた方がいいよね。薬も飲まなきゃだし。おかゆとかなら食べれそう?」
「……うん……こほっ」
「わかった。ちょっと待っててね」
それから蒼太は、冷蔵庫の中にある材料で簡単なおかゆを作った。
食べやすいようにトロトロにしつつ、なおかつ美味しく食べられるように出汁も効かせた白粥。付け合わせとしてほぐした梅干しも小皿にとっておく。
熱すぎないように少し冷まして、器を持ってましろの部屋へ戻る。
「ましろ、おかゆ持ってきたよ? 食べられそう?」
「……やっぱむりかも……食欲ない……」
「一口だけでも。薬飲むならお腹に何か入れといた方がいいらしいし。ね? 頑張って」
「……ん」
ましろはもぞもぞ体を起こす。
やはりだいぶ弱っているようで、体を起こすのもひどく億劫そうだった。
そんな時、傍らにアイが姿を現す。
『蒼太さん蒼太さん、ここはましろさんにあーんして食べさせてあげるべきかと』
「ちょっとアイ、こんな時に……」
『いえ、今回はミッションとか関係なしにガチのやつです。どうですかましろさん、自分で食べるのと食べさせてもらうの、どっちがいいですか?』
そう聞かれて、ましろはぶすっとした目でアイを見て、それから蒼太に視線を移す。
「……食べさせて」
「え」
「体だるいし……腕上げるのもしんどいの。だから……食べさせて」
「あ……う、うん。わかった……」
これは弱ったましろに対する看病。こんな時にまで何を意識しているんだと自分を叱りつつ、蒼太はレンゲでおかゆをすくった。
ドキドキしてしまう気持ちを押し殺しつつふー、ふーと息を吹きかける。
「じゃ、じゃあ……口開けて。あーん」
「……あー」
ましろが素直に口を開ける。
今日は熱のせいか従順というか、されるがままだ。
「熱くない?」
「ん……平気」
「味は?」
「……おいしい」
「そっか、よかった」
「……もう一口いけそう」
「うん。わかった」
蒼太はまたおかゆをすくって、ましろに食べさせる。
潤んだ目。火照った頬。いつもより弱々しい声。
弱っているましろを見ていると、心配で胸が痛むのに、同時につい可愛いと思ってしまう自分もいる。
(僕、何考えてるんだ……。ましろは具合悪いんだからこんなこと考えちゃダメなのに……)
だけど素直に口を開けて食べてくれるましろが可愛くて仕方ない。
食欲がないと言っていたけど一口食べてみると意外と食べれたようで、すぐに器が空になった。
……全部食べた後は、ましろは力尽きたように再び布団に潜り込む。……つい頭を撫でて上げたくなったけどそれはどうにか我慢した。
『蒼太さんって捨て犬がウルウルした瞳でこっちを見ていたら、つい連れて帰っちゃうタイプですよね』
「急に何言うのアイ!?」
「……うるさい……頭痛いから静かにしてよ……こほっ」
「あ、ご、ごめん」
アイと視線を交わしてお互い『シー』と人差し指を唇に当てる。
『では本日は学校は欠席ですね。連絡はこちらで済ませておきます。……蒼太さんはどうしますか?』
「うん。僕も今日は休もうかな。ましろ一人にするの心配だし」
「……そこまでしなくていいから」
布団から顔を出したましろがジロリと睨んで来る。
「で、でも……」
「いいってば。……というか、私達が揃って休んだら、同棲してますって白状するようなもんじゃない。それは流石に恥ずかしいからやだ」
「あ、そ、そうだよね」
仮婚のことはクラスメイト達にはまだ秘密にしている。
学校側は一応知っているけれど、流石に高校生の男女が同じ家で生活してるとクラスメイト達に伝える度胸はない。
それに最近は文化祭の件もあって、ただでさえ周囲から色々と勘繰られているのだ。二人揃って同じ日に休んだらはたしてどんな噂が立つか……。
……まあ、隣のアイは『ぜひ休みましょう!』と目を輝かせているがそちらは無視することにした。
「わかった。じゃあ学校には行くね。でも何かあったらすぐ連絡して」
「ん……」
「スポーツドリンク、枕元に置いておくね。それに冷却シートに……あ、加湿ように洗面器とタオルも置いといた方がいいかな。あとさっき薬飲んだから次に飲むときはちゃんと時間空けて……」
「……あんたは私のお母さんか」
そんなこんなあったが、準備を整えた頃にはもう学校に行く時間になっていた。
「じゃあ、行ってくるね」
「ん……」
「無理して絵とか描いちゃダメだよ?」
「わ、わかってるわよ……」
ましろは布団に顔を半分埋めたまま目を逸らす。……ちょっと描こうとしてたんだろうか。
苦笑いしつつ蒼太が部屋を出ようとした時、背中に小さな声が届いた。
「……いってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
そうして蒼太は部屋を出て行く。
しばらくして玄関の扉が閉まった音がすると、ましろは小さく息を吐いた。
『ホログラムの身ではありますが、何かあれば私がすぐ対応しますので遠慮なく言ってくださいね?』
アイの言葉にましろは小さく返事する。
……さっきまで賑やかだったのに、蒼太が行ってしまってからなんだか途端に静かになった気がする。
いつもならこの時間は、蒼太と一緒に学校へ向かっている時間だ。
ミッションで手を繋いで、バス停まで適当に喋りながら歩いて、たまにアイが茶々を入れたり変な追加ミッションを出してきたり……。
けれど今日は、家に一人で留守番。。
(……別に、寂しくなんてないし)
そもそも学校に通い出す前までこれが当たり前だったのだ。別に今さら寂しいなんてあるはずない。
ましろは自分にそう言い聞かせつつもぞもぞ寝返りを打つ。
『……やっぱり、蒼太さんに看病してもらいたかったですか?』
「……うん」
また小さく返事して、そしてすぐにましろはうっかり自分が本音を漏らしてしまったことに気付いて慌てた。
「ち、ちが、今のは……」
『大丈夫ですよ~ましろさん。流石に体調悪い方をからかうほど私も鬼じゃありませんので。今日は大人しくしてますね~』
「……うっさい。そういうこと言う時点で半分からかってるじゃない……。聞かなかったことにしなさいよぉ……」
呟くようにそう言って、ましろは布団に潜り込むのだった。




