『もう蒼太さんに触られるの嫌がらないですね』
「……じゃあ、今度は私が揉んでもらう番ね」
そう言って、ましろは蒼太と入れ替わる形でソファに座った。
一応揉みやすくしてくれてるのか、ゴムで髪をまとめてこちらを振り返る。
「じゃ、おねがい」
「う、うん」
そうしてましろの後ろに立つ。……あらためてこうしてみると、ましろの肩はとても華奢だ。
部屋着越しにも、骨の細さがなんとなくわかる。首筋も白くて細くて、普段はあまり見せないうなじの部分を見ていると何故だかちょっとドキドキしてしまう。
(これはただのマッサージ! 文化祭お疲れさまのマッサージだから!)
心の中で何度も自分にそう言い聞かせる。
ただ肩を揉むだけ。お父さんやお母さんに小さい頃何度もしてあげたことがある。それと変わらない大丈夫大丈夫。
「蒼太? どうかした?」
「っ、い、今やるね」
慌てて返事をして、蒼太はましろの肩に両手を置いた。
「……っ」
ましろの肩はたしかに凝っていた。何だかんだ接客しているときはずっと緊張していただろうし、筋肉が強張っているのを感じる。
けれどその感触は、やっぱり男の肩とは全然違った。
筋肉の上にやわらかな脂肪が薄く乗っているような感じ。固いのに、やわらかい。
男とは違う……女の子に触れているんだとあらためて思い知らせてくるような感触だった。
ゴクリ、と思わず生唾を飲んでしまう。
手に感じるましろの柔肌の感触と体温。
それに髪からはふわりと甘い匂いがする。
自分と同じシャンプーを使ってるはずなのに、ましろはまた少し違う香りな気がする。なんだか心臓がきゅーっとしている。
「……そうた~? なんかだんだん力弱くなってきたんだけど~?」
「あ、ご、ごめん!」
「まあ別にいいけど、今は凝ってるからちょっと強めにやってくれる?」
「う、うん。こう……かな」
「……ん」
ほんの少し、ましろが気持ち良さそうな声をだす。
「……あ、そこ」
「……ここ?」
「ん……そう。そこ……きもちいい……もっとして……」
普段は決して聞かせてくれないような甘く蕩けた声に、蒼太はつい変なことを考えてしまいそうになった。
蒼太だって男の子である。こんな間近で、好きな女の子が気持ち良さそうな声を出したらいろいろ大変なのである。
(これはマッサージ、ただのマッサージ……!)
蒼太は必死に自分に言い聞かせながら肩もみを続ける。
……揉んでる時に肩にブラ紐の存在を感じてしまってまた心臓が跳ね上がったが幸いましろは何も言ってこなかった。
「ん……そう。そこ……もっとそこぐりぐりして……」
「こ、こうかな?」
「んんっ……そう、そんな感じ……きもちいい……」
蒼太だって男なのである。いろいろと大変なのである。
蒼太は何とか内心を表に出さないように気をつけながら、言われた通りに肩を揉んでいく。
そうしてしばらくすると、ましろの声がだんだん小さくなってきた。
「ましろ?」
呼んでも返事がない。
すぅ、すぅと寝息を立てている。
女子としてはちょっと心配になる無防備な姿。
でもそれだけ信頼してくれているんだなとほっこりしていた……その時だった。
「んん……」
ましろが身じろぎした瞬間、服の襟元がわずかにゆるんだ。
そこから、肩にかかったブラ紐がチラリと見えてしまう。
「~~~~~っ!!」
蒼太は咄嗟に目を逸らした。だが一瞬でも、バッチリ見てしまった。
蒼太だって男である。それはもう、いろいろと大変なのである。
そしてそんな様子を、アイはニマニマしながら見ていた。
『ブラ紐でそこまで動揺するなんて、一緒に添い寝したりお風呂に入ったことまであるのに蒼太さんってばホントに初心ですね~』
「あ、あの時は! ……その、あんまり見ないようにしてたし……」
『ふふ、でも蒼太さんのそういうところいいと思いますよ? ああそれとですね……』
アイはそっと蒼太の耳元に寄る。
『お二人の部屋も普段から監視していますが、プライベートモードにしてほしいと申請していただければ翌朝まで監視はしないので、必要な時はお使いくださいね?』
「なんで今それ言うの!?」
『さあ、なんででしょうね~?』
アイはクスクス意味深に笑っている。
『さてさて、それはそれとしてどうしましょうか? 文化祭で散々飲み食いしてましたから夕飯は抜いてもいいとしても、ちゃんと歯磨きしないのは生活支援AIとして見過ごせません』
「っと、そうだよね……」
気持ち良さそうに眠ってるのを起こすのは忍びないけど、アイの言うとおりこのままにして虫歯にでもなったら目も当てられない。
蒼太は軽くましろの肩を揺すってみる。
「ましろ、起きて。寝るならちゃんと歯磨きしてからにしよう?」
「んぇ~……めんどくさい~……」
「めんどくさいじゃなくて、クレープとか甘いもの食べたでしょ? ちゃんと歯は磨かないとダメだよ」
「明日の朝するから~……」
「いやダメだから」
「むぅ……そうた、うるさい……」
普段なら絶対に見せないような、ぐずる子どもみたいな声。
(かわいい……)
ついまたそんなことを考えてしまって、蒼太はぶんぶん頭を横に振る。
そんな蒼太を見て、アイはニマニマしながら口を開く。
『それではいい機会ですので……本日の追加ミッションです!』
「え、今するの?」
『ええ、今のねむねむなましろさんならちょっとアレなミッションも受け入れてくれそうなので……と言うわけでミッション開始です! 寝落ち寸前のましろさんの歯磨きを手伝ってあげましょう!』
「えぇ……ぐ、具体的にはなにするの?」
『実はこの家には災害に備えて水なしで使える歯磨きジェルがありましてね。口をすすがなくても磨いた後はぺってするだけでオーケーな優れものです。それを使ってましろさんの歯を磨いてあげましょう』
「ぼ、僕が磨くの? ましろの歯を?」
『そうですよ~。ね、ましろさんもそれでいいですよね? ね?』
「ん~……」
寝惚けたましろはウトウトしつつ頷く。
『ほらほらましろさんもこう言ってますし。文化祭で糖分を多く摂取しています。虫歯予防は大切です。やましいことはありません。本人の同意も得てますし』
「いや、さっきのは同意って言っていいのかな……?」
とはいえ、このまま歯磨きをサボらせる訳にもいかない。
ミッションに背中を押される形で蒼太は歯ブラシと歯磨きジェルを持ってきた。
「じゃ、じゃあましろ、口開けて」
「んぁ……」
ましろが眠そうにしつつも素直に口を開ける。
なんだか……いけないことしてる感がすごい。
(落ち着け。これはただの歯磨きだから……!)
お母さんが子どもにやってあげてるのをテレビとかで見たことがある。あくまでも健全な健康管理の一環。
自分に言い聞かせながら、蒼太はそっと歯ブラシをましろの口の中に差し入れる。
「だ、大丈夫? 痛かったり苦しかったりしない?」
「ん……へーき……」
「じゃ、じゃあ磨いていくね?」
「んぅ……」
ましろはされるがままだった。
慎重に歯ブラシを動かしていく。
細い毛先が、くすぐるようにましろの歯茎に触れる。すると僅かにましろの身体がピクンと反応した。
慌てて蒼太は手を止めて歯ブラシを抜く。
「ご、ごめん。痛かった?」
「んーん、ちょっと、くすぐったかっただけ」
「つ、続けても良さそう?」
「ん、へいき……それに……なんかちょっときもちいいし」
――きもちいい。
そう言われた瞬間にまたぎゅーっと心臓が縮み上がるような感じがした。
ドキドキしながらも再びましろの口の中に歯ブラシを入れる。強く擦らないように、くすぐるように歯を磨いていく。
顔が近い。
眠たげなまつ毛も、少し赤い頬も、時おりくすぐったそうにピクンと身体を震わせるのも、全部がもう、いろいろとだめだった。。
蒼太はなるべく余計なことを考えないように、ただ丁寧に歯を磨くことだけに集中した。
「は、はい終わり。後は洗面所でぺってしてきて」
「ん……」
ましろはふらふらしつつも立ち上がり洗面所の方に向かっていく。
それを見送ってほーっと息を吐く蒼太。そしてそんな蒼太を見つめるアイ。
『男性というのは大きく二つに分類できます』
「きゅ、急に何?」
『女の子のお世話を焼かされると、好感度が下がるタイプと上がるタイプ。蒼太さんは典型的な後者ですね』
そう言ってアイはニッコリ笑う。
『お二人の距離感もだいぶ近くなりましたし、今後はこういったミッションもどんどん増やして行きますので期待しててくださいね!』
「もう勘弁してぇ……」
こんなことを何回もされたらこっちの心臓がもたない。
……その一方で、心の片隅でほんのちょっぴり期待してしまっている蒼太なのであった。




