『文化祭デートですね』
そうしてどうにかこうにか午前の部が終わり昼休み、ようやく一息つける時間になった。
「はぁ~……なんとか乗り切ったぁ……」
ましろがぐでっと机に突っ伏す。
「もうだめぇ……疲れた。そうた~、なにか甘いものない~?」
「はいはい。クッキーでいいかな」
「ん、ありがと~」
そうして持ってきたクッキーを食べるましろを、蒼太は何とも微笑ましそうに見ていた。
実際、ましろはとてもよく頑張っていた。
もちろんミスはいっぱいあったけど、初めてなのに明らかに向いてなさそうな接客を弱音や文句……はいっぱい吐きつつもやりきったのだ。
親心というか、小さい子どもが初めてのおつかいをやり遂げたのを見た気分というか……もうとにかく褒め倒してあげたい気分というか……。
とはいえ、今は他の人の目もあるので我慢する。周りを見ると、他のクラスメイト達も少なくない疲労と達成感を感じているようで、教室の中は何だがほわほわした空気になっていた。
「はい、みんなお疲れさま~。午後の部の子がきたらみんなは自由に遊びに行っていいからね~」
ぱんっと手を打ってまとめ役の千尋がそう声をかけた。
「あ、でも接客でメイドさんやってた子だけちょっとお願いがあるの。みんな集まって~」
千尋の言葉に、ましろと蒼太は顔を見合わせつつも他のメイド達と共に千尋の元に集まる。
「まずは嬉しいお知らせから。さっき各クラスの集計班の子と連絡取り合って確認したんだけど、現在うちのクラスは売り上げトップです。拍手~」
生徒達の間から「おお~~」という歓声と拍手が上がる。千尋はそれを手をかざして抑えつつ話を続ける。
「で、ここからはお願いなんだけどね? せっかくなんだからこのままトップで逃げ切りたいじゃん? だから午後から遊びに行く子達も、ちょっとだけ宣伝に協力してほしいなって」
「協力って何するの?」
クラスメイトの一人が不安そうに聞くと、千尋はパタパタ手を振る。
「あ、大丈夫そんな大したことじゃないから。ただ午前にメイドさんやってた子はそのままの格好で広告塔になってほしいの」
「広告塔?」
「えっと要するに、今からゼッケンみたいな感じで看板作るから、メイドさんの格好のままそれ着けて文化祭回って欲しいの」
クラスはしばしざわざわしていたが、『まあそれくらいなら……』と概ね受け入れる雰囲気だ。
ただ一人、蒼太はちょっと悲壮な顔をしていた。
「僕……午後もこの格好?」
「ぷぷっ……いいじゃない。似合ってるんだし」
「そんなこと言ったってぇ」
メイド喫茶の中でメイド服というのなら……まあ恥ずかしいけれどなんとか耐えれた。だがこの格好で学校を回るというのは……。
「うう、どうしよう。みんなに笑われるんじゃ……」
「あ、その点は絶対大丈夫。そもそも喋らなければ誰もあんたが男だって気付かないだろうし」
「えぇ……それはそれでなんか複雑なんだけど」
「ふふ、いいじゃない。こういうのも青春っぽくて。少なくとも私は愉しいし」
「…………」
いろいろと言いたいことはあったけど、そう言って笑うましろは本当に楽しそうだった。
あのましろが、こうして文化祭を楽しんでくれている。
蒼太もそのことが嬉しくて、『まあ、これはこれでいいか』だなんて思ってしまう。
「ほら、蒼太いこ?」
「う、うん」
お昼休憩が終わった後、ましろと蒼太は二人一緒に教室を出て行く。
その光景は仲良しな女子二人という感じの微笑ましいもので、千尋達も笑顔で蒼太と出て行くましろを見送った。
「さーて、どこから回る? 個人的にはお化け屋敷とか気になってるんだけど……」
文化祭の冊子を見て歩きながら、ましろはそんなことを聞いてくる。
一方の蒼太は顔を赤くして小さくなっていた。
「なによ、まだ恥ずかしいの? いい加減ふっきりなさいって」
「いや、そうじゃなくてその……ごめんなんでもない」
「? まあいいや。とりあえず最初はお化け屋敷で~……」
――メイドさんの格好で学校を回るというのはもちろん恥ずかしい。
だが、蒼太は今は別の理由で顔を赤くしていた。
……なんか、ましろの距離感がいつになく近いのだ。
もちろん、これまでミッションでいろいろ触れあったり手を繋いだりしたことはたくさんある。
だが今日はそれらとは少し違う。例えるならとても仲がいい女友達と遊んでる雰囲気というか……普段なら、蒼太のことを多少は異性として意識している感じなのに今はそれがない。
(もしかして、僕が女の子の格好してるせい?)
歩いている途中、廊下にあった姿見が目に入った。
……もちろん蒼太は、自分が男子だと知っている。
でも鏡に映った自分はもう完全に恥ずかしそうにモジモジしてる女子なのだ。頭がバグりそうである。
……これじゃあ、一日中一緒にいたらましろが蒼太を女子みたいに扱うのも無理ないかもなんて思ってしまう。
「あんたねぇ、いい加減慣れなさいっての。ほら、他にも着ぐるみ着てる人とか血糊まみれの子とかいろいろいるでしょ」
「そんなこと言ったって……そういうましろはもう完全に慣れた感じだね?」
「まあ、何時間も着てるしね。それにさ、みんな可愛いって言ってくれるじゃん?」
ましろははにかんだように笑ってスカートを摘まむ。
「私も女子だし、ああいう風に言われるのはやっぱり嬉しいっていうか。コスプレイヤーさんの気持ちが理解できたっていうか……」
「ん……実際ましろ、すごく似合ってるしね」
「ありがと。でもあんたに言われるとねぇ……実際、あんた目当てでリピートしてる人、何人もいたみたいだし。……あんたが男だって知らずにガチ恋しちゃった人もいるかもだから気をつけなさいよ~?」
「えぇ……」
「ふふ。あ、見て蒼太。お化け屋敷だって。まずはここから入りましょっか」
そう言ってましろは蒼太の手を引く。
……普段、人前で手を繋ぐことは断固拒否してるのにあっさり繋いでしまったあたり、やっぱりましろも蒼太が男子だと忘れてるのかもしれない。
そうしてましろは蒼太をあちこち連れ回る。
お化け屋敷に入って、最初は怖がってたのに予想以上にしょぼいお化けに二人でつい笑ってしまったり、占いコーナーで『あなたたち相性最高です!』なんて言われてちょっぴり気まずい空気になったり。
途中にはクレープを買って腹ごなし。屋台の前でそのまま立ち食いする。
ましろは定番のイチゴクレープ。蒼太はおかず系のハムチーズクレープを買った。
「へ~、クレープと言えば甘いものってイメージあったけどそういうのもあるんだ。どう? おいしい?」
「うん、けっこういける」
分厚いハムにかかったとろけるチーズ。ほのかに香るスパイシーな香りに、ましろも思わず唾を飲み込む。
「ねえねえ、あんたのやつも一口ちょうだいよ」
「え」
「何よその反応。だめなの?」
「い、いや、そんなことは……ないんだけど……」
蒼太はおそるおそるといった感じの手つきでクレープをましろに差し出す。
ましろは大きく口を開けてパクリ、と一口。
「ん、こんな感じなんだ。ありがとね」
「う、うん。どういたしまして……」
蒼太は顔をまっ赤にしてしどろもどろになってしまう。
けれどもましろの方は平気そうで、無防備な笑顔を向けてくれるのが嬉しくて。
そしてそんなましろが、可愛くて仕方なくて……。
そうして校内を一通り回り終えた頃。
「いや~、けっこう遊んだわね。文化祭って正直めんどくさかったけど意外と楽しかったかも」
「うん。僕も楽しかった」
「ふふ、じゃあそろそろ戻――」
そこで、ましろの言葉が止まった。
「……あれ」
「ましろ?」
「私、なんで学校であんたと手、繋いでるの?」
「え。気付いてなかったの?」
「え、あ、いや……全然意識してなかったというか忘れてたというか……え? もしかして手繋いだまま学校回ってた?」
「うん」
ましろはパッと手を離した。顔がじわじわと赤くなっていく。
「こ、これは違うから! あんたが女の子みたいな格好してるから、なんか女子同士みたいな感じになっただけで! 別にそういうのじゃないから!」
「う、うん」
「あーもう! あんたも気付いてたなら早く言いなさいよね! もう……」
そうして恥ずかしがりながら理不尽に怒る姿も可愛く見えてしまって、胸の奥がきゅーっと苦しくなる。
(好きすぎてしんどい……)
ましろが自分に向けてくれてるのはあくまでも友達としての『好き』だ。
それはわかっているのだけど、こうして距離が近くなるほど、仲良くなるほど、どうしても蒼太の中で異性としての『好き』が大きくなっていく。
そんな気持ちを抱えたまま、蒼太はましろと文化祭を回るのだった。




