『焼きもちおいしいです』
「お帰りなさいませ、ご主人様」
お客としてやって来た先輩男子達に蒼太が挨拶すると、先輩達は目をまん丸にしていた。
「……どうかいたしましたか?」
「あ、いや、見た目の割に声低いなーって。でもハスキーボイスな女子もこれはこれでありかも……」
「ははは……」
声を出しても男子だと気付かれない有様に蒼太は乾いた笑い声を漏らす。
一方ましろは……
「…………」
モジモジしたまま口をモゴモゴさせている。なかなか挨拶できないましろを、蒼太は肘で小突いた。
(ましろ、ほら挨拶)
(わ、わかってるわよ……)
ましろは顔真っ赤で、モジモジしながら、スカートをギュッと握りしめて先輩達を上目遣いに見上げる。
「お、おかえりなさいませ……ごしゅじんさま」
そうすると先輩達は今度は顔をまっ赤にしてしまった。
……いやまあ気持ちはわかる。ああやって恥ずかしがりながら『ごしゅじんさま』なんていうましろの破壊力は半端ではない。
ただ、ましろが自分以外にあんな表情を向けていることにほんのちょっぴりのジェラシーを感じつつ、蒼太も自分の仕事をこなす。
「こちらのお席へどうぞ。ご注文が決まりになりましたらお呼びください」
「あ、はい……」
何故だか先輩の方まで敬語になって席に着く。「なあなあどっちが好み?」なんてヒソヒソ話しも聞こえてくる。
「俺は小さい方かな」
「俺声低い方……」
人気が二分していることに引きつった笑みを浮かべつつ、蒼太はジュースを運ぶ。
そんな蒼太の後ろを、ましろはカルガモの雛みたいにくっついて回っていた。
どこかこなれた様子でジュースを配膳する蒼太を、ましろはなんとなく複雑そうな目で見る。
「……なんかあんた、慣れてない?」
「ああ、うん。以前バイトしてたことあるから、接客は初めてじゃないんだ」
「え、あんたバイトとかするタイプだったの?」
「短い間だけだったけどね。親戚のお店で社会勉強って感じで」
……あと、今はましろにかっこいいところを見せたかったから頑張っている。というのもあったが、それは口には出さないでおいた。
落ち着いて仕事する蒼太と、そんな蒼太にサポートされてどうにか仕事するましろ。
クラスの誰かも言っていたが、その姿はさながら仕事ができる先輩メイドと入ったばかりの初々しい後輩メイドといった感じであった。
先輩達も何だか優しい目で二人のことを見ていて、しばらくすると満足げな顔で店を後にした。
そうして一時間ほど経った頃。
「ね、ねえ……なんか、人やばくない?」
「う、うん……なんでこんな流行ってるんだろ?」
不安そうに入口を見る二人。
見れば教室の前には順番待ちの列ができていて、入場整理に四苦八苦しているようだった。
そんな時、呼び込みに出ていた千尋が意気揚々と戻ってくる。
「ただいまー! いや~大盛況だね~!」
「あ、谷垣さんおかえり……ってなにその看板」
「これ? へへ~」
千尋はニマニマしつつ、手に持っていた看板を蒼太とましろに見せる。
そこには、蒼太とましろのツーショット写真がどーんと載っていた。
しかも『可愛い先輩後輩メイドがご主人様をお出迎え』とか書いてある。
「ちょ!? 千尋~、恥ずかしいからやめてよぉ~」
「まあまあましろちゃん。やっぱりお気に入りとかは布教したいじゃん。鳴上くんもましろちゃんも、すっごく可愛いし」
「うぅ~……」
実際二人目当ての客はかなり多いようで、あちこちから視線を感じるし『あれが例の先輩後輩メイド……』『推せる……』なんて声もちらほら聞こえてくる。
「もう……どうなっても知らないからね……私本当に接客とか経験ないんだから……」
ましろは顔を真っ赤にしたまま、不慣れな接客をなんとか続ける。
だがしかし、客的にはその不慣れさがいいらしく緊張しながら働くましろをみんな微笑ましそうに見ていた。
一度は客にジュースを引っかけてしまって顔面蒼白になっていたが、逆に「ありがとうございます!」なんてお礼を言われるほどだった。
そして蒼太も蒼太で、主にお姉さん人気が高かった。
「ねえねえ君。君が実は男の子って聞いたけどホントに男の子なの?」
「え、あ……はい。まあ」
「わー、ホントに男の子の声だ」
「見た目こんなに可愛いのにね~」
「ねえねえ、お姉さん達と記念撮影とかしてくれないかな?」
「えっ、記念撮影ですか? ま、まあ一枚ぐらいなら……」
「ありがと~。ほら、それじゃこっち寄って、お姉さん達の間に入って」
「わわっ!?」
そうして大学生ぐらいのお姉さん達と記念撮影することになったのだが……なんというか、とても距離が近い。
蒼太の見た目が可愛い女の子だからか、それとも恥ずかしがってるのを面白がっているのか。とにかく男子高校生にとっては少々刺激が強い距離だった。
「…………」
そんな蒼太を、ましろはジト目でジッと見つめて頬を膨らませていた。
そしてついに我慢できなくなったのか、ずかずかそちらへ歩いていく。
「ほら蒼太、サボってないで仕事しなさい。今忙しいんだから」
「わわっ!? ちょ、ましろ、引っ張らないで」
「いいから来る」
そう言ってぐいぐいと蒼太の腕を引っ張る。
そんなましろと蒼太の姿にお姉さんたちは一瞬きょとんとした後、顔を見合わせてにやにやした。
「あれ? もしかして嫉妬してる?」
「かわいい~」
「ごめんね~。ちゃんと返すから~」
「~~~~っ」
ましろはたちまち顔をまっ赤にして、足早に蒼太を引っ張ってその場を離れていく。
「……あんたのせいで変な勘違いされたじゃない」
「わひゃっ!? ちょ、ましろ脇腹小突かないで!?」
そうしてじゃれ合いつつも、蒼太はましろの顔色をこっそりうかがう。
……まだ、ほんのり赤いままになっている。
――さっきのは、お姉さん達の言った通り嫉妬から来るものだったのだろうか?
――そういえば、この間も自分が谷垣さんと仲良くしてたらなんだか機嫌が悪くなってたような……
(ましろが……やきもち焼いてくれてる?)
そう思うとますます胸がドキドキして、ましろがどんどん可愛く思えてくる。
「ほら、お客さん来たわよ。挨拶」
「う、うん」
ましろに促され、蒼太は接客の方へと戻っていった。
†
(あーもうむかつく! 蒼太のやつあんなデレデレした顔して!)
休憩時間中。トイレの手洗い場で手を洗いながらましろは内心でぶつくさ文句を言っていた。
思い出すのは蒼太のこと。
……蒼太はなんというか、何かがお姉さん方の琴線に触れるのか、年上からの人気がやたら高いのだ。
何度も記念写真を求められ、それに味をしめた千尋がそういうサービスを始めたら大盛況で、いろんなお姉さんにくっつかれて蒼太は顔真っ赤で……。
「……なんで私、あいつのことでこんなイライラしてんのよ」
『それはもう、誰がどう見てもやきもちでしょう』
ポケットに入れていたスマホからアイの声がして、ましろは思わず周りを見回す。
……教室の外でメイド服を見られるのが恥ずかしくて人のいないところを選んだのもあって、幸い他に人の気配はない。
ましろはスマホを取りだして画面に映るアイを睨む。
「なに言ってんのよ。私はやきもちなんか……」
『でも蒼太さんが他の女性にデレデレしてるのいやなんですよね? これがやきもちじゃないなら何なんです?』
「そ、それは……あれよ。誰彼構わずデレデレするような、そういう軽薄なやつは嫌いっていうか……」
『ほほー、なるほど。それでは一つ質問です』
そう言って、アイは小悪魔のような笑みを浮かべる。
『仮婚が終わった後、蒼太さんが他の女性と出会い、結ばれ、幸せな家庭を築いていたらどう思いますか?』
「な、何よその質問……」
『まあまあ、別に構いませんか? それとも嫌ですか? どちらかでお答えください』
「そ、そんなの……」
ましろはチラリと想像する。
蒼太のことは……友達としては好き。そこまでは認めてもいい。
でも恋愛感情とか、そういうのは無い。だから仮婚が終わってから他の誰と幸せになろうと関係ない……はずなのに。
自分以外の女の子と蒼太が並んでいるのを想像すると、何故だか胸がチクリと痛んだ。
「…………やだ」
ましろが呟くようにそう言うと、アイはニッコリ笑顔を浮かべる。
『なるほどわっかりました! それでは引き続き、文化祭楽しんでくださいね♪』
アイはそれ以上は何も言わず、プツンとスマホから姿を消してしまう。
(……あーも~なんなのよ~~!)
ましろは乱暴にスマホをポケットに戻し、教室へと戻るのだった。




