『むしろなんで付き合ってないんですか』
看板を描き終わってからも、ましろは積極的に文化祭の準備に参加していた。
千尋や蒼太に引っ張られつつではあるものの積極的にみんなの輪に入り、指示を出されれば素直に従う。
以前なら「めんどくさい」とブツブツ言っていただろうに、今は役割を与えられるとむしろほんのり嬉しそうに取り組んでいる。
「そりゃあ……どうせやるなら、中途半端にはしたくないし」
尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。
絵を描いてる時やゲームをしてる時も思ったが、ましろはけっこう凝り性なのだ。
「雪代さん、こっちの紙切ってもらっていい?」
「ん、わかった。……こんな感じ?」
「そうそう。わー、やっぱり手先器用だね~。なんか初めてでもめちゃくちゃ手際いいじゃん」
「……別に、そんなことないけど……」
ちょっぴり照れてるのを隠すようにぶっきらぼうに言う。
ただもうクラスのみんなもそんなましろのキャラを理解しているようでニコニコしながら作業を振っていた。
そしてその様子を、少し離れたところから蒼太と千尋が見守っていた。
「ましろちゃん、みんなと上手くやれてるみたいでよかったね」
「うん……」
「ふふ、鳴上くんなんかもう保護者みたいな顔してるよ?」
千尋がにやにやしながら、蒼太の脇腹を肘でつつく。
「ねえ実際どうなの? 前はああ言ってたけどましろちゃんのことホントは好きなんでしょ~? うりうり」
「ちょ、小突かないで」
「ふっふっふ、やめてほしければ白状しな~?」
「いやその、前にも言ったけど僕とましろはあくまでも遠い親戚みたいなもので……」
「そんな顔真っ赤で言っても説得力ないぞ~?」
千尋がけらけら笑う。
「で、実際二人は別に付き合ってるとかそういう訳じゃないんだよね?」
「う、うん」
「ふーん……じゃあ私も鳴上くんの彼女に立候補してもいいのかな?」
「…………え!?」
「あはは、冗談冗談。いや~鳴上くんは反応がわかりやすくてからかうの楽しいわ~」
蒼太は「うぅ……」と情けない声を漏らしながら、ますます顔を赤くしていた。
そうやって二人でじゃれ合っていたその時だ。
「蒼太」
いつもより低めのましろの声が飛んでくる。
そちらを見ると、ましろがジトッとした目でこちらをみていた。
「私が頑張ってるんだから、そんなとこでいちゃついてないで手伝いなさい」
「え? い、いや、いちゃついてなんて……」
「いいから来なさい」
「あ、はい」
これまでの経験からこういう時のましろに逆らってはいけないと骨身に沁みている。千尋も「いってらっしゃーい」とひらひら手を振っていた。
蒼太が来ると、他の女子もましろの隣にスペースを空けてくれた。
蒼太がそこに座ると、ましろがずいっと紙とはさみを蒼太の前に寄せる。
「一緒にこの紙切って、輪っか作るの手伝って」
「う、うん」
二人で紙を切って輪っかを作っていく。
そうしてしばらく並んで作業していると、相変わらずいつもより低めの声でましろが話しかけてきた。
「……千尋となんの話してたの?」
「え? あ、いや、べ、別に大した話じゃないよ?」
流石に『ましろのこと好きなのか』なんて話をしてたなんて本人に言えるわけがない。
だがそうやって誤魔化すと、ましろの声がますますぶすっとしたものになっていく。
「ふーん、私に言えないような話してたんだ……ふーん?」
「え、えっと、ましろ?」
「なによ」
「なんか機嫌悪い?」
「別に」
「いや明らかに悪いよね? 僕なにかした?」
「うっさい」
ましろはぷいっとそっぽを向く。
これ以上つついたらやぶ蛇になってしまいそうで、蒼太もそこからは黙って作業を進めることにした。
そうしてさらにしばらく作業を続けた頃。教室の別の場所から歓声が上がった
「できたー!」
「めっちゃいいじゃん!」
何だろう? と視線を向けると、女子達がメイド服を広げていた。
白と黒を基調にした、いかにも王道という感じのデザイン。
しょせんは学生の文化祭……と侮るなかれ、千尋に聞いた話だがクラスにガチめのコスプレをやっている子がいて、その子の監修の元にデザインしたのだとか。
班のみんなも作業を放り出してそっちに行ってしまったので、蒼太もましろと一緒に見に行くことにした。
「ねえ、誰か一回着てみてくれない? 実際に着たとこ見てみたい!」
そこで千尋がぱっと手を挙げる。
「はいはーい、私! 私、着てみたい!」
「おおー」
「さすが、ノリいいね~」
だがそこで千尋はチラリと視線をましろの方に向けた。
「ん~、でも一人で着るのも寂しいなぁ。もう一人ぐらい一緒に着てくれる人がいればなぁ」
わざとらしく腕組みして悩むふりをして、にっこり笑ってましろの方を見る。
「と、言うわけでましろちゃんも一緒に着ない?」
「え」
一瞬ましろは固まった。隠れるように蒼太の背中に一歩寄る。可愛い。
「いやムリムリムリムリ」
「えー、なんでー?」
「絶対かわいいって」
「鳴上くんだってましろちゃんのメイド姿見てみたいよね?」
「え? あ、うん……あいだだだ!?」
つい反射的に頷いてしまった蒼太だが、後ろにいたましろに脇腹を思いっきりつねられた。
「ほらほら~、鳴上くんも見たいって!」
「これはもう着てみるしかないよねましろちゃん!」
「な、なんでこいつが見たいからって私がメイド服なんて着なきゃいけないのよ!?」
「そりゃあだって……ねえ?」
「まあまあ、それに鳴上くん、看板作りの時は『ましろを信じて』ってみんなを説得して回ってたんだよ? そのお返し的なやつでさ」
「……それを言い出すのは卑怯じゃん」
ましろが口をもごもごさせる。
さっきまであれだけ拒否していたのに今度は言い返さず、代わりにジロリと蒼太を睨む。
「……見たいの?」
「え?」
「見たいのかって聞いてんのよ。その……私のメイド服姿」
「ま、まあ、その……うん」
「……ケダモノ。変態」
何やら罵倒されてしまったけれど、その罵倒もずいぶん弱々しいものだった。
ましろは視線をウロウロ。強がるように、ぶっきらぼうな口調で続ける。
「……今度、何か奢ってくれるなら着てあげなくもないけど」
「じゃ、じゃあ……プリンとか? 購買で売ってるやつ……」
「……ふ、ふん。そこまで言うのなら仕方ないわね」
ましろは腕を組んでそっぽを向いた。
けれどその頬は、誰が見てもまっ赤になっていた。
「よっし決まりね! それじゃましろちゃん、更衣室の方に着替えに行こ~♪」
「わわっ!? 引っ張らないでよ千尋!?」
そうして千尋に手を引かれ、ましろは教室を出て行った。
そんな二人を見送って、蒼太はそっと自分の胸に手を当てる。
……かなりドキドキしてしまっている。
しかも周囲を見れば、クラスの何人かが妙に優しい目でこちらを見ていた。
「あいつらさあ……」
「まあいいじゃねえかお似合いで」
「ちくしょー俺もあんな可愛い子と仲良くなりたい人生だった……」
「今のやり取りやばくなかった? プリンでオーケーするの可愛すぎでは?」
「あれどう見ても照れ隠しだよね」
「尊い」
「わかる」
周りからそんなひそひそ声が聞こえてきて、蒼太は顔をまっ赤にしつつ自分の作業に戻る。
それからしばらくして、がらりと教室の戸が開く。
先に入ってきたのはメイド姿の千尋だった。
「お待たせー。どうどう? かわいいでしょ~」
くるりとその場で一回転。ふわりとスカートが広がって女子達から歓声が上がった。
「千尋ちゃん似合う!」
「いいじゃんいいじゃん!」
千尋は「でしょー?」とニコニコ笑って……苦笑いしつつ後ろを振り返った。
「ほらましろちゃん、みんな笑ったりしないでしょ? 入っておいで~?」
「うぅ~……」
おずおず入ってくるましろ。
教室の空気が一瞬止まる。
黒髪に白いフリル。華奢な体つきにぴったり合ったメイド服。
それにこうして顔をまっ赤にして身体を小さくしている姿が、元々小動物みたいな雰囲気のあるましろにはあまりにも似合いすぎているというか……。
「……可愛すぎ」
「やば……」
「え、ちょっと待って、ほんとにやばい」
「なにこれ反則では?」
あちこちからそんな声が聞こえてくるが、ましろはそんな声が聞こえているのかいないのか、相変わらず目がぐるぐるしてしまっていた。
「ほらほら鳴上くん、可愛いメイドましろちゃんに一言! 何か言ってあげてよ~」
そう言って、千尋はましろを蒼太の前に突き出してくる。
ましろはもうちょっと涙目で、恨めしそうに蒼太を上目遣いに睨んでいた。
「な、何か言いなさいよぉ……」
「あ、え……か、かわいい……」
何か言えと言われて、ポロリとそんな言葉が漏れる。
「すっごく。僕が今まで見た女の子の中で、一番……」
言った瞬間、教室の空気が別の意味でざわついた。
「な、鳴上くん!?」
「それはもう告白では?」
「やば、こっちが照れるんだけど」
周りの方が赤面したり悶えたりしている。
一方のましろはというと、ぷしゅ~、と湯気が出そうなくらい顔を赤くしていた。
そんな姿に、周りの女子達もますます盛り上がる。
「ねえねえ、これ本番も着てよ! ましろちゃん接客しよ!?」
「見たい見たい!」
「雪代さんがこれで接客出たらうちのクラスの売り上げ絶対上がるから!」
「む、むりぃ~」
ましろが助けを求めるように千尋を見ると、千尋は苦笑いしつつもはや半泣きになってるましろをぽふりと抱きしめた。
「はいはいみんな、気持ちはわかるけどあんまりましろちゃんいじめちゃだめだよ~? 本番では私が頑張るからそれで満足しな~?」
「えー、もったいない~」
「まあ本人が嫌なら仕方ないか……」
「残念ではあるけどね~」
「あ、でも写真は撮らせて? 写真飾っとくだけならいいよね?」
「あうぅ……」
女子たちにまたわいわい囲まれて、ましろはお目々をぐるぐるさせながら写真に応じる。
そんなましろの姿を見ながらも、蒼太はまだ収まらない心臓のドキドキを感じていた。
(……嫌がってなかった)
ましろに『かわいい』とつい漏らしてしまった時、周りの人達も言っていたけどなんというか……告白みたいな感じになってしまっていた。
なのにましろはまったく嫌がる素振りがなかった。顔をまっ赤にして、恥ずかしがって……蒼太の自惚れでなければ、むしろ、ちょっと嬉しそうで……。
そんなことを思いつつ、蒼太もふらふら作業に戻るのであった。
もっとも、そんな蒼太も後でメイド服を着る羽目になるとは夢にも思っていなかったのだが。




